国内のHPVワクチンの現状と課題 感染症医の視点

(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

先日、国立がん研究センターと国立成育医療研究センターは0~14歳の小児と15~39歳の思春期・若年成人を指す「AYA(Adolescent&Young Adult)世代」のがん患者に関する報告書を公表しましたが、AYA世代のがん患者は75.9%を女性が占めており、この要因として20~39歳で女性の子宮頸がんや乳がんが急増するためとしています。この世代は就職、結婚、出産など人生の節目となるイベントを経験することが多く、がんの治療との両立はご本人にとって非常に大きな負担となります。

このうち、子宮頸がんはワクチンで予防可能な疾患であり、ワクチン接種率向上によってこれらAYA世代の女性の子宮頸がん罹患率を将来的に低下させることが期待されます。

しかし、残念ながら国内におけるHPVワクチン接種率は1%未満にとどまっているのが現状です。

HPVと「がん」との関係

子宮頸がんはHPV(ヒトパピローマウイルス)の感染によって起こる「がん」です。

HPVは性交渉によって感染し、特に100以上ある遺伝子型のうちHPV16、18、31、33、52、58というHPVが子宮頸がん、膣がん、外陰がん、肛門がん、陰茎がん、咽頭がんなどの発がんに関与することが分かっています。

このうち子宮頸がんの96%がHPV感染に起因するとされています。

国内における子宮頸がんの状況

国立がん研究センターがん対策情報センターによれば、子宮頸がんの日本国内の罹患率は2000年頃を境に再上昇しており、2014年に11,293人が罹患、2017年に2,795人が死亡しています。

子宮頸がんの罹患率(1975年~2014年)と死亡率(1958年~2017年)
子宮頸がんの罹患率(1975年~2014年)と死亡率(1958年~2017年)

罹患率のピークは30代後半から40代前半にあり、他のがんと比べて若い世代ががんに罹患していることが分かります。

子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんの年齢階級別の罹患率(2014年)
子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんの年齢階級別の罹患率(2014年)

HPVワクチンとその効果

HPVワクチンは名前の通り、性交渉によるHPVの感染を防ぐワクチンであり、日本国内にはHPV16、18を防ぐ2価ワクチンと、この2つHPV6、11を加えた4価ワクチンがあります。

子宮頸がんは、その前段階として前がん病変が存在しますが、HPVワクチンはこの前がん病変を半減させることが分かっており、いち早くHPVワクチン接種プログラムが実施されたオーストラリア、デンマーク、スコットランドなどの複数の国でその効果が確認されています。

子宮頸がんの進行と2つの予防法 厚生労働省リーフレットより
子宮頸がんの進行と2つの予防法 厚生労働省リーフレットより

ときどき「HPVワクチンには子宮頸がんを減らすエビデンスはない」と言う専門家がいますが、これは前がん病変が見つかった段階で倫理的にがんになるまで放っておくことはできないので、HPVワクチンが直接的に子宮頸がんを減らすかどうかを証明することが困難なためです。

しかし、すでにオーストラリアでは高い子宮頸がん検診率と早期にHPVワクチンが導入された結果、2100年には子宮頸がんが1996年、2006年と比べそれぞれ91%、94%減らすことが推定されています。おそらく今後、HPVワクチンを導入した世界各国からこうしたデータが出てくるものと思われます。

また国によっては陰茎がん、肛門がんや中咽頭癌などの予防目的に男性もHPVワクチンの接種対象としている国もあります。私も以前、セクシー男優のしみけんさんにHPVワクチンを接種したことがあります(理想的には性交渉を経験する前の接種が望ましいです)。

日経メディカルOnline 2017年6月16日掲載「セクシー男優の疑問を感染症医がずばり解決」より転載
日経メディカルOnline 2017年6月16日掲載「セクシー男優の疑問を感染症医がずばり解決」より転載

日本での状況について

日本でも海外に続いて2009年に2価HPVワクチン、2011年には4価HPVワクチンが発売開始され、2013年に定期接種が開始されました。

これにより今後日本でもHPVワクチン接種率が向上することが期待されましたが、HPVワクチン接種後に痛みや運動障害が長期に続くという報告が複数あり、当時一部メディアでは「HPVワクチンの被害者」として報道されました。

HPVワクチンとの因果関係が証明されたわけではありませんでしたが、HPVワクチンがこれらの慢性疼痛、運動障害と関連がないと証明できる十分なデータがないことから定期接種からわずか2ヶ月後に「積極的接種勧奨の差し控え」となりました。その状況が2019年の現在でも続いています。

なお「積極的接種勧奨の差し控え」というのは「積極的には接種を勧めはしませんが、接種はできます」ということであり、現在もHPVワクチン自体は小学6年生~高校1年生は定期接種として無料で接種可能です。

結局、HPVワクチンとの因果関係は?

これらの慢性疼痛、運動障害とHPVワクチンの因果関係について名古屋スタディと呼ばれる大規模な疫学研究が行われました。

7万人を対象とした研究であり、2015年12月に速報として発表されていましたが、昨年国際ジャーナルPapillomavirus Research誌に最終報告が掲載されました。

これによると、名古屋市に住む小学6年生から高校3年生までの女子約7万人に対して慢性疼痛、運動障害など24項目についてアンケート調査を行い約3万人のデータを解析した結果、HPVワクチンを接種した人と接種していない人では差はみられなかったとのことでした。つまり、ワクチンを接種していない人の中にも一定の頻度で同様の症状を呈する方がおり、HPVワクチンとこれらの症状との因果関係は示されなかった、という結果です。

また世界保健機関WHOは一貫してHPVワクチンは安全性の高いワクチンであり有効性は明らかとしており、HPVワクチンの積極的勧奨を中止している日本に対して警告を発しています

HPVワクチンの積極的接種勧奨の再開は?

2019年10月現在、HPVワクチンは現在も「積極的接種勧奨の差し控え」の状況にあります。しかし、[HPVワクチン定期接種対象者に向け いすみ市]、八戸市、岡山県などの一部の自治体ではHPVワクチン定期接種対象者に向け接種率の向上に向けた様々な取り組みが行われています。

毎年3000人の方が亡くなっている子宮頸がんの患者さんをHPVワクチン(と子宮頸がん検診)によって大きく減らすことができると考えられます。

HPVワクチンと因果関係が不明にせよ、慢性疼痛や運動障害に苦しむ方々への十分なケアは引き続き行われるべきと考えますが、積極的接種勧奨中止から6年が経ちエビデンスが揃い始めた現在、積極的接種勧奨の再開について議論をする時期に来ているのではないでしょうか?

参考情報:

J-IDEO Vol.2 No.4「HPVワクチンを考える」

Suzuki S, Hosono A.Papillomavirus Res. 2018 Jun;5:96-103.

WHO.Safety update of HPV vaccines