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イオンの従業員マスク禁止は感染管理的には問題があるのか?

忽那賢志感染症専門医
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

今年はインフルエンザの流行が例年よりも早く、この年末年始にも流行のピークを迎えようとしています。

地下鉄内や街中でもマスクを着けている方を多く見かけるようになってきました。

そんな中、イオングループの従業員が接客の際にマスクを着けることを禁止されたというニュースがあり話題になりました。

従業員への案内文には、「接客時におけるマスク着用は、顔の半分を覆い隠してしまうため、お客様にとって表情がわかりにくく声も聞こえづらくなるため、お客さまとの円滑なコミュニケーションの妨げになります。また、風邪や体調不良のイメージを持たれ、不安を抱かれる場合があります」などと書かれており、今後は原則としてマスク着用を禁止するとしている。

出典:イオン、接客時のマスク着用「原則禁止」 風邪の予防もできないのか...現場から悲鳴

このニュース、見出しに「風邪の予防もできないのか」とありますが、そもそもマスクを着用することで風邪やインフルエンザを予防することはできるのでしょうか?

基本的にマスクではかぜやインフルエンザは予防できない

昔から日本人はマスクを着けるのが好きと言われますが、そもそも(感染症に関しては)マスクは予防のために使うものではなく、感染してしまった人が周囲に広げないために使うものです。

風邪やインフルエンザに罹ってしまった人がマスクを使用することは感染の広がりを防ぐために非常に重要です。

しかし、逆に無症状の人がマスクを着用することで周囲からの感染を防ぐことはできるのでしょうか?

結論から言うと、これまでの研究ではマスク単独でのインフルエンザやかぜなどの予防効果は示されていません(BMJ. 2015 Apr 9;350:h694)。

マスクを着用した人と、マスクを着用しなかった人とを比べても、かぜやインフルエンザの発症率に差はないとする報告が多数あります。

残念ながら無症状のときにマスクを着けてもかぜやインフルエンザを防げるとは今のところ言えません。

またこのイオンのニュースの記事には「風邪をひいていたり、花粉症に悩んでいたりする場合も、上司の許可があれば問題ないとのスタンスだ」とありますので、症状のある方についてはマスクの着用を認める方針のようです。

というわけで、感染管理的にはイオングループのこの判断は問題ないだろうと考えます。

しかし、鼻や口をしっかりと覆っているわけですから理屈からすると感染を防げそうなマスクが、なぜ風邪やインフルエンザの予防効果を証明できないのでしょうか?

これには正しい答えはありませんが、私の考えとして、一つは多くの人が正しいマスクの着用ができていないことがあるだろうと考えます。

皆さんは正しいマスクの装着の仕方をご存知でしょうか?

マスクのつけっぱなしはダメ

まず、マスクを着けるタイミングです。

ときどき朝から晩まで一日中マスクを着けている方がいらっしゃいますが、感染管理的にはダメです。

なぜならば、マスク表面はしばしばウイルスで汚染されてしまうからです。電車で周りの人からくしゃみを浴びたとき、あちこちを触った自分の手でマスクを触ったときなど、マスクは一日の中でだんだんと汚染されていきます。

かぜやインフルエンザは飛沫(くしゃみや咳)だけでなく、触れることでもうつりますので、結局自分のマスクに触れた手で目や鼻を触ったりすることで感染してしまいます。

マスクは咳やくしゃみをしている人と接したり、表面を触ってしまったらこまめに付け替えることが大事です。そして、その後はしっかりと手洗いをしましょう。

「だてマスク」として、ファッションとしてマスクを着けられている方もいらっしゃるようです。「だてマスク」のWikipediaによると「『マスクを完全に外すのは飯、風呂、寝る時だけ』と証言する者もいる。」とありますが、感染管理的にはこまめに着け替えることをお勧めします。

マスクは着け方も大事

鼻マスク(筆者撮影、武藤義和医師協力)
鼻マスク(筆者撮影、武藤義和医師協力)

このマスクの着け方はどこがおかしいかお分かりでしょうか?

そうです、鼻が出ていますね。

これは通称「鼻マスク」と呼ばれる間違った着け方で、ときどき医療従事者でもこの鼻マスクをしていることがあります。

マスクは鼻から顎までしっかり覆わなければいけません。

厚生労働省のインフルエンザ予防啓発ポスター
厚生労働省のインフルエンザ予防啓発ポスター

こちらは厚生労働省のインフルエンザ予防啓発ポスターです。

「お口をカバー。手を洗いグマ」ということで、マスクと手洗いの重要性を伝える素晴らしいポスターですが、このカバも鼻マスクであって、正しくは口だけでなく鼻もマスクで覆わなければいけません。

カバにもカバの事情があるのだと思いますが(顔の解剖学的問題など)、鼻をしっかり覆わないと自分が具合が悪いときはくしゃみが飛んで周囲に感染してしまいますし、周囲に具合の悪い人がいるときは鼻にウイルスが入ってくるかもしれません。

またマスク表面にくっついたウイルスも手で触って鼻に入りやすい状態です。

顎マスク(筆者撮影、武藤義和医師協力)
顎マスク(筆者撮影、武藤義和医師協力)

ではこれはどうでしょうか。

「顎マスク」と呼ばれるもので、これもよく見かけます。

もはや鼻も口も完全にオープンになっており、マスクの役目が全く果たされていません。これをやるくらいならマスクを外しましょう。

この方も顎マスクです。鼻と口をしっかり覆うようにしましょう。

使わないときは捨てましょう!

さらに、マスクを着けていないときに肘に着けている人もいます。「肘マスク」と呼ばれます。

肘マスク(筆者撮影、武藤義和医師協力)
肘マスク(筆者撮影、武藤義和医師協力)

こういう人を見ると「あなた、そこに口ないでしょッ!」と思ってしまいます。

これも肘があちこちに触れてマスクの汚染の原因となります。

もったいないと思う気持ちは分かりますが、マスクは一度外したらそのまま捨てましょう。

最後に、マスクの着け方よりもインフルエンザ予防に大事なのは

というわけでマスクについてお話をいたしましたが、冒頭で述べた通り、マスクの着用についてはかぜやインフルエンザの予防効果は証明されていません。

それよりも科学的にインフルエンザの予防効果が示されているものがあります。

そう・・・ワクチンです!

「なんかこのオッサン、いつもワクチンの話ばっかりやな」と思われるかもしれませんが、インフルエンザになりたくなくてマスクを一日中着けてるくらいなら、ワクチンを接種して予防しましょう!まだ流行のピークではありませんので、まだ接種していない方は今からでも接種する意義は十分にあります。

詳しくは「こちら」をご覧ください。

そしてインフルエンザ予防のためにワクチンの次に大事なのは手洗いです。

あなたは正しい手洗いができていますか?

インフルエンザワクチンを接種し、正しい手洗いのやり方をマスターして、今シーズンインフルエンザに罹らないように、みんなで気をつけていきましょう。

※この記事は2019/11/10の記事「正しいマスクの着け方、できていますか?」を加筆修正したものです

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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