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化学兵器を使用したのは「アサド政権」 その理由(前編)

黒井文太郎軍事ジャーナリスト
アサド政権の「大本営発表」(=ウソ)を報じるアサド政権の国営メディア「SANA」

化学兵器は問題のほんの一部

 人道的観点からいえば、シリアでの最大の問題は、戦闘員でない民間人(もちろん女性や子供までが含まれる)が日々大量に殺害され続けていることです。誰が殺害しているのかというと、人数的には圧倒的にアサド政権軍になります。

 ただし、アサド政権軍は軍事的に、もはや完全に駐留ロシア軍、およびイラン陣営(イラン革命防衛隊、ヒズボラ、アフガニスタン人傭兵、イラク人シーア派民兵など)と一体化しています。つまり、アサド=ロシア=イラン同盟軍が、シリアの民間人を圧倒的に殺害し続けているわけです。

 その殺害手法は、反体制派地域の住宅地に対する樽爆弾やミサイルなどによる空爆、あるいは無差別な砲撃などが多い。したがって、戦争犯罪である民間人居住地域への無差別攻撃をやめさせることが重要です。化学兵器使用は、その攻撃の中では被害も大きいものですが、アサド政権の戦争犯罪の中では、一部にすぎません。なので、化学兵器だけ使わせなければいいという話では、全然ありません。

 まずそれを前提にとして踏まえたうえで、化学兵器の話をしたいと思います。

食い違う「主張」

 今回、米英仏がシリアを空爆したのは、アサド政権が4月7日に首都・ダマスカス近郊のドゥーマという町で、化学兵器を使用したからです。化学兵器使用に対して、明確に「許さない」との意思表示です。

 ただし、これに関してアサド政権は、反体制派の自作自演であるとしています。アサド政権の同盟者であるロシアは、主張がいろいろ変わっているのですが、反体制派の自作自演、あるいは化学兵器使用そのものがウソ、あるいはイギリスによる工作、などと主張しています。最後には「イギリスの工作だった証拠がある」とまで言っていますが、いずれにせよアサド政権はやっていない、との主張です。

 これに対し、米英仏の三か国は明確に「アサド政権が化学兵器を使った証拠がある」と断定しています。ただし、その証拠は公開していません。オモテに出せない機密情報があるのかどうかはわかりません。報じられているかぎりでは、「被害者の血液と尿から神経ガスを含む化学兵器の痕跡が見つかった」(4月11日「ワシントン・ポスト」)などの情報があります。また、被害の様子が撮影された画像、さらに多数の目撃証言があります。世界保健機関(WHO)は「500人程度に毒物による症状がある」としています。

 他方、ロシアは「ロシアの専門家が現地に入ったが、化学兵器の痕跡はなかった」と主張しています。

2機のアサド軍ヘリがいた!

 このように、米英仏と露の主張は真っ向から対立しています。どちらもただ勘違いしているということは、まず考えにくいです。米英仏は「証拠がある」と断言していますし、ロシアは「イギリスの工作だった証拠がある」としています。どちらかが故意にウソを言っていることになります。

 しかし、海外の主要メディアの報道では、この「どちらが真犯人か?」はほとんど議論になっていません。「当然、アサド政権によるもの」が前提で、議論はむしろ「攻撃は充分だったのか?」「この後はどうすべきか?」となっています。

 その背景には、これまでの2つの事実があります。ひとつは、殺す側であるアサド政権とロシアのこれまでの主張が、ほとんど欺瞞だったことです。たとえば、アサド政権とロシア軍が一般住民を多数殺戮していることは周知の事実ですが、彼らは一貫して「攻撃している対象はテロリストだけで、一般住民など殺していない」「病院など攻撃していない」「樽爆弾など使っていない」と主張しています。もちろんウソです。

 もうひとつは、状況証拠が圧倒的にアサド政権の犯行を示しているからです。

 たとえば、公開情報・画像を詳細に分析した検証サイト「Bellingcat」の4月11日の記事「2018年4月7日のドゥーマにおける公然の化学物質攻撃に関する公開情報調査」では、以下の情報が提示されています。

▽アサド政府軍の2機のMi8ヘリがダマスカス郊外のドゥマイル軍事空港からドゥーマ方面に向かったのを、化学兵器攻撃から約30分前に目撃されている。

▽アサド政権のMi8ヘリは、これまでも塩素ガス投下に使用されてきた。

▽2機のMi8ヘリが化学兵器攻撃直前にドゥーマ上空に現れていた。

 さらに、シリア情勢のウォッチャーにはよく知られた話ですが、すでにアサド政権が化学兵器を常態的に使用していることと、反体制派側には少なくとも神経ガスを保有した痕跡がないこともあります。

 米英仏の政府は証拠をつかんでいると言っていますが、部外者にはそこはわかりません。なので、今回の件に限って「決定的な物証」は外部の人間にはわかりません。ただし、それで「どちらかわからない」と五分五分の可能性のように判断するのは間違いです。

すでに常態化していたアサド政権の化学兵器使用

 アサド政権の化学兵器の配備・運用の仕組みは、すでに多くが判明しています。こちらは、それを解説した「フォーリン・ポリシー」誌の記事です。非常に詳細ですので、シリアでの化学兵器使用問題の全体像を知りたい方には、ぜひご一読をお勧めします。

「シリアの化学兵器キル・チェーン」

 このように、アサド政権の化学兵器使用については、これまでかなりのことが判明しています。そうした経緯を知れば、「アサド政権とロシアは否定しているのだから、真相はわからない」などという認識にはならないでしょう。

 アサド政権=ロシア側のプロパガンダの中には「優勢なアサド政権が化学兵器を使う理由がない」というものがあります。しかし、それは以下の2点の事実で簡単に反論できます。

「アサド政権の化学兵器使用はすでに常態化している」

「国際社会の圧力からロシアが守ってくれるので、アサド政権には化学兵器を使わない理由がない」

 後者は、実際これまで、一度だけアメリカから懲罰的空爆を受けたことがありましたが、一度きりの軽微な攻撃であり、アサド政権に大きなダメージを与えるものではありませんでした。アサド政権にとって、化学兵器使用のハードルはほとんどゼロに等しいものです。

 前者については、これまで多くの事例が現地から報告されています。それに対して、アサド政権=ロシア側は、初めは「化学兵器攻撃などない」と主張し、後に証拠画像や証言などで分が悪くなってくると「反体制派の自作自演」「反体制派の武器庫が爆発」などと言い換えるのがパターンです。

 しかし、それぞれの攻撃で、現地の目撃者はたくさんいます。反体制派の自作自演などということがあれば、それを証言する現地からの声が山ほど出てくるはずです。スマホでの情報発信は、強大な秘密警察を持つアサド政権でさえ止めることができないことですから、反体制派が止めることなど100%不可能です。

 アサド政権の化学兵器使用のそれぞれのケースについては、これまでさまざまな調査がなされ、実はもうかなり実態がわかってきています。後編でご紹介します。

「50回以上の使用歴と、常に調査を妨害するロシア ~化学兵器使用はアサド政権 その理由(後編)」

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

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