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「従来の教育の概念をゴロッと変える」と宣言して開校した学校がある

前屋毅フリージャーナリスト
アメージングカレッジの建物は元結婚式場                撮影:筆者

「やろうとしているのは新しい教育概念を生みだすこと、そこに尽きます」と、校長の岩﨑千佳さんは言った。その学校は「amazing college(アメージングカレッジ)」、在籍者は小学生から中学生までの現在14名だ。しかしクラス分けされているわけではなく、みんなが一緒になって学んでいる。

|新しい概念の学校を探す保護者たち

 アメージングカレッジは今年4月12日に埼玉県東松山市で開校式を迎えたが、その2日前の10日に「開校直前セレモニー」が開かれた。生徒に保護者、来賓、教員たちが顔をそろえる場に、筆者も取材者として参加させてもらった。

 質疑応答の時間になり、手を挙げる。どうしても、保護者に訊きたいことがあったからだ。「なぜ、お子さんを、この学校に通わせることにしたのですか?」と、質問を投げかけた。それに、何人かの保護者が答えてくれた。1人の父親は次のように語った。

「いまの教育に疑問がありました。それでネットとか、いろいろ調べているなかで、アメージングカレッジを知りました」

 従来の教育に満足できない子どもと保護者はいるのだ。「自宅が遠方なので通学は無理だとおもっていたのですが、プレ授業に何度か参加してみて、続けたい、通学もできると子どもに説得されて決断しました」と、答えてくれた母親もいた。

|急に決めた校外活動にも即対応

 開校直前セレモニーとは別の日、開校式の翌日に、再びアメージングカレッジを訪ねた。子どもたちは、下校前の会議を開いていた。テーマは、「明日は何をするか」。アメージングカレッジにはスケジュール表や時間割など、ほかの学校では〝当たり前〟とされているものがない。何をやるかは、子どもたちが決めていくらしい。

 1人の男の子が、「サッカーをやりたい」と熱心に語る。それに、「何人でやるの?」「どこでやるの?」と子どもたちのなかから次々に質問があがってくる。そのうち、「明日でなくてもいいよね」という結論になったようだ。

 別の男の子が、「何軒かのスーパーマーケットをまわって値段比べをしよう」と発言する。これにも、いろいろ質問や意見があった。そして、明日はスーパー巡りを全員でやることが決まった。その様子を見ていて、「エッ!」とおもってしまった。

 子どもたちが帰っていったあとで、校長の岩﨑さんに話を聞いた。筆者の口から最初に飛びだしたのは、「明日、ほんとうにスーパーに行くんですか?」だった。岩﨑さんは、笑いながら「そうですね」と答えた。少しも困った様子はない。

 いわゆる「校外学習」である。ほかの学校であれば、訪問先への依頼や調整、保護者からの了解と、教員はたいへんな準備を強いられるところだろう。それには、手間だけでなく時間もかかる。子どもたちが「明日やる」といったところで、簡単に実現できるものではない。しかしアメージングカレッジの教員たちは、平然と対応している。

 前日に開校したばかりだったけれども、1年も前からプレ授業を繰り返してきているので、すでに子どもたちも教員も〝アメージングカレッジ流〟を身につけているようだ。それにしても、〝だいじょうぶなのか〟という心配が筆者の頭から離れない。

|発想と行動力を広げていく子どもたち

 さらに、「そうなるだろうな、とは予想していました」と岩﨑さんは言った。それは、午前中の出来事があったからだという。

「お昼ご飯をどうするか、という問題は開校前からあったんです。給食業者に頼む話もあったんですが、子どもたちは『自分たちでつくる』と決めました。それも自分たちで野菜を育てて、それを使って昼食をつくる話になっています。実際、農園をつくる話は進行しています」

 とはいえ、まだ農園は完成していない。もちろん、自分たちで育てた野菜が手元にあるはずもない。キッチンはあるにはあるが、まだ工事中で使える状態ではない。「自分たちでつくる」と決めたはいいが、準備は整っていないのだ。

「白いおにぎりだけは各自が持参することになっていました。でも、おかずはありません。それで今朝、わたしはボードにお金を置いておきました。『4月分の給食費として集めたお金だから、みんなで自由に使ってお昼を食べていいよ』と、伝えたのです」と、岩﨑さん。

 子どもたちからスーパーで材料を買ってくるという話もでたけれど、「調理ができない」という答にたどりつく。お湯だけは沸かせるからカップラーメンを買ってくるという案もあったらしいが、「それは、ないだろう」という意見に押された。そんなやりとりが延々と続き、そのうち「お腹がすいた」と騒ぎはじめる子たちがでてくる。そして、「とにかく、おにぎり食べてから考えよう」ということになって、持参していたおにぎりを食べた。それが、11時20分ごろのことだったという。

 食べ終えて、買い物の話に戻ったかといえば、そうはならなかったらしい。とりあえず腹を満たして、子どもたちの関心は食べ物から離れてしまったらしい。それでも、「買い物の話はどうなったの?」と、教員が蒸し返すことはしない。あくまで、「何をするか」を決めるのは子どもたちだからだ。

 そういうことがあったので、下校前の会議で買い出しの話がでてくるだろうな、と岩﨑さんは予想していたのだ。なにしろ、翌日も昼食はとらなければならないし、自分たちで考えなければ、おにぎりだけの昼食になる。

 ただし、ひとつのスーパーに買い出しに行くのではなく、複数のスーパーをまわって商品の値段比べをするところまで話が発展していったのは予想外だったにちがいない。「すごい安いスーパーがあることを知っている子がいて、そこから比較するところまで話が広がっていきました」と、嬉しそうに岩﨑さんは笑う。

 筆者は、「大勢でスーパーに行って、現地で問題が起きたら、たいへんでしょう?」と訊かずにはいられなかった。従来の学校的な発想から離れられない。それに、岩﨑さんは笑って答えた。

「大勢といっても14人です。毎日、保護者も参加していますから、大人の数もじゅうぶんですから、だいじょうぶです」

 アメージングカレッジでは、毎日、何人かの保護者も登校している。教員も合わせれば、子ども2人か3人に大人1人という勘定になる。もしも大人の力が必要な突発的なことが起きたとしても、対応できる体制なのだ。

 かといって、保護者は教員の手伝いや子どもたちの監視のためにいるわけではない。アメージングカレッジは、保護者も学ぶ場である。スーパー巡りも、子どもたちを監視するためではなく、大人も学ぶために参加するのだ。保護者も教員も学ぶ。

 アメージングカレッジは、「子どもがつくる 大人を育てる 未来をそうぞうする」を教育理念として掲げている。「大人が変わるのは、子どもの成長の姿をとおしてでしかありません」と、岩﨑さんは言う。子どもたちは自分で考え、自分で行動し、学んでいく。そういう姿から、「子どもには大人が教えなくてはいけない」という古い教育概念から解かれて大人は変わっていけるのだ。

|「しつけができていない」は古い教育概念

 岩﨑さんは、大阪の公立小学校の教員を8年間やったあと、国立の大阪教育大学附属平野小学校で9年間勤務し、副校長も務めた。その平野小学校で、2016年に仲間と創設したのが新教科「未来そうぞう科」だった。

「平野小学校に赴任して最初に担任したのが1年生でしたが、附属幼稚園で自由に育ってきた子が多かったので、公立からやってきたばかりの私の目には『しつけができていない』としか映らない状態でした」

 それから平野小学校で4年間を過ごし、5年目に再び1年生を担任した。やはり附属幼稚園で自由に育った子が多いクラスで、「しつけができていない子」だったはずである。しかし2回目の1年生を担任した岩﨑さんの目には、「クリエイティブな子たち」と映ったという。

 そう受けとれるようになったのは、平野小学校の教育理念の影響もあったからだとおもえる。同校は、「ひとりで考え ひとと考え 最後までやりぬく子」を理念としている。まさに「クリエイティブな子」を育てようとしているわけで、その校風が岩﨑さんの見方を変えたのかもしれない。

「特に公立の小学校は、『社会性を身につけさせる』という理由づけで、低学年のときに子どもたちの自由を奪ってしまっています。それは、クリエイティブな力を潰していくことにもなっている。それで高学年になると、『自分の意見をもて』とか『創造性を発揮しろ』と押しつける。無理なんです。いちど奪ってしまったクリエイティブな力は取り戻せない」

 2回目の1年生を担任したとき、岩﨑さんは研究主任という立場でもあった。「自由を奪わず、クリエイティブな面を伸ばす授業を研究しようとおもいました」と、岩﨑さん。それが「未来そうぞう科」となる。

 ただし、それを誰もが認めてくれるわけではなかった。「研究授業をやると100人を超える人たちが参観にきてくれます。それくらい大勢の視線のなかにいても、椅子にじっとしていないで、床に座ったり、寝っ転がって授業をうけている子もいます。その子なりにいちばん集中できる姿勢で授業に参加しているわけです。それを理解してくれるのは参観者のうち半分、あとの半分は『学級崩壊だね』と離れていきました」と、岩﨑さん。

 従来の教育の概念に凝り固まっている目には、椅子にきちんと座って授業をうけていない子どもは「しつけのできていない子」にしか映らない。床に座ったり、寝っ転がって授業をうけるなど、とんでもないことでしかないのだ。

 しかし、椅子に無理やり縛りつけられることで、集中できない子もいる。授業に集中できないということは、学ぶ機会が奪われ、クリエイティブな力を潰されていることに等しい。

 子どもたちのクリエイティブな力を伸ばそうという試みは平野小学校では理解されても、公立小学校で理解してもらおうとしても難しい。ただし附属小学校には任期があるので、いつまでも留まることはできない。だから岩﨑さんは、従来の教育概念をゴロッと変えて新しい教育概念を生みだしていく場としてアメージングカレッジを創設した。

 新しい教育概念はアメージングカレッジだけで実践するものではない。アメージングカレッジで生みだされていく新しい教育概念を広めていくことも、自分の使命だと岩﨑さんは考えている。

「そのために、アメージングカレッジでの子どもたちの姿を動画で配信していきます。新しい教育の概念の価値を理解してもらうには、子どもたちが成長していく姿を観てもらうのがいちばんです」 

 子どもたちのクリエイティブな力は、潰さず、伸ばしていくものである。そのことに、日本の教育は気づくべきときにきている。それを、アメージングカレッジの子どもたちの成長の姿が大人たちに教えようとしているようだ。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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