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賃上げ要請、値上げに追われ?

前屋毅フリージャーナリスト

■「焦り」が見えみえ

厚生労働大臣(厚労相)が値上げ要請に必死だ。今月2日に行われた厚生労働相の諮問機関「中央最低賃金審議会」で、田村憲久厚労相は「すべての所得層での賃金上昇が求められる」と述べて、賃金上昇につながる議論を要請した。ちなみに、この審議会は最低賃金引き上げ額の目安を論議するための組織である。

こうした厚労相の賃上げ要請を、『毎日新聞』(7月2日付 電子版)は「厚労相がここまで強い調子で引き上げを求めるのは異例」と伝えている。安倍晋三首相が賃上げを求めて一部の大企業は応じる「素振り」をみせたものの、賃上げが全体的な動きとなっていないことへの「焦り」とうけとれる。

厚労相が焦りを露わにしたのと同じ日、管義偉官房長官が記者会見で2014年4月に予定している消費税率を8%に引き上げることについて述べている。その発言は、「消費税の引き上げで(国全体の)税収が減少するようだったら、まったく何のためか分からない。全体像を考えたうえで判断する」というものだったそうだ。

消費税率引き上げは簡単にはいきそうもない、という認識のようだ。といって、中止もしくは先送りする気もないらしい。管官房長官の発言にも「焦り」を感じる。

■賃金上がらず、物価は上がる

なぜ政府に「焦り」があるかといえば、物価が上昇傾向にあるからだ。国際的な商品不況の上昇や円安の影響で、この7月から日清フーズは家庭用小麦粉を約2~7%値上げしているし、キューピーもマヨネーズ関連商品の出荷価格を約2~9%引き上げ、日本ハムは151品目にわたって商品の量を減らすことで実質的な値上げを実行している。燃料の高騰で漁をひかえる漁師もでていることから、魚介類の価格も上がっていくにちがいない。

こうした値上げラッシュのなかで消費税率の引き上げを強行すれば、たちまち買い控えがおきる。スーパーマーケットなどの売上が落ちれば、当然ながら国の税収も減る。「まったく何のためか分からない」と言うのだから、管官房長も「常識」はもちあわせているらしい。

しかし、消費税率引き上げはやりたいのが安倍政権の本音である。それには、5%から8%への消費税率引き上げを消費者が気にしない賃上げが必要なのだ。「賃金が10%も上がったから、3%の消費税率引き上げなんて屁でもない」と消費者が言う環境を政府は願っている。

企業業績がぐんぐん伸びて賃上げが普通になれば、まさに政府の望む状態になる。ただし現実は、なかなかに厳しい。円安傾向で輸出企業を中心に業績が伸びているところも目立ってきてはいるとはいえ、円安で原料の輸入価格は上昇傾向にあり、その影響もあなどれない。

業績好調の企業でも先のことを考えれば思い切った賃上げに踏み切れないし、そもそも賃上げできるまでに業績が回復していない企業も多いのだ。管官房長官が消費税率引き上げについて楽観的な発言ができないのも当然である。

そこで厚労相が必死になっている、というわけだ。賃上げを強く、異例なくらい強く訴えることで、賃上げを広め、消費税率引き上げのできる環境づくりに動いているわけだ。

言うまでもなく、上から目線で要請されたところで、「はい、そうですか」と応じる企業は、そうそう多くはない。あまりに異例な要請が続けば、政府の「焦り」を露呈することにしかならない。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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