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伊藤羊一さんが東日本大震災でリーダーシップを発揮した背景には、ある人の姿がありました。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、6000人を超える死者と、4万人を超える負傷者が出たり、高速が崩れたりするなど、多くの被害を出しました。

そんな中、ダイエーの創業者でもある中内功氏は「国よりも速かった」と言われるほど、迅速に動きます。自ら陣頭指揮を執り、食料や生活用品を空路や海路で被災地のダイエーに届けたのです。伊藤さんはその姿に感銘を受け、東日本大震災で「おれがやらなければ」と立ち上がりました。その経験は伊藤さんの人生にどんな影響を与えたのでしょうか?

<ポイント>

・自分の軸がわからない人はどうすればいいのか?

・若いうちはたくさんの「ドット」をためていく

・「できる限り修羅場」で自分を鍛える

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■リーダーシップの意味を身を持って知る

倉重:東日本大震災のときを振り返ると、ダイエーの中内さんのイメージが、自分の軸になっていったということですか?

伊藤:わたしにとってのリーダーシップの原点は、中内さんが阪神淡路大震災のときに「店を開いています」と言った姿なのです。

倉重:強烈なイメージが残っていたのですね。

伊藤:なぜすごいのか、なぜかっこいいと思ったのかは、当時はわかりませんでした。それが東日本大震災のときに「ああ、こういうことか」と腑に落ちたのです。自分の思いをちゃんと伝えてゴールに向かって行くのがリーダーだということが、原体験として分かったのです。

倉重:コロナ中の今も正解はどこにもなくて「誰かが決めなければいけない」という要素が強いという状況は同じかもしれません。

今回お伺いしたいと思ったのが、まさに「自分の軸を持て」というお話です。「軸がよく分からない」という人もたくさんいると思うのですが、何をしたらいいのでしょうか?

伊藤:「あなたの軸は何ですか」と聞かれて、スラスラと答えられる人は多分ほとんどいないのではないかと思います。軸などはなくても、その種のうすらぼんやりしたものは、絶対皆さんにあると思っています。その原点となる部分は何かというとその人の経験してきたことなのです。

「仕事で成果を出そうとしたけど、うまくいかずに悔しいという思いをした」とか、「これを伝えたら奥さんからとても喜ばれた」「チームで勝利を味わった」というような経験は、きっとみなさんにもありますよね。その経験を経て感じたことが、自分の今大事にしている譲れない想いや信念の原点になっているのではないかと思っています。

仕事で頑張ったとか、成果を出したというだけではなくて、失敗も含めて何も経験していない人はいないわけです。「うだつの上がらない仕事で悶々としていた」ということも経験です。誰もが経験は持っていますし、それがとても大事なのです。

 多くの人がそこを振り返りません。自分の人生をただ生きているだけではなかなかハッキリ見えないはずです。

1つの方法としては、自分の過去をしっかり振り返って、どんな経験をしたのか、どんなときに心地良かったのか、どんなときつらかったという歴史を思い出しながら、今の自分にどう活かされているのかを考えてみるというのが1つです。

倉重:ライフラインチャートですね。私も書いてみました。高校のときは不登校で学校に行っていなかったので下に行ったりしました。

伊藤:学校に行っていなかったということでしたら、成果や成長という意味ではマイナスなのですが、多分今の自分に活きていると思います。ライフラインチャートで振り返ってみて、「自分はこうだ」と考えてみるのが1つです。

ときどき人生のことを考えたり、あるいは毎日の振り返りをしたりしましょう。例えば「きょうは倉重さんとお話してこういうところが面白かったな」とか、「この機会はとても大事だった」ということです。いろいろなことを人間は経験するので、その振り返りを行います。

倉重:寝る前に15分振り返る感じですか。

伊藤:そうすると何回も話したようなことでも、「改めてここが自分の軸のような気がしてきた」と気づいたりするのです。「何でここが印象的だったのか」ということを振り返って気づきを得ることを、毎日毎日続けます。

「だから自分はここで生きて行くことにしたのだな」「あしたもこんな感じでやってみよう」という感じで振り返って、翌日に思い出して行動するという日々のサイクルを回すのです。

 ですからストックとフローみたいなものです。ストックで自分の人生全体を振り返ってフローで日々を振り返ります。振り返るというのは自分を見つめるということです。

倉重:伊藤さんは何歳ぐらいから自分の振り返りをしていたのですか?

伊藤:震災後です。「これをやる」と決めることは「これを捨てる」と決断することでもあります。反対もあるので、「何でおれはこんなにつらいことをやっているのか」ということを振り返らざるを得ませんでした。「おれはこうでなければ嫌だ」「自分の本能と直感に従って、これをやるのだ」ということを震災の復旧局面のときに毎日考えていましたので、その後だんだん見えてきたのだと思います。

倉重:それまで考えてきたいろいろな過去の経験がやっとつながったという感じですか。

伊藤:本当にそうです。いろいろなことがつながって自分の思いになっています。

倉重:伊藤さんでもそう思ったのが44歳を過ぎてからなのですね。

伊藤:仕事をし始めたのが27歳のころで、ロジカルに考え始めたのが36、37歳のころです。リーダーシップに目覚めたのは44歳のころなので遅咲きです。どうして44歳のときに目覚めたかと言うと、やはりいろいろなドットを経験しまくっていたからです。40歳ぐらいのときには会社の横にウィクーリーマンションがあったので、週に2、3日泊まっていました。うまくいったこともありますが、予算を1億オーバーして削れと言われたり、怒られたりしてつらかったこともあります。そういう経験で、ドットをためていたのだと思います。

倉重:まさに「修羅場が人を育てる」ということですね。

伊藤:でも今の時代それは言えません。「できる限りで修羅場」と言うのですが。

倉重:セルフ修羅場ですね。

伊藤:「何かこれは大変そうだな」という場があったらとにかく手を挙げて突っ込んで行くしかないと思います。特に安定した会社になればなるほど修羅場はないですから。

倉重:会社が無理やりやらせることはできないので、自分で見つけるしかないということですね。

伊藤:本当にどこまで言えるかという話ですが、やはり経験は多いほうがいいので、

例えば副業もそういう経験を積み重ねるのはいいのではないかと思います。健康は守りながら、色んな経験を積んでいくお勧めです。

伊藤: 上から降ってくる仕事がつらいというのではなく、自分の意思で「これをやる」というのは違うと思います。例えば武蔵野大学のアントレプレナーシップ学部でも毎日いろいろ大変なわけです。

大学の世界にも初めて入ったので分からないことだらけです。つらいこともありますが、「自分の夢なので仕方ない」という感じで口笛を吹きながらやっています。

倉重:やはり自分で選んだ忙しさと、他人から押し付けられている忙しさでは全然疲れ方が違いますからね。

伊藤:それがすべてだと感じます。だから「自分の人生を生きよう」と提案しているのです。

倉重:なぜプラスからまた転職されたのですか?

伊藤:プラスでいろいろな仕事もできましたし、震災のときも頑張れて、会社も伸びてきました。最後までプラスで生きて行くと思っていたのですが、たまたまヤフー元社長の宮坂学さんが同い年で、ソフトバンクアカデミア経由で知り合った友だちでした。

2011年に、孫正義社長の後継者を育てるという「ソフトバンクアカデミア」の募集があって、これは面白いと思って参加したのです。昔、ケミストリーがオーディションを受けて、合格した人はつんくがデビューさせる番組がありましたよね。

倉重:ASAYANですね。

伊藤:ASAYANと同じで、ソフトバンクアカデミアに入ると最終予選のプレゼンは孫さんが見てくれるのです。そこに入って、ソフトバンクグループのいろいろな人と知り合いました。その中にヤフーの社長になる前の宮坂学さんもいたのです。彼が社長になってから、「Yahoo!アカデミアを前から作りたいと思っていた。一緒に作らないか」と声をかけられました。

最初は「プラスで一生終えるから」と断ったのですが、「こちらも来てくれなきゃ困る」と言われて。ヤフーは国内のインターネットの会社としては一番大きくて、かつわたしの年代からするとインターネットといえばヤフー、というぐらいすごい会社でした。そんな会社で働けたらかっこいいなと思ったのです。

教育やリーダー開発にはあまりピンときていなかったのですが、よくよく考えてみるとプラスでも販売店さんの営業のラインで人材育成をしていました。「もしかしたら自分のやりたいことなのかもしれない。いずれにしろヤフーにはちょっと行ってみたい」と思いまして、プラスのオーナーに「申し訳ございません」と話しました。そうしたら「全然OKだ、君はそっちで輝け」という感じで送り出してくれました。

倉重:今泉さん懐深いですね。

伊藤:「ときどき宮坂君と飲むから、酒の肴になれ」と言ってくれたので、「それなら行ってきます」という感じでヤフーに移りました。

倉重:いい転職ですね。

伊藤:今でも今泉会長とは1年に1回はお会いして、「今こういう状態です」という近況報告をさせていただいています。

倉重:「迷ったらワイルドなほうへ行け」ということですね。

伊藤:宮坂さんも経営陣と一緒に迷ったらワイルドな方へ行っています。2012年にヤフーはスマホ大陸にシフトする流れがあって、1、2年友人として横から見ていたのですが、「待てよ、応援するだけではなくておれもそこに参加しなければいけないのではないか」と感じたのです。「おれはインターネットの事業のことは全然分からない。分かることといえば確かにYahoo!アカデミアでの教育だな」という感じがあってヤフーに移りました。

倉重:そこで転職するのが正解かは分からないけれども、自分で決めたということですね。

伊藤:本能と直感に従いました。1カ月ほどぼーっとしていて、「さてどっちかな」と考えたときにヤフーだという感じです。

倉重:ぼーっとするときはどういうことをするのですか?

伊藤:六本木ヒルズの裏に『ローダーデール』というお店が昔あったのです。そのお店に朝の7時過ぎに行ってテラス席でコーヒーを飲んでいました。

倉重:本当にぼーっとしているのですね。

伊藤:別にどっちかなとも思わないで、心を整えるような感じで1カ月ぐらい通っていたのです。

倉重:マインドフルネスですね。

伊藤:それで「ヤフーに行こう」と思いました。プラスはめちゃくちゃ好きな会社で、いまだに僕が座る椅子といえばプラスですし、みんなにプラスの製品を勧めまくっています。何かあったらプラスの営業をするぐらいいまだに好きなのですが、その好きと自分の人生というのは違うのでもいいかもなと思いました。オーナーから「お前行ってこい」という後押しもあったので、自分の意思に従ったという感じですね。

倉重:そういう選択肢に対して、「これでいいのか」と悩んだり、若い人は特に自信が持てなくて迷ったりすると思います。例えば転職でも、起業でもそうです。そこで一歩踏み出せない人にはどうアドバイスしますか?

伊藤:わたしもそう思った節はあるのですが、結局、キャリアで悩むのはローリスク・ローリターンか、ハイリスク・ハイリターンの選択です。恐らくそこで悩んでいるのです。ローリスク・ローリターンは現状維持です。

倉重:その場に居続けるということですね。

伊藤:ハイリスク・ハイリターンは「すごく行ってみたい。だけど失敗したらまずい」という選択です。迷ったら挑戦するしかありません。

倉重:迷った時点で。

伊藤:迷った時点で挑戦しないと後悔するように思います。あなたの心は「ハイリスク・ハイリターンでもいいから挑戦したい」と、実は心に決めていることが多いと思います。

倉重:もう答えは自分の中にあるのですね。

伊藤:それは言い切っています。「転職してみたいのですが失敗したら嫌だと思っている」という人には、普通は自分で決めろと言うのですが、「それは行かないと後悔するよ」と話しています。行って失敗した後悔は、もがけば何とかなるのですが、行かなかった後悔は無限に膨らみます。もちろん、そこまで話して、最終的に決めるのは自分ですよ、というのは強く伝えますが。

倉重:確かに、「あのとき行っておけば」という過去の話になってしまいますから。

伊藤:わたしは転職については、迷ったらリスクがあっても行けとくらいは、まずは言っています。ただもちろん、色々話を聞けば個別ケースになってくるわけで、それに応じたアドバイスはしますが。

倉重:それは自分の直感力を大事にするということですね。

伊藤:完璧にそうです。

■「自分が何者であるのか」を知る

倉重:この直感力を研ぎ澄ますというか、自分の心に正しく問いかけるコツはありますか。

伊藤:先ほどの話にもつながりますが、自分は何者であるかを知っていることが大事です。「自分はこういうところが好きで、こういうところが苦手で、こういうことがしたい」と理解している人は少ないのです。

ちゃんと自分を見つめている人の直感は、基本正しいです。というか、正しいかどうかは誰にもわからないので、もう「正しいとする」しかありません。

 なぜこんなに強調しているかと言うと、多くの人が自分のことを見ていないからです。「毎日忙しくてきょうも徹夜」であると、自分の人生を考える時間はないですよね。

倉重:確かに振り返っている余裕はないですね。この対談企画で澤円さんとお話をしたときも、やはり「何が好きか」というのは、自分が昔思い描いたヒーロー像なのかどうか、解像度を上げろと言っていました。

伊藤:まさにそうです。当たり前のように見えてなかなかできません。自分を見つめるのは嫌だし少し恥ずかしいし、怖じ気づいたりして悔しいと思いますから、なかなか大変です。

倉重:やらなくても誰も責めないですし、誰にもせかされないですし。

伊藤:ただ、充実している人はここが分かっているのです。とすると嫌でも自分を見つめるしかありません。恐らくそれは昨今の潮流でもなくて、ソクラテスやアリストテレスのころからあまり変わっていないのだと思います。

例えば倉重さんとわたしの考え方をトレースする必要はまったくなくて、「おれはおれの人生」「わたしはわたしの人生」で歩いて行くと。でも結局言っていることは同じになるのです。

倉重:ディテールは違っても最終的には一緒なのですね。この対談をしていて毎回それは思います。

 そういう意味では「今何をしたらいいのか分からないです」とか、「伊藤さんのように大義はありません」「社会を変えるという大きなことは自分にはできません」という人もいますよね。

伊藤:そんなものはもともとないに決まっています。ドットがたまっているから「そうかもしれない」と気づいてつながった感じがしているだけで、正解かどうかも分かりません。Connecting the dotsとジョブズが言っているのと同じで後からつながるのです。

倉重:今のこの仕事が何の役に立つか分かりませんという若い人も多いと思うのですが、ドットが少ないという話ですね。

伊藤:一言で言ってしまえばそのとおりです。何の役に立つのかはみんな分かりません。仕事も「無料でよく受けますね」という話をされるのですが、金額は関係なくて話したいから話すだけです。本能と直感に従ってやっているだけなのです。

(つづく)

対談協力:伊藤羊一(いとう・よういち)

Zホールディングス株式会社 Zアカデミア学長

武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)学部長

Voicyパーソナリティ

株式会社フィラメントCIF(チーフ・イシュー・ファインダー)

株式会社ウェイウェイ 代表取締役

グロービス経営大学院 客員教授

日本興業銀行、プラスを経て2015年4月よりヤフー。現在Zアカデミア学長として次世代リーダー開発を行うほか社外でもリーダー開発を行う。2021年4月武蔵野大学アントレプレナーシップ学部を開設、学部長就任。代表著作「1分で話せ」。