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50回以上もの使用歴と、常に調査を妨害するロシア 化学兵器使用は「アサド政権」 その理由(後編)

黒井文太郎軍事ジャーナリスト
こちらもアサド政権メディア「SANA」。悪名高いチェチェンのカディロフ首長も登場

化学兵器を使用したのは「アサド政権」 その理由(前編)はこちら

化学兵器を使用したのは誰かわからない????

 化学兵器を使用したのは、アサド政権なのか? あるいは反体制派による自作自演なのか? あるいは、そもそも化学兵器など使われていないのか?

 日本ではネット内だけでなく、大手メディアでさえロシアの言い分がそのまま報道されているケースが散見されますが、答えは「アサド政権」です。なぜなら、「イギリスの工作だという証拠がある」というロシアの主張と、「アサド政権によるものとの証拠がある」という米英仏の主張では、信憑性がまるで違うからです。

 ロシアはこれまで、シリアでの化学兵器使用の実態を明らかにしようという国連機関等の試みを、常に妨害してきています。真相を隠蔽しようとするロシアの主張は、すべて「欺瞞」と言っていいでしょう。

 また、日本ではいまだに「優勢なアサド政権が化学兵器を使うわけがない」という、ロシアのトロール(論調を自らの望む方向に誘導する目的で、ロシア政府が組織的に拡散しているプロパガンダやフェイク・ニュースのネットの書き込み)を鵜呑みにしたような言説が散見されますが、これも間違いです。「使うわけがない」もなにも、現実として、アサド政権はすでに化学兵器を常用してきています。

暴かれたアサド政権の化学兵器使用

 シリアでの化学兵器使用については、これまでさまざまな機関・組織・メディア等が検証作業を行い、アサド政権が化学兵器を常用していることがわかっています。

 その中から、特に公機関である国連・化学兵器禁止機関と、現地情報への独自のアクセス・ルートがあり、結論に比較的慎重な国際的人権団体「ヒューマンライツ・ウォッチ」の報告を基に、経緯を列記します。

2013年8月21日、グータ地区で、サリン攻撃により住民多数が死亡。

9月10日、国際人権団体「ヒューマンライツ・ウォッチ」が報告書を発表。

 現地情報を詳細に調査・分析。

 犯行に使われた砲弾を検証し、使用された武器システムを確認。アサド政権が保有していることを確認。反体制派が保有していることを示す情報は皆無。

 発射経路も検証し、アサド政権による攻撃の可能性がきわめて高いと断定。

「グータへの攻撃 ~シリアにおける化学兵器使用の分析」

「シリア政府(アサド政権)が化学兵器攻撃の犯人の可能性が高い ~ロケット解析と証言に基づく新しい証拠」

9月16日、国連調査報告

 サリン使用を断定。

「収集した環境的、化学的、医学的サンプルは、サリンを搭載した地対地ロケットが使用された証拠を示している」

「シリア政府(アサド政権)だけが、地対地ロケットと大量のサリンを所有していることが判明」

 ただし、調査団に化学兵器使用者を特定する権限はなかった。

9月27日、国連安保理、アサド政権の化学兵器廃棄決議を採択。

2015年8月7日、安保理が、化学兵器使用者を特定して責任を追及する決議を採択。国連と化学兵器禁止機関(OPCW)が共同調査を開始。

2016年8月30日、国連=化学兵器禁止機関(OPCW)パネルの共同報告。

 14~15年の化学兵器使用が確認されたのは3件で、2件(塩素ガス)がアサド政権によるものと断定。1件(マスタードガス)については「ISにのみ可能だろう」と断定。

 他に6件の化学兵器使用疑惑があったが、詳細確認できず。

 ロシアのチュルキン国連大使は、安保理で「報告書の事実はテロリストにより改竄されたのだろう」と発言。

10月21日、国連=OPCWパネル報告。

 アサド政権による新たな塩素ガス攻撃1件を確認。

2017年3月2日、アレッポ人権侵害について国連調査委員会が報告。

 アサド政権による塩素ガス使用を断定。ロシア軍の化学兵器使用は確認できず。 

4月4日、イドリブ県ハーン・シェイフンでサリン攻撃。

4月7日、米軍がアサド政権軍用飛行場を爆撃。

4月12日、アサド政権軍用飛行場への立ち入りなども認める調査を国連=OPCWパネルに求める安保理決議案に、ロシアが拒否権行使。

5月1日、ヒューマンライツ・ウォッチが詳細な報告

「化学兵器による死 ~アサド政権による広範囲でシステマティックな化学兵器使用」

▽9月6日、国連人権理事会独立国際調査委員会が報告。

 2011年から2017年9月までで、化学兵器攻撃33件を確認。うち27件はアサド政権によるもので、他の6件は不明。

10月24日、国連安保理にて、国連=OPCW合同調査パネルの活動期間延期決議案にロシアが拒否権行使。

10月26日、国連=OPCW合同調査パネルが報告。

同年4月のサリン攻撃を、アサド政権によるものと断定。2016年9月16日のISのマスタードガス使用(アレッポ県ウムホシュ)も断定。

11月16日および17日、国連安保理にて、国連=OPCW合同調査パネルの活動期間延期決議案にロシアが拒否権行使。

2018年4月4日、ヒューマンライツ・ウォッチが報告。

 これまで化学兵器攻撃85件を確認。うち約30件は実行者不詳だが、50件以上がアサド政権軍によるもの。サリンの3件はいずれもアサド政権と断定。他に、ISによるマスタードガス攻撃が2件。他に民兵組織による塩素ガス攻撃が1件。

「この1年、化学兵器攻撃が持続~抑制と正義のための国際的な行動は効果がなかった」

4月7日、東グータ地区ドゥーマで化学兵器攻撃。

4月14日、米英仏がアサド政権の化学兵器施設を攻撃。

 以上が主な経緯です。アサド政権による化学兵器使用が急増し、もはや常態化していることが一目瞭然であり、それを調査しようとする国連の試みを、ロシアが一貫して妨害してきたことがわかります。

OPCW調査報告を握りつぶすロシア

 なお、4月15日、シリア入りしているOPCWの調査団は、ドゥーマでの現地調査に入ると発表しました。米英仏の爆撃を批判する側からは、「なぜOPCWの調査を待たなかったのか?」との疑問の声が出ています。

 同じ質問を4月14日の記者会見で質問されたイギリスのメイ首相はこう述べています。

「その前にわれわれはアサド政権による化学兵器使用の明確な証拠を得たからです」

 実際のところ、なぜロシアがOPCWの調査を受け入れたのかというと、ロシアにとってどうにでもなるからです。前述したように前例がありますが、仮にOPCWがアサド政権に不利な結論を下したとしても、ロシアが安保理でそれを頑なに認めなければ、事態は変わりません。それに基づいた安保理決議案が提案されても、「信頼できない調査で認められない」と強弁し、拒否権で葬るのです。実はイギリスでの元スパイ毒殺未遂でも同じようにOPCWの調査報告をロシアは認めていません。都合の悪い報告は、不適格だとか不正だとか難癖をつけて棚上げさせてしまうのです。安保理常任理事国の特権の悪用です。

 また、OPCWの現地調査を、アサド政権がのらりくらりと妨害し、作業を遅らせるだろうことは確実です。すでに現場はアサド政権が完全制圧しており、証拠隠滅が大規模に行われているはずです。

ロシアの主張はほぼ「欺瞞」

 いずれにせよ、これまでの経緯からわかるように、シリア紛争では、アサド政権とロシアの主張はほぼ欺瞞にすぎないことに留意する必票があります。これは、国際的に非難される戦争犯罪をしている側がアサド政権=ロシア側なので、当然といえば当然なのですが、こうした経緯を踏まえれば、「アサド政権=ロシア」側と「米英仏」側の主張の信憑性が同等ではあり得ないことは明白なわけです。

(追記)

 4月16日、OPCW執行理事会でイギリス代表が「シリアでの化学兵器使用疑惑は2014年以降、390件あった」と指摘したとのことです。検証された根拠情報がありませんので、真相はわかりませんが、そのほとんどがアサド政権によるものでしょうから、事実とすれば、化学兵器使用の急増ぶりは大方の推定をはるかに超えるペースだったことになります。

 なお、前述した2018年4月4日のヒューマンライツ・ウォッチの調査報告から「50回以上」と本稿タイトルに書きましたが、同報告では「化学兵器攻撃は85件」とありましたから、情報不足から実行者が特定できていないケースでも、そのほとんどがアサド政権によるものであることは確実ですので、「80回以上」としてもよかったくらいかもしれません。

(タイトル画像:SANA/HP画面を筆者がスクリーンショットで作成)

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

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