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乳児が危険?食塩中毒の実態は

市川衛医療の「翻訳家」
(写真:アフロ)

報道によれば7月11日、岩手県警は、預かり保育中の乳児に食塩を混ぜた液体を飲ませて食塩中毒で死なせたとして、保育施設を経営していた女性を傷害致死の疑いで逮捕したことを発表しました。

食塩中毒で乳児を死なせた疑い 保育施設経営の女逮捕【朝日新聞デジタル 2017年7月11日20時50分】

幼い子を亡くされたご両親のコメントからは、深い悲しみのお気持ちが伝わってきます。まだ容疑の段階ですが、今後の捜査で一刻も早く真相が明らかになることを望みます。

「その日何があったのか」 食塩中毒死、両親がコメント【朝日新聞デジタル 2017年7月11日19時58分】

さて今回、幼い命を奪ったとされる「食塩中毒」ですが、食塩のとりすぎで中毒になるとは、どういうことなのでしょうか?調べたところ、少し古い研究ですが、イギリスで今回のようなケースを複数例調べた論文を見つけました。

論文:Non-accidental salt poisoning

(事故ではない食塩中毒)

※Meadow R, Arch Dis Child. (1993)

食塩中毒になるのは、ほとんどが赤ちゃん

イギリスで1993年以前の15年間で報告された300件の中毒例(事故によるものは除く)のうち、食塩が原因と強く疑われた12人のケースが調べられました。

年齢は、12人のうち11人が0歳児(生後1か月半から9か月)であり、1人が3歳半でした。

生後まもない赤ちゃんがほとんどを占めた理由として、論文は主に2点をあげています。

※赤ちゃんは、体内の過剰な物質を排出する腎臓の機能が成熟していない

※過剰な塩分により喉(のど)が渇いても、自力では水を飲めない

食塩中毒の「症状」と「原因」は

食塩中毒になった子どもが病院を受診したきっかけの多くは嘔吐(ものを吐く)でした。ほかに、下痢や成育不良が見られたケースもありました。発作や硬直、昏睡(こんすい)などの症状もみられました。

また多くが「喉の渇き」に苦しめられており、診察した医師のひとりは「病院に来るたびに、まるで魚のように水を飲んだ」と記録しています。

これらの症状は、いちどに大量の食塩をとったことで、体内でナトリウムの濃度が過剰に上がったこと(高ナトリウム血症)が原因と見られます。

高ナトリウム血症は、場合によっては命に関わります。論文で調べた12人のケースでも、残念ながら2人が命を落としました。

食塩の量はどのくらい?

心配なのは、通常の生活のなかで、赤ちゃんが食塩中毒になる可能性があるのか?ということですよね。

論文では、食塩中毒を起こした赤ちゃんは、少なくとも10g程度の食塩(小さじ2杯分)を与えられていたと見ています。

小さじ2杯というと少ないように聞こえますが、実際にはかなり多量です。例えば紅茶などに入れてみると、とてもではないですが塩辛くて飲めません。

「離乳食の味付けで、砂糖と塩をまちがえた」などのミスがあったとしても、通常の調理法の範囲であれば、食塩中毒になるほどの量が赤ちゃんがとってしまう可能性は少なそうです。(もちろん、与えすぎには注意)

ではなぜ、12人もの子どもが中毒を起こしたのか。

論文は食塩中毒の背景に、親などによる虐待があったとしています。

食塩中毒を起こした赤ちゃんの親に対して行われた聞き取りでは、12人中7人の親が「中毒にすることを目的に、意図的に食塩を多く与えていた」と告白しました。

中には、バナナジュースなど味が強い液体に食塩を溶かし、わざわざ飲みやすくして与えていたケースや、栄養を与えるためのチューブを利用していたケースもあったといいます。

食塩中毒 過去の例の特徴は

ここまで見てきた内容をまとめると、下記のようになります

・中毒例の多くは、赤ちゃん

・腎臓が未熟で、自力で水を飲めないことから起きやすくなる

・通常の育児のなかで食塩中毒が起きる可能性は低い

・「虐待」が背景にあったケースが多い

こうした悲劇に、赤ちゃんが巻き込まれないようにするために何が必要なのか。

論文で見たケースでは、食塩中毒は「自分では飲み物を得られず、言葉で苦痛を伝えることもできない」赤ちゃんを相手に、本来ならその存在を保護すべき人によって意図的に起こされていました。

密室で行われる育児のなかで行われた場合、なかなか防ぐのが難しいとも感じてしまいます。それでも、いち早く「異変」に気づく可能性をほんの少しでも高められるよう、食塩中毒の特徴について頭の片隅に入れておこうと思いました。

【参照論文】

Non-accidental salt poisoning.

R Meadow Arch Dis Child. 1993 Apr; 68(4): 448-452.

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医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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