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保護者が教育を大きく変えようとしている、それを実感させられたシンポジウムがあった

前屋毅フリージャーナリスト
登壇者たち。左から保坂氏、尾木氏、西郷氏、吉原氏   撮影:筆者

「桜丘中学校 ミライへのバトン~選びたくなる公立学校とは?」とテーマを掲げたシンポジウムが11月30日に開かれ、1000人近い参加者が会場を埋め、その関心の高さがうかがわれた。

 桜丘中学は、拙著『学校の面白いを歩いてみた~公立だってどんどん変わる~』(エッセンシャル出版)のなかでもとりあげさせてもらっているが、「校則のない学校」として最近、急激に注目を集めている。もともと校則がなかったわけではなく、10年前に赴任してきた西郷孝彦校長の「理由が分からない校則ならいらない」という方針で、徐々に減ってきて、最終的に校則のない学校になったのだ。

 さらに同校では、授業の開始・終わりを告げるチャイムも存在しなければ、教室ではなく廊下で勉強する生徒の姿も珍しくない。授業を「起立・礼」のかけ声から始めなければならない、というルールもない。それは、「子ども一人ひとりは違っていい」という考えから、「生徒中心」を貫いているからだ。そういう環境で、子どもたちは着実に成長している。

 西郷校長はシンポジウムの冒頭でも、「理論が先にあったのではなく、目の前の子どもたちを観察し、意見を聞くことを重視することから始まっている」と語り、「生徒を主体にすることで学校が変わった」と述べた。いかに従来の学校が生徒主体でなかったか、の裏返しともいえる。

 子どもを主体にすることで、勉強しなくなるわけではない。逆だ。「時期がくると、こちらが『そんなに勉強しなくてもいいよ』というくらい勉強しだす子が多い」と、西郷校長。勉強するタイミングも自主的なのだ。自主的に勉強するのだから、力がつかないわけがない。

 そうした子どもたちが成長する環境を「ミライ」へつなげよう、というのがシンポジウムの主旨である。主催者は桜丘中学での実践を実感している保護者たちで、それこそ手作りのシンポジウムだった。

 とはいえ、「ただ桜丘中学を讃える会」ではなかった。登壇者の一人である教育評論家で法政大学名誉教授でもある尾木直樹氏は、「これまでの日本は、適用するのが目的の『適用社会』だった。しかし、これからは学んだものを創造的につなげて、社会をつくっていく力こそが必要になっている。社会をつくっていける人を育てていくのが原則」と、桜丘中学での教育の先にあるものを示してみせた。

 城南信用金庫顧問で麻布学園理事長の吉原毅氏も、「自由闊達、自主・自立を大事にしないと、人間が小粒になる。管理しちゃダメです」と、桜丘中学の教育方針に賛同しながら、いまの教育全体に必要なことにまで言及した。

 桜丘中学の取り組みをベースにしながら、話は日本の教育、社会の問題にどんどん発展していった。それに聞き入る保護者たちも、学校のことだけでなく、いまの日本社会全体について想いを強めていたにちがいない。

 保護者たちが多く集まる、保護者たちの手作りのシンポジウムで、こうしたテーマが扱われるのも珍しいのではないだろうか。

 このシンポジウムでファシリテーターを務めたのは、世田谷区長の保坂展人氏だった。最後に彼は、「桜丘中学が特別ではない。桜丘中学で起きていることを、どうやって横に広げていくかが重要であり、いま教育の質を変えていかなければいけない」と締めくくった。それこそがシンポジウムの目的であり、そして現在の日本の教育に問われていることそのものである。

 繰り返すが、こんなシンポジウムを企画し、実現したのは保護者たちだ。そして、1000人近くの保護者を中心とする人たちが集まった。我が子を託すのに従来の教育ではダメなことに、保護者が気づきはじめている兆しかもしれない。学校を、日本の教育を大きく変えていくためには、こうした保護者の存在が不可欠だ。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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