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世界初の「ヒト頭部移植」に成功ってホント?その真相と可能性は

市川衛医療の「翻訳家」
セルジオ・カナヴェッロ医師(写真:ロイター/アフロ)

 ここ数日、あるニュースがちょっとした話題になっています。

 このツイートによれば『ロシア人患者の頭部を脳死の身体提供者に移す手術に成功。イタリア人医師は「人間の生活においても変革が訪れている」と述べた。』ということです(注)。

 脳死とは、事故や病気などで脳の働きが失われたけれど、他の体の器官の働きは保たれている状態のことを指します。

 ツイートからは、病気によって体が動かせなくなった人の頭部だけを切り離し、脳死した第三者の体にくっつけることに成功した、と読み取れますが、本当なのでしょうか?

 昨日(2017年11月22日)、この「手術」を行ったチームのひとり、イタリア人医師のセルジオ・カナヴェッロさんはフェイスブックで、「何を行ったか」についてまとめた論文を発表したとアナウンスしました。

 その論文は、オンラインで無料で公開されています。

 ※イラストですが生々しい画像も含まれます。苦手な方は、クリックされないようにお勧めします

 First cephalosomatic anastomosis in a human model

生きている人の頭部を「移植」したわけではない

 論文を読んで分かったことを、ざっくりまとめます

※「生きている人と脳死の人の体をつなげた」わけではない

※行ったのは「ご遺体の頭部と、別のご遺体の体をつなげてみた」という実験

※研究チームが目指すのは頭部移植。実現には様々な「壁」がある

 研究チームが行ったのは、死亡した人(脳も心臓も止まった人)のご遺体の提供を受け、その頭部を切り離し、別のご遺体の体につなげてみた、ということです。

 脳死の人の体ではなく、ましてや、生きている人の頭部を切り離したわけでもありませんでした。

 これを「頭部移植」と言うのは厳密には間違っていないのかもしれませんが、私たちが言葉からイメージするものとはずいぶん違っていますね。

 なぜ、そんなことをしたのか?論文によれば、将来的に生きている人を対象にした頭部移植を目指すための「リハーサル(予行演習)」をしたということです。ご遺体を使って実際に手術のリハーサルをしてみて、うまくいきそうか?どんな問題が起きそうか?について調べてみたというわけです。

「頭部移植」は実現するのか?

 では将来的に、「頭部移植」は実現するのでしょうか?

 そもそも疑問なのは、人の体の一部を、別の人の体にくっつけるなんて可能なの?ということです。実は、例えば「手」においては、すでに何例もの成功例が報告されています。

 ツイートで紹介されているのは、世界で初めて両手の移植を受けた少年(10歳)のケースです。この少年は、2歳のときに病気により両手を失ったのですが、2年前に脳死患者の両手の提供を受け、移植しました。現在、読み書きや食事を手を使ってできるようになり、野球のバットも振れるようになったということです。

 こうした手の移植は、1999年前後から行われるようになっており、すでに成功例が蓄積されています。

 ただ比較的新しい手術のため、数十年単位の長い期間を経過しても手の機能が保たれるかなど、詳しいことはわかっていません。

 また、手術の前後で、移植された手を「異物」として免疫細胞が攻撃するのを抑えるために使われる薬(免疫抑制剤)の副作用などのリスクもあると指摘されています。そして手術やその後のリハビリに高額な費用がかかることも指摘されています。

 さて、「手」で出来るのだから、「頭部」の移植も可能なのでしょうか?

 セルジオ・カナヴェッロ医師たち研究チームは「実現可能だ」と主張しています。ただ、論文で示された内容を読んだ率直な印象としては「遠い将来に、もしかしたら実現の可能性があるかも?」という段階にすぎないのだと感じました。

 手と比べ、頭部(脳)と体をつなぐ血管や神経ははるかに複雑です。さらに脳にある神経細胞は繊細で、完全に酸素や栄養が失われてしまえば数分で死んでしまいます。頭部を切り離すと、酸素や栄養を運んでくれる血液が絶たれるので、すぐに致命的なダメージをうけてしまいます。

 輸血や低温保存など様々な技術を使ったとしても、脳がダメージを受ける前に血管をつないで血液を届けられるようにし、さらには神経や骨などの複雑な組織をつなぐには非常に高度な技術が必要だと想像できます。またこのような、患者側のリスクが非常に大きい試みが倫理的に許されるのかどうか?についても慎重な議論が必要になるでしょう。

 

 今回の研究は世界中で賛否が巻き起こっていますが、ある意味で医学の発展の一方向を示しているのかもしれません。

 ただ、まだまだ研究途上の段階です。新しい研究が出てきたことで、「いますぐにでも、頭部移植が可能」というような印象が広まり、十分な準備や議論なしに本当に生きている人を対象に行われれば、取り返しのつかない事故につながる危険性もあります。

 今回の件に限らず、新しい医療技術に関する情報については、慎重に受け止める必要があると感じました。

(注)ライブドアニュースによる最新のツイートでは、『イタリア人医師は会見で「死体の頭部を、別の死体の脊椎・血管・神経とつなげることに成功した」と発表した。』と変更されていました。

(参考文献)====

※First cephalosomatic anastomosis in a human model

Xiaoping Ren et al. 17-Nov-2017;8:276. Available from: http://surgicalneurologyint.com/surgicalint-articles/first-cephalosomatic-anastomosis-in-a-human-model/

※手同種移植ガイドライン 日本手の外科学会倫理委員会同種移植部会作成

http://www.jssh.or.jp/doctor/jp/infomation/file/guideline.pdf

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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