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幼保無償化という逆風に負けない森のようちえんの逞しさは、どこから生まれてくるのか

前屋毅フリージャーナリスト
(提供:イメージマート)

 幼児教育・保育の無償化(幼保無償化)がスタートしたことで、保護者の負担が軽くなっていることはまちがいない。その一方で、かなり大事なことが見落とされてしまっているのかもしれない。

|幼保無償化で、森のようちえんが危なくなった

 自然のなかで活動から学び、成長していくことを重視しているのが、「森のようちえん」である。「もともと経営的に苦しいところが多いのですが、さらに苦しくなり、閉園するところもでてきています」と、「NPO法人 森のようちえん」の理事で、「もあなキッズ自然学校」を運営する関山隆一さんはいう。

 自然が園舎であり園庭である森のようちえんは、国や自治体の基準に収まりきれない、独自の方針で運営されている。そのため、国や自治体からの補助をうけられず、保護者から集める費用だけで運営することになる。運営費が潤沢なわけがなく、苦しい経営を強いられてきたのは事実だ。

「そこに追い打ちをかけたのが、2019年10月1日にスタートした幼保無償化でした」と、関山さん。

 幼保無償化は、満3歳から小学校入学前までの3年間、幼稚園や保育園の費用が原則無償となる制度だ。無償とはいえ、給食費は保護者負担だったり、3歳からでないと対象にならないなどなど制度の問題は多いのだが、ひとまず置いておくことにしたい。

 ともかく、幼保無償化がスタートしたのだが、国や自治体の基準に収まりきれない森のようちえんに通う子どもたちは対象外とされてしまっている。我が子を森のようちえんで成長させたいとおもう保護者は、無償か有償かという高いハードルをつきつけられるわけだ。

「どうしても、無償に惹かれてしまう保護者が多いのは仕方ありません」と、関山さん。それで森のようちえんに入園する子どもの数は減り、園の経営をさらに圧迫することになった。そして、少なくない森のようちえんが閉園に追い込まれる事態になっているのだ。

「ただし、閉園するところもある一方で、新しく開園するところもでてきています。そのため、数としては横ばいの状態ではないでしょうか」と、関山さんはいった。幼保無償化はまちがいなく逆風だが、それに負けない逞しさと、それを支える〝何か〟が、森のようちえんにはあるようなのだ。

|森のようちえんを守るために移転

 奈良県天理市にある「森のようちえんウィズ・ナチュラ」は、以前は同県明日香村で活動していた。しかし、幼保無償化をきっかけに天理市に移転した。

「無償か有償かとなると、やはり保護者は無償を選びがちです。特に父親に、その傾向が強いようです。そこで、ウィズ・ナチュラは無償化の対象となる道を選ぶことにしました」と話すのは、代表の岡本麻友子さんだった。

 といっても、普通の幼稚園や保育園になったわけではない。都道府県に認可外保育施設としての届け出を行い、受理されれば無償化対象になることができるのだ。受理されるにはいろいろ条件があるが、なかでも難関が「園舎」である。

 森のようちえんは自然を園舎・園庭にするので、園舎ももたないところが多い。ウィズ・ナチュラも同じだった。しかし認可外保育施設となるには、園舎をもつことが必用だった。

「これが簡単ではありませんでした。明日香村は歴史的に重要な土地柄で、新しい建物をつくるのも、既存の建物を改修するのもかなり難しい。いろいろ調べましたが、明日香村で園舎をもつのはあきらめるしかありませんでした」

 それでも、あきらめなかった。園舎を探していることを、岡本さんはSNSを使って拡散した。それに反応があり、最終的に天理市に園舎を設けることが決まった。無償化の対象となる条件を整えたのだ。「それでも、園舎を利用する機会は少ないんですけどね」と、岡本さんは笑う。

 明日香村と天理市とではクルマで1時間ほどの距離がある。明日香村のウィズ・ナチュラに通っていた子どもたちが天理市に通うのは、難しくなったはずである。

「明日香村のときにも、遠くから通ってくる子はいました。だから少し遠くなってもだいじょうぶ、といってもらえました。ウィズ・ナチュラに通うために移住した家族もいます」

 それほど、森のようちえんは魅力的だといえる。それでも、通えない事情の家庭もあったりする。

|森のようちえんをつくってしまった

 有村理恵さんの長女は森のようちえんウィズ・ナチュラに在籍し、自宅のある葛城市から天理市に通っていた。気軽に送っていって家に戻り、また迎えにいける距離ではない。そこで下の子たちも連れていき、有村さんはウィズ・ナチュラの仕事を手伝いながら過ごしていた。

 そして今年4月、長女が小学校に入学した。入れ替わるように、次女が幼稚園にあがる年齢になった。次女のために有村さんが天理市に通う生活を続けたのかといえば、そうではなかった。

「家のある葛城市には愛着がありますし、長女も葛城市の公立小学校に通わせたいとおもっていました。次女と私が天理市に通っていると、長女の世話が中途半端になってしまいます。しかし、一般の保育園や幼稚園に預ける気はなくて、森のようちえんで生活させたいとの考えは変わりませんでした」

 なぜ森のようちえんにこだわるのか、と有村さんに訊いてみた。すると、次の答が戻ってきた。

「子育てに行き詰まると、子どもを外に連れだして、自然のなかで遊ばせるということをやっていました。自然のなかで子どもがのびのび元気に遊ぶ姿を見ていると、とても幸せでした。そこにウィズ・ナチュラの存在を知って、すぐに決めました。ただ子どもたちを自然のなかで遊ばせるだけでなく、子どもの体験を大事にしながら、必要以上に介入しないで見守る大人の姿勢にも、すごく共感しました。それが、森のようちえんの魅力だとおもいます」

 そして有村さんのだした答が、「地元の葛城市に、自分たちで森のようちえんをつくる」だった。これなら、地元を離れないで、次女も森のようちえんで育てることができる。

 私有地の里山を使わせてもらえることになり、いよいよ活動開始ということで、その地区の区長にあいさつに行った。そこで、思わぬ反応があったという。

「ビックリされました。区長さんは、ドーンと園舎が建つイメージをもたれたようなんです」

 静かに暮らしている自分たちの地域に、いきなり自分たちとは無関係で、立ち入ることも許されない大きな建物ができて、子どもたちの声が響きわたる。区長は、そんなイメージをもったのかもしれない。

「慌てて『逆なんですよ』と説明させてもらいました。ちょっと地域におじゃまさせてもらって、地域の良さを子どもたちと学びたいんです。森のなかで地域の人たちが歩いている横を子どもたちが歩いているイメージです、って」

 そして、有村さんたちの森のようちえんが今年4月に開園した。わずか3名の園児でのスタートで、名称は「森のようちえん いろどり」。

「里山で学び、里山を大切にしながら過ごす。子どもたちだけでなく、大人も一緒になって学んでいく。それが、森のようちえんです。その様子を見てもらって、『こういう活動を若い世代が始めるのはいいよね』とおっしゃってくださる地域の方もでてきています」

 ただし、無償化の対象にはなっていない。

「無償化の対象となるには、やはり園舎が難関です。普通の幼稚園や保育園より保護者の負担は増えるわけで、無視できない問題ではあります。それでも、活動を始めてみて、いろいろな方に賛同してもらえているのも事実です。これからどうしていくのがいいか、まだまだ試行錯誤です」と、有村さん。

 幼保無償化は、自然のなかでの学びを重視する森のようちえんの活動を制限する結果になっている。それでも、森のようちえんに価値を見いだし、それを大切にしようとしている人たちがいるのも事実だ。

 幼児教育・保育で大事なのは、無償にすることだけではない。無償化にばかり目を奪われて、肝心の質を軽視することになっていないだろうか。質が大事なことを、幼保無償化という逆風に立ち向かっている森のようちえんが教えている気がする。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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