Yahoo!ニュース

コロナ死者が急増する東ヨーロッパ ワクチン拒否を引き起こした「インフォデミック」の原因は

市川衛医療の「翻訳家」
ルーマニア首都ブカレストにおける新型コロナ治療の様子(2021年10月7日)(写真:ロイター/アフロ)

この秋、ヨーロッパにおいて新型コロナによる死者が増加しています。

特に深刻なのがルーマニア・ブルガリアなどの東ヨーロッパで、確認できる最新のデータ(2021年11月9日)では、新型コロナによる死者が過去最悪レベルになっています。

主に東欧諸国における新型コロナによる死者(人口100万人あたり・2021年11月9日まで)Our World in Dataより
主に東欧諸国における新型コロナによる死者(人口100万人あたり・2021年11月9日まで)Our World in Dataより

イギリスやドイツなど西ヨーロッパ各国でも感染拡大が起きているのですが、死者の数はそこまで増えていません。

この違いの背景として指摘されるのが、ワクチンの接種率です。

主に東欧諸国における新型コロナワクチン接種率(対人口比・9月16日まで)Our World in Dataより
主に東欧諸国における新型コロナワクチン接種率(対人口比・9月16日まで)Our World in Dataより

Our World in Dataで確認できる最新のデータ(9月16日)で比較すると、少なくとも1回新型コロナワクチンを接種した人の割合は、EU平均の66%と比べ、ルーマニアでは28%、ブルガリアでは16%にすぎません。

(ブルガリアのデータは9月16日以降確認できなくなっているので、その時点の数字で比較しています。)

東ヨーロッパではワクチンの供給が不十分だったのでは?と疑いたくなりますが、そういうわけではなさそうです。

EU加盟国であれば、ワクチンはEUが調達して分配する枠組みがあり、ブルガリアやルーマニアにも十分な量が割り当てられました。しかし両国ではワクチン接種に対して不安やためらいを持つ人が多く、接種が進まなかったとされています。

ソーシャルメディア(SNS)を情報源とする人ほど、ワクチンへのためらいを持つ人が多い

ではなぜ、両国でワクチン接種をためらう人が多かったのでしょうか。

参考となるのが、EU機関であるEurofundが2021年4月に発表した調査結果です。加盟国の市民を対象に、新型コロナウイルスワクチンの接種に対する希望や、政府や医療制度への信頼感、さらにはどのようなメディアを主な情報源として使っているかなどが調べられました。

その結果、伝統的なメディア(報道機関、テレビ、ラジオ)を主な情報源としている人の中では、ワクチンの接種を希望しない人の割合は18%であったのに対し、ソーシャルメディアを主な情報源として利用している人では、その割合は40%にまで上昇することが分かりました。

また「新型コロナウイルスは存在しない」あるいは「その存在は誇張されている」と考えている人のほぼ半数(46%)が、ソーシャルメディアを主な情報源としていると答えました。

WHO(世界保健機関)によれば、新型コロナウイルスのパンデミックにおいて、適切なものも不適切なものも含む圧倒的な情報が流れる「インフォデミック」が発生しています。今回、東ヨーロッパ各国でワクチンの接種が広がらなかった背景に、ソーシャルメディアにおいてワクチンを不安視する情報がや陰謀論が拡散したことが一つの要因として指摘されています。

対策のポイントは「信頼」

しかし当然のことですが、たくさんの人が不適切な情報に触れたとしても、それを信頼せず、適切な予防行動を行えば公衆衛生上の問題にはなりません。

さきほど紹介したEurofundの報告書でも、「信頼」がポイントとされています。実はワクチンへの接種をためらう人には、ソーシャルメディアを主な情報源とすることの他に、「政府や医療制度、そして伝統的メディアへの信頼度が低い」ことが共通していました。

EU諸国において、ワクチンの接種をためらう人とそうでない人を比較すると、政府への信頼度が低く(10点満点中2.6点対5.6点)、医療制度への信頼感が低く(1.9点対4.8点)、伝統的なメディアへの信頼度も低い(2.5点対4.9点)ことが分かりました。一方、ソーシャルメディアに対する信頼度は、ワクチンをためらう人とそうでない人でそれほど変わりませんでした。(3.0点対3.6点)

ここから推測できるのは、政府や医療機関、さらには伝統的メディアが信頼するに足る存在だと認められているかどうかが、ソーシャルメディアにおけるインフォデミックの広がりに対しても影響を与えているということです。

ルーマニアでは2015年にナイトクラブの火災を発端に発覚した医療汚職事件が大きく報じられるなど、新型コロナ以前から政府および医療体制(医療機関や製薬企業など)に対する信頼が低い状況がありました。その下地があったからこそ、ソーシャルメディアによるインフォデミックが起きやすかったと考えられます。

日本では新型コロナワクチン接種の開始当初、接種率の向上が危ぶまれた時期もありましたが、一貫して接種率は向上し続け、最新のデータでは先進国でもトップレベルの接種率(11月9日時点で人口の78.5%が少なくとも1回接種)を達成しています。政府や自治体、そして多くの医療者によって接種を勧めるメッセージが一貫して発せられ、それがある程度の信頼感を持って受け入れられた結果と言えるかもしれません。

公衆衛生において、メディア(伝統的メディア及びソーシャルメディア)による情報の拡散は国民の行動に大きな変化を与えます。一方でそれだけが国民の行動を決めるわけではなく、その時々における政府や医療関係者の姿勢にも影響されうるという点は、軽視されるべきではないと思います。

参考文献

1)Eurofound’s large-scale Living, working and COVID-19 online survey.

2)Zika virus pandemic-analysis of Facebook as a social media health information platform.

Sharma M et al. Am J Infect Control. 2016 Oct 21

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

市川衛の最近の記事