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新型コロナ マスク着用による感染予防の最新エビデンス

忽那賢志感染症専門医
マスクを着用しWITHコロナの覚悟を決めた渋谷ハチ公(筆者撮影)

新型コロナウイルス感染症が流行して以降、屋内ではマスクを着用することが一般的になっています。

これに関して、これまでは科学的な根拠が十分ではありませんでしたが、徐々にそのエビデンスが増えてきました。

なぜ症状がない人もマスクを着けるべきなのか

インフルエンザなどの「発症した後から周囲に感染させる」呼吸器感染症とは異なり、新型コロナは発症する前の無症状のときから人にうつしていることが明らかになってきました。

インフルエンザと新型コロナの発症前後の感染性の違い(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)
インフルエンザと新型コロナの発症前後の感染性の違い(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)

このように新型コロナウイルス感染症では、発症前に感染性のピークがあり、発症前の無症状の時期から周囲にうつしているというデータが集積してきました。

これがほとんど無視できる量であれば良いのですが、新型コロナの感染伝播の総量を100とすると、この発症前の無症状者からの伝播が45%、そして無症状のまま経過する無症候性感染者からの伝播が5%ということで、合計50%は無症状者からの伝播であることが分かっています。

感染した日からの感染性の推移(Science 10.1126/science.abb6936 (2020).およびTomas Pueyo氏
感染した日からの感染性の推移(Science 10.1126/science.abb6936 (2020).およびTomas Pueyo氏 "The Basic Dance Steps~"より)

会話や呼気でも飛沫が発生する

さて咳やくしゃみなどのない「発症前の時期」あるいは「無症候性感染者」から感染するのはなぜでしょうか。

以下はNew England Journal of Medicineに掲載された動画です。

会話によって発生する飛沫をレーザー光を当てることで可視化したものです。

前半がマスクなしで会話した場合の飛沫の拡散、後半がマスクを着けた状態で会話した場合の飛沫の拡散を見たものです。

「Stay Healthy(ヘルシーでいよう!)」と繰り返し発音していますが、特に「th」の発音の際に飛沫が多く飛んでいることが分かります。全然ヘルシーな感じはしません。

しかしマスクを着用すると、ほとんど飛沫は飛ばなくなりヘルシー感が急激にアップします。

咳で発生する飛沫の量と会話で発生する飛沫の量は大きくは変わらない」とする研究もあり、これらのことから症状がなくても会話などで新型コロナが伝播する可能性が示唆されます。

これらの知見に基づき、現在WHO(世界保健機関)は「流行地では無症状者も公共交通機関利用時などではマスク着用」を推奨しています。

日本でもご存知の通り5月4日から「新しい生活様式」として屋内では無症状者もマスクを着用することが推奨されています。

こうした「無症状の人も含めてマスクを着用する」という考え方をユニバーサルマスク(Universal Masking)と言いますが、この推奨は「発症前に感染性のピークがある」という事実と「マスクは会話などで発生する飛沫の拡散を減少させる」という事実から、おそらく新型コロナに対して予防効果があるのだろうと考え出された推奨です。

実際に予防効果があるのかは十分に分かっていませんでしたが、この数ヶ月で徐々に知見が集まってきました。

発症前からマスク着用で家族内感染を減らしたという報告

マスク着用による家族内感染の予防効果(BMJ Glob Health. 2020;5(5) )
マスク着用による家族内感染の予防効果(BMJ Glob Health. 2020;5(5) )

中国の北京で124家族335人を対象としたコホート研究をご紹介します。

家族内で1人感染者が出た場合に、他の家族に感染が起こった事例は22.3%でした。4つの家族に1つは家族内感染が起こっていることになります。

しかし、新型コロナを発症した人が、症状が出る前からマスクを着けていた場合は、家族への感染を79%減らしました (OR=0.21, 95% CI 0.06 to 0.79)。しかし、発症後にマスクを着けても家族への感染は減らさなかったそうです。

マスクの効果を検証したハムスターの実験

ハムスターでのマスク効果を検証した実験(Clin Infect Dis . 2020 May 30;ciaa644.)
ハムスターでのマスク効果を検証した実験(Clin Infect Dis . 2020 May 30;ciaa644.)

ハムスターを使った実験も報告されています。

新型コロナウイルスを感染させたハムスターと、感染していないハムスターを直接接触できない同じ環境に入れて、感染が成立するかどうかを検証したものですが、どちらもマスクを使用していなければ15匹中10匹(66.7%)で感染が成立したのに対し、感染していないハムスターがマスクを着けていたら12匹中4匹(33.3%)、感染したハムスターがマスクを着けていたら12匹中2匹(12.7%)に感染が成立したということで、マスクに新型コロナウイルスの伝播の予防効果が示唆されました。特に感染した方がマスクを着けることで効果が強く現れます。

病院でのユニバーサルマスクの効果

病院内でのマスク着用による新型コロナ予防効果(JAMA . 2020 Jul 14;e2012897. )
病院内でのマスク着用による新型コロナ予防効果(JAMA . 2020 Jul 14;e2012897. )

新型コロナ以降、病院内では患者さんやお見舞いに来られる方にもマスク着用をお願いしている病院が増えています。

これも新しい生活様式の一つと言えますが、この病院内でのマスク着用による新型コロナの予防効果が示されています。

2020年3月から4月にかけて新型コロナが大流行していたアメリカのある病院で、3月に医療従事者がマスク着用を義務化し、4月に患者のマスク着用を義務化したら医療従事者の新型コロナ感染率が低下したという報告です。

新型コロナに感染した美容師2人と139人の客

美容師2人が感染していてもマスク着用によって客は誰も感染しなかった(MMWR Morb Mortal Wkly Rep . 2020 Jul 17;69(28):930-932. )
美容師2人が感染していてもマスク着用によって客は誰も感染しなかった(MMWR Morb Mortal Wkly Rep . 2020 Jul 17;69(28):930-932. )

アメリカのある美容室の事例も紹介致します。

ミズーリ州のスプリングフィールドにある美容院で働く2人の美容師が新型コロナに感染しました。

この美容院では、スプリングフィールド市の推奨に基づき、ユニバーサルマスクを実行していました。

この2人の美容師に濃厚接触したと考えられる139人の客は、それぞれ15分以上この美容師と濃厚暴露していたと考えられましたが、なんと誰も新型コロナには感染していませんでした。マスク、パねえっす。

ユニバーサルマスクの効果が分かるエピソードです。

その他、メタアナリシスという複数の研究を解析した研究でもマスクによる予防効果を示したものが複数あります(Travel Med Infect Dis. 2020 May 28 : 101751.Lancet. 2020 27 June-3 July; 395(10242): 1973-1987.)。

当初は効果を疑問視する人も多かったユニバーサルマスクですが、一定の効果がありそうです。

屋外でのマスク着用は危険なことも

ちなみにマスク着用が推奨されるのはいまのところ換気が不十分となりやすい屋内や混雑した交通機関内のみであり、人との距離が十分に保たれている場合は屋外でのマスク着用は推奨されていません。

冒頭の写真のハチ公は屋外でもマスクを着用しており「新しい生活様式」に適応しすぎていますが、屋外でのマスク着用は熱中症のリスクもあり注意が必要です。

また日本小児科医会は窒息や熱中症のリスクが高くなるとして2歳未満の子どものマスク使用は不要でありむしろ危険という声明を発表しています。2歳未満でなくとも小さいお子さんや心肺機能が低下した方のマスク着用には十分注意しましょう。

またマスク装着によってマスク表面が汚染し、これを触ることによって手にウイルスが付着し感染のリスクとなることも考えられます。

飛沫を浴びるなど明らかに汚染した場合にはこまめにマスクを交換するようにしましょう。

またご自身の感染予防のためにはマスク着用以上に、手洗いをこまめに行うことが重要です。

マスクをつけているから自分は安心、と思わず基本的な感染対策もおろそかにしないようにしましょう。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)
感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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