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教育委員会は教員の実情を把握できているのか?

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:イメージマート)

 同じ学校現場なのに、こんなにも調査結果が違っている。ここまで違う結果になってしまうのは何故なのか。

|残業の「上限」が守られていない

 文部科学省(文科省)は4月28日、「勤務実態調査(2022年度)の集計(速報値)」(以下、勤務実態調査)を発表した。同じく文科省は、昨年12月23日に「教育委員会における学校の働き方改革のための取組状況調査」(2022年度、以下、取組状況調査)を公表している。同じ文科省による調査だが、前者は教員を対象にしたもので、後者は教育委員会を対象にした調査だ。

 2019年の教員給与特別措置法(給特法)の改正で、教員の時間外勤務(残業)の上限を「月45時間」とする指針が定められた。給特法では教員は原則として時間外勤務を命じられないことになっており、文科省は時間外勤務について「教員が自発的に行っているもの」という解釈で押し通してきている。「自発的」であるにもかかわらず「上限」をもうけるのも、おかしな話である。

 ともかく、時間外勤務については「上限」が示されている。その「上限」は、守られているのだろうか。

「勤務実態調査」を報じた『読売新聞オンライン』(2023年4月28日付)は、「小学校教諭の64.5%、中学校教諭の77.1%が国の指針で定める『月45時間』の上限を超える時間外勤務(残業)をしていた」としている。「上限」はまったく守られていない、というわけだ。

 じつは「勤務実態調査」では、月あたりの時間外勤務の状況が明確に記されているわけではない。「1週間あたりの『教諭』の総在校時間」が示されているだけだ。ここから所定の勤務時間を減じた時間が、時間外勤務となる。「上限」を決めているのだから、月あたりの時間外勤務の時間を明示すればいいようなものだが、それがされていない。今回公表されたのは「速報値」であり、今年度末頃に確定値に更新されるそうなので、そのときには時間外勤務の時間が明確に示されるのかもしれない。それを期待したい。

 ともかく、上記のような状況なので、月あたりの時間外勤務時間となると、そこから計算してみるしかない。1ヶ月は4週間以上の日数があるわけで、単純に調査結果の「1週間あたりの在校時間」を4倍して1ヶ月分とするわけにもいかなそうだ。

『読売新聞オンライン』では、「週50時間以上」の在校時間が「上限超え」になるとみなしている。すると、前記のように小学校で64.5%、中学校で77.1%が「上限超え」となるのだ。

|教育委員会対象の調査で減ってしまう上限超え

 一方の教育委員会を対象にした「取組状況調査」では、「在校等時間等の総時間から所定の勤務時間の総時間を減じた時間」が示されている。つまり時間外勤務の時間が明確に示されているわけだ。ただし、残業時間や時間外勤務時間という名目にはなっていない。

 教員を対象にした「勤務実態調査」の調査期間は2022年10月と11月で、教育委員会を対象にした「取組状況調査」のほうは4月から8月である。重なる期間はないので、比較的状況が同じと考えられる「取組状況調査」の6月分の調査結果に注目してみる。その6月の「上限」を超える時間外勤務をしている教員の割合は、小学校で45.8%、中学校で60.0%となっている。

「勤務実態調査」と「取組状況調査」の数字を並べてみれば、小学校で64.5%に対し45.8%、中学校では77.1%に対して60.0%となる。明らかに、教育委員会を対象にした「取組状況調査」のほうで、「上限超え」の割合が小さくなっている。とても「誤差の範囲」で済ましていいような差ではない。

 両者の差を目の前にして、「時短ハラスメント」という言葉を頭に浮かべた学校関係者は少なくないのではないだろうか。学校のブラック化、教員の働き方改革が社会問題化するなかで、教育委員会や管理職にとって、教員の時間外勤務時間を減らす「時短」が大きな課題となってきた。時間外勤務の「上限」が決められて、そのプレッシャーはさらに大きくなっている。

 そうしたなかで学校現場では、上限を超えそうな教員を管理職が呼んで指導したり、早めの退勤を口うるさく催促することが珍しくないという。ハラスメント(嫌がらせ・いじめ)である。それを嫌って、退勤時間を早めに申告する教員も少なくない。管理職が自発的に時短ハラスメントを行っているわけではなく、背景には教育委員会からの強いプレッシャーもあるはずだ。

 この時短ハラスメントの結果として短くなった在校時間が教育委員会に報告されることになる。それを、教育委員会は文科省の調査で「実態」として回答したことになる。

 しかし、「勤務実態調査」では教員自身が答えている。管理職に忖度して時短した数字を記入した教員もいたかもしれないが、正直に答えた教員のほうが多いはずである。こちらを「実態」に近い数字、と理解するほうが無理はない。

 そして、教員を対象にした調査と教育委員会を対象とした調査において、時間外勤務について看過できない差が生じてしまっている。教育委員会の認識は、実態から乖離しているといわざるをえない。ふたつの調査における差は、はからずも日本の教育の問題を浮かびあがらせたことになる。

|教育委員会と文科省は現実に真摯に向き合えるか

 教員を対象にした調査結果が実態に近いとすれば、教育委員会は実態を正しく把握できていないことになる。地域の教育行政の重要事項や基本方針を決定する立場にある教育委員会が誤った実態認識しかできていないとすれば、そこから導きだされる判断は無意味であり、間違いにつながりやすい。この現実を、教育委員会は真摯に受け止めることができるのだろうか。

 同じく文科省も、このふたつの調査結果から浮かびあがった現実と正面から向き合うことができるのだろうか。この現実を無視するようなら、文科省そのものの存在価値が問われることにもなる。

 正しい実態認識のうえにたたなければ、教員の働き方改革を推し進めることも、教育環境を改善していくことも、無理である。教育委員会と文科省の、今後の対応に注目したい。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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