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アフター・コロナの学校は「スター教員」しか活躍できなくなっていくのか

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:アフロ)

◯東大合格率ナンバーワンの学習塾

 新型コロナウイルス(新型コロナ)の影響で休校していた学校で、急速に広がったのがオンライン授業のようだ。緊急事態宣言が解除されて学校も再開へ向けて動きはじめているが、だからといってオンライン授業をはじめとするICT活用の流れは止まらないかもしれない。

 文科省の方針もそうだが、学校へのICT導入を加速させる下地はあった。そこに起きたのが新型コロナでの休校で、一気に機運は盛り上がることになった。盛り上げようとしている。

 ただし、ICT導入は地域でも差があるし、学校ごとの対応にも大きな違いがあった。そのため休校中のICT活用においても、「格差」が生まれてしまっている。ICT活用についてはさまざまな議論があるとはいえ、大筋では導入への流れは止まらないとおもわれる。

 そこで気になってくるのが、学校と教員の役割である。休校をきっかけにオンライン授業に積極的に取り組み、実績を積み上げている教員もたくさんでてきている。そんな状況をみていて思い浮かんだのが、2006年に上梓した拙著『学校が学習塾にのみこまれる日』(朝日新聞社)で取り上げた学習塾のひとつである。

 その学習塾はDVDを活用したユニークな授業を展開していた。教室を見学させてもらって、まず驚いた。学習塾の授業も学校と同じで、何十人かの生徒の前で講師が授業しているのが普通だったはずだが、そんなものではなかったからだ。

 教室には個別ブースに区切られた机がずらりと並び、それぞれのブースにはモニターが設置されている。そのモニターで授業DVDを生徒は視聴するのだが、全員が同じものを観ているわけではない。それぞれの学習の進捗状況に合わせて組まれたカリキュラムに従ってDVDを選び、生徒たちは一人ずつ学んでいる。

 講師もいるが、全員に向かって授業をしているわけではない。教室のなかを巡回しながら、たまに生徒からの簡単な質問には答える。さらにコールセンターなるものが設けられており、生徒はオンラインで質問できるようにもなっている。とはいえ、教室は静かで、まるで自習室である。ICT活用がすすんでいけば学校も、この学習塾と同じようになるのではないだろうか、と想像してしまう。

 この学習塾の、もうひとつの大きな特徴は、「人気講師による授業」である。

 学習塾で使われているDVDは、それぞれのクラス担任が制作するのではなく、「人気講師」による授業が収められている。つまり、多くの生徒が同じ講師の授業を受講しているのだ。その理由を当時、この学習塾を展開している会社の社長にインタビューしている。彼は次のように説明している。

「最初は普通の学習塾と同じように、一定の人数の生徒を一人の講師が教えるというかたちでやっていました。ところが、教室が増えるにしたがって、『うちの子が通う教室では、なぜ、あの先生の授業がないのか』といった親からの苦情がくるようになったんです。講師の質には差があるし、親にしてみれば能力の高い講師に授業して欲しいわけです」

 そこで、その学習塾では衛星放送を使って人気講師の授業を配信しはじめた。しかし、そこで終わりではなかった。社長は続けた。

「そのうち、『授業をビデオに録画していいか』という要望が、生徒からでてきたんです。録画すれば、自分の都合にあわせて受講できる。考えてみれば、衛星放送で流しているものならドキュメント化できるのだから、生徒の都合に合わせて活用できるようにしたほうが効率的だ、という結論になった。そして開発したのが、DVDを活用したシステムでした」

 誰しも、効果的なものを選びたい。その効果的なものが、人気講師による授業だったのだ。親にしても、同じ授業料を払うなら効果のある講師の授業に払いたい。

 同じ教室に生徒を集めてやるオンタイムの授業なら、受講できる生徒の数に限りがある。その授業を受けるためには、生徒も時間をやりくりしなければならない。しかし収録されたDVDを使うということになれば、教室のキャパシティを気にする必要もないし、生徒も自分の都合に合わせて受講できる。きわめて効率的な授業となるのだ。

◯東大合格率ナンバーワン

 ICTを活用した授業が学校でも浸透していけば、もしかすると、この学習塾と同じように教室が変わっていく可能性はあるのかもしれない。効果的な授業をする人気教員の授業を受けたいという生徒や親のニーズに応えることが不可能ではなくなるからだ。DVDを使うより手間のかからない動画ファイルをパソコンの画面で開いて学習することなど、技術的には問題のないところにきている。

 問題は「効果」の内容である。その学習塾においては、当然なのだがテストにおける点数を上げ、入試での合格率を上げることである。その効果を上げるためには、点数を上げさせてくれる、合格させてくれる講師の講義を生徒が受講したがるのも当然のことである。実際、それは効果的らしい。なぜなら、さきほどの学習塾の出身者は毎年の東大合格者の4分の1ほども占めているという実績をあげているからだ。

 学校も、テストの点数を上げることだけが役割ならば、この学習塾のように、そのためのテクニックに長けた教員の授業を多くの生徒が受けられるようなシステムにしていったほうがいい。小中学校が躍起になっている全国学力テストの順位を上げるために、大きな成果をあげるかもしれない。そこで実績を上げていく教員は注目され、スター教員が誕生するだろう。そしてスター教員だけの授業を、多くの生徒が受講するようになる。授業をスター教員だけに任せておけるので、教員の数も少なくていい。教員の数を減らしたい政府の意向ともマッチする。

 しかし学校や教員の役割は、点数を上げ、合格率を上げることだけなのだろうか。そうだとしたら、あの学習塾のようなシステムになっていくほうが効果的かもしれない。スター教員だけで事足りることになるのかもしれない。

 そうではないとしたら、ICT活用の内容について、もっと議論を深めていく必要がある。新型コロナをきっかけにICTのハード面やテクニックに関しての注目度は大きくなっているなか、それを使って何を目指していくのかといったソフト面の議論が不足しているのではないだろうか。テストで点数をとる学力が重視される傾向が強まるなか、ICT利用のテクニックばかりを追っていくと、学習塾と変わらない学校になってしまう。

 ICTの活用は、学校現場でもどんどんすすんでいくはずだ。それにともなって、学校と教員の役割が見失われていくことになれば元も子もない。ICT活用も大事だが、それ以上に、「学校とは何か」を真剣に問わなければならないところにきているのではないだろうか。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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