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「最強チーム」の作り方(1/4)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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今回のゲストは、立教大学経営学部教授の中原淳先生です。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発、組織開発を研究しています。2021年3月には『チームワーキング ケースとデータで学ぶ「最強チーム」のつくり方』という本も上梓されました。対談では本の内容を引用しながら、「チームを動かすスキル」を身につける方法を伺いました。

<ポイント>

・これまで会社は「村社会」で成り立っていた

・日本はチームを語る言葉が少ない

・目標はセットアップした後もホールドし続ける

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■彼女にフラれたことがきっかけで研究者の道へ

倉重:今回は大物ゲスト、立教大学経営学部教授の中原淳先生にお越しいただいています。改めて自己紹介をお願いしてもいいでしょうか。

中原:立教大学で教育研究をしております。人材開発、組織開発、リーダーシップ開発などを研究しており、「人と組織をつくること」が専門です。よろしくお願いします。

倉重:ありがとうございます。先生はなぜこの研究分野を選ばれたのですか。

中原:他にやる人がいないからです。

倉重:何歳ぐらいの時に決めたのですか?

中原:20代の中盤ぐらいです。それまでは学びの研究をしていました。学びというと普通は教育学で、子どもが中心です。その分野はすでにたくさんの研究者がいました。教育学部の中で一番の辺境地帯が成人学習という領域です。辺境も辺境でしたが、「それでいいな」と思いました。今度は経営学に来てみたら、「人・組織」というのは辺境だったのです。なぜか分かりますか?

倉重:なぜでしょうか。

中原:モチベーションの上げ下げによって人はパフォーマンスが変わるからです。人というものは、どちらかというとあまり信頼ならない資源なので、そこに投資してもしょうがないという考え方になります。だから教育学的にも辺境だし、経営学的にも辺境なので、「誰もやらないから面白い」と思いました。

倉重:誰もいないところに、結果的に光を当てていったのですね。

中原:でも強烈なニーズはあります。新橋などの飲み屋に行って、とっつあんたちの話を聞いてみると、戦略について悩んでいる人はほとんどいません。大体人・組織ですよね。

倉重:もう半径5メートルの話ですよね。

中原:強烈なニーズがあるのに、アカデミックがあまり応えていないので、僕がやろうかなと思いました。

倉重:もう少し時間を戻すと、最初から研究者になろうと思われていたのですか?

中原:全然思っていませんでした。北海道のど田舎から出てきたので、卒業後は地元に帰るだろうなと思っていたのです。でも大学2年生の時に付き合っていた彼女に振られてしまって、やることもないから「勉強でもしようかな」と思いました。

倉重:負の力ですね。

中原:なんか、負けた気がしてね。勉強して、盛り返してやろう。将来、活躍できる人材になろうみたいな。アホですね。何に負けて、何を盛り返すのか、さっぱりわからない。

倉重:私も大学の時に彼女がいなくて、「彼女がいるやつは全員落ちろ」と思いながら司法試験の勉強をしていました。

中原:そういう負の力から起死回生というのもあるかもしれませんね。

倉重:ダークフォースに落ちなくて本当に良かったです。チームワークの研究ということで『チームワーキング』という本も出されています。「ワーキング」という言葉に意味があるのですよね。

中原:チームを「生き物のように動いているもの」と考えて、常に働きかけをし続けることが非常に大事だという想いを、ワーキング(Working)の「ing」に込めました。

倉重:日本は失われた30年、40年などといわれていますが、われわれの業界でも働き方改革などがあり、昭和の日本型雇用について語られる機会が増えています。昔の会社ではチームワークができていたという評価になるのでしょうか?

中原:チームワークというよりも、「村」だったのではないかと思っています。端的に言うと、画一的な人がたくさんいました。大体、日本人・正社員・男性でしょう。

倉重:同質的な人々ですね。

中原:そこに入村すると、みんなが寄ってたかって新人をケアしたり叱ったりします。自分が10年後、20年後にどういう長(おさ)になるのかというモデルも半径5メートル以内にいて、「今は少し苦労しているかもしれないけど将来クラウンぐらいには乗れるだろう」ということが見えます。近いところに自分のロールモデルがあるのです。「模倣威光」といいますが、その人のことをまねしていたら、多分そこに行くだろうなと分かってしまうわけです。「村」と言ったのは、そういう意味です。

倉重:本では「安心社会」という表現をされていましたね。

中原:まさに安心社会です。それはそれで悪くないところもありますが、ネガティブな部分もたくさんあります。

倉重:村社会が通用していたのは、人口が増えて高度経済成長している中で「過去の拡大再生産をやっていれば安心だ」という前提があったからですね。

中原:そうですね。組織が拡大していき、それほど会社が揺さぶられない状況であれば、村でまったり生きるのもまた良しではないですか。

倉重:ところが今はブーカ(VUCA)な時代になってきました。

中原:不確実性がだんだん高まっていくとどうなるでしょうか。村の場合にはつくるものが決まっていたのです。例えば家電では「三種の神器」をつくれば売れました。つくるべきものが決まっている場合には、なるべく一致団結して、製品を安価に、大量に生産すればいいのです。つくるものが次々と変化しないという見通しのある社会においては、村のほうが多分生産性は上がります。しかし不確実性が高くなってくると、何をつくっていいのか分からなくなるわけです。例えば「未来の車」の形はまだ見えていないでしょう?

倉重:そもそも未来の車をつくるのが車屋なのかという疑問もあります。

中原:そういう時代にあっては、多少面倒くさいけれども、いろいろな人の知恵や知能を使っていきながら、多様な人たちで世の中を「センシング」する必要があります。センシングとは、つくるべきものやサービスを決めていくことです。だからもう村ではいられません。

倉重:「これまでのやり方では成果が出ない」と、どの企業ももがいていると思います。そのヒントが中原さんの本の中にあるのではないかと思いました。同じような正社員・男性ばかりではなくなって、女性や非正規の方、短時間勤務の方もいます。いろいろな属性の人がいる中で、同じようにものを考えろと言われても無理だという話ですね。

中原:多様になっていくということは、まとめるのが大変ということです。雇用形態も何もかも違うので、「一致団結せよ」「一体化せよ」では済まないわけです。人手不足だし、職場の中はどんどん多様性が高まっていきます。リーダーや管理職は、それをまとめていく力を持たなければなりません。今まで村だったので、そういうことはあまり考えなくても「一致団結せよ」で何とかなりました。新たに人をまとめるスキルを持つことが非常に大事になってくるのかなと思います。

倉重:意識して学ばなければいけないということですね。

中原:人をまとめる、リードするスキルを意識して学んでいく。それを実践し、チューンアップして、振り返っていかなければならないという話になってきますね。

倉重:考えてみれば、どうチームをつくるかということは1回も学んだことがないですね。

中原:教科書にもありません。日本はチームを語る言葉があまりないのです。だからチームというと、「みんなで一致団結して頑張れ」ぐらいしか言うことがないのです。そこに新たなボキャブラリーを足していくには、柔らかアカデミズムの力を使って、新しい言葉を作っていかなければいけません。

倉重:きちんと意識して柔らかアカデミズムにされているのですね。

中原:そのまま出してしまったら何を言っているか分からないので。いろいろな研究者がいますが、僕の研究は使われてなんぼなのです。使われるためにはお届けしなければいけません。相手が「ああ、有用だな」と思って、使ってくれるのが一番うれしいのです。

倉重:言葉のチョイスもかなり平易な言葉を選んで書いていただいているのだろうなと思いました。

中原:それは毎日書いているブログの力です。ブログは大体1,000字ぐらいですが、読者は朝の忙しい時間帯に、通勤電車の中で読んでくださっています。どういう言葉を使えば一番相手にすこーんと届くかなということは、毎日意識して練習しているのです。伝わらなければ意味がありませんので。

倉重:なるほど。「ひーこら働く病」という表現も面白いなと思いました。朝から晩まで一生懸命やっているのに成果が全然上がらない会社はたくさんありますよね。

中原:多分間違った方向に戦略を切っているので、ひーこら働いても成果が出ません。本当はかわいそうですよね。でも「ひーこら」というメタファーも含めて、ビジネスパーソンが使っている言葉なのです。それを僕はネタ帳にメモして、「この表現は最強だな」と思って使っています。僕は現場のビジネスパーソンがすごく好きです。土着の言葉、地に足のついた言葉をみなさん何気なく使っているのです。「今の状況はこのひと言で、一発で伝わるだろうな」という言葉はいつもメモしています。

倉重:ネタ帳のようなものを持ち歩いていらっしゃるのですね。普段の何気ない会話に、やはり学びがありますよね。

『チームワーキング』の話に少し戻りますが、目標を設定して終わりでは良くないと書いてありました。

中原:僕の勤める立教大学経営学部は、学生たちがひたすらチームで課題解決をしていったり探究していったりするのが特徴です。年間で何百というチームが生まれています。そこでチームの動かし方などを教えるのですが、3年前ぐらいに気付いたことがあります。

 授業の中でチームの目標を設定し、お互いの相互理解を深めながら進めていくのですが、学生の多くは最初に立てた目標を手放してしまうのです。

倉重:なぜでしょうか。

中原:チームで課題解決をしていくと状況が変わっていきますよね。本来であれば状況が変わったことに対して目標を再設定しないと駄目なのですが、それをやらないわけです。

倉重:もうひたすら突き進むと。

中原:そうすると、間違った方向に頑張ることになったり、最初の目標を人によっては忘れてしまったりするのです。それで成果が出ないということに気付きました。ですから、活動の初期に目標設定するだけではなく、常にめざすゴールはどこか、実現したいことは何かを確認しあうなど、目標を手にホールドし続ける(Goal Holding)が大事なのだと気づいたのです。

ただ、「目標をホールドするのだ」と言っても、暑苦しいおやじのたわ言になってしまいます。一応研究者なので数字で示さなければと思って、助教授の田中聡さんと一緒に書いた本が『チームワーキング』なのです。

倉重:いろいろな学生さんのチームのデータを基に、数字できちんと議論されているというのを最初に強調されました。「俺のチームのつくり方」ではないのだと。

中原:俺のチームのつくり方の本はたくさんありますし、それぞれ貴重な知見だとは思いますが、僕は柔らかアカデミズムの力を使うので、数字で論拠しなくてはと思って書いたのです。実感したこととは、やはり同じでした。

倉重:やはり数字を根拠にしているので説得力が違います。そもそも学生をチームという視点で見たことがなかったです。

中原:いろいろな学生がいますが、実は最初から成果を出すチームはわかります。「チームとは最初に仲良くなったらずっと同じような状態で固定的なもの」という見方をしている学生と、「チームはとても移ろいやすいので、あれこれ関わらないと駄目だ」と思っている学生では、後者のほうが圧倒的に成果は出ます。

倉重:変わるものだと捉えているから油断しないのですね。

■チームを見つめる3つの視点

倉重:この本では、チームを動かすための3つの視点があげられています。「チーム視点」「全員リーダー視点」「動的視点」ですね。チーム視点というのは全体のチームのことをきちんと俯瞰(ふかん)的に見ようという話だと思います。全員リーダーというのは、なかなかできないなと思いながら読みました。

中原:時にリーダーになったり、時に誰かがリードしてくれるところに付いていったりします。要するにリーダーとメンバーの相互交代制が大事だという話です。

倉重:「思い切ってこの部分は任せる」というのもそうですね。

中原:ほとんどの学生は1年の時には「リーダー=カリスマ=首相などの偉い人」だと思っています。それを僕が全部書き換えていって「リーダーシップはあなた自身が発揮できるものですよ」と教えます。自分の得意なところを「私がやる」と言ってリーダーシップをとり、他の人がフォロワーで付いていっても良いと書き換えていくのです。そうすると結構前のめりになる学生が増えていって、チームで成果が出るようになります。

倉重:いつでもリーダーは変わり得るという視点だと思いますが、それは学生でフラットな組織だからできるのではないでしょうか? 会社で序列がある中でも、そういう動きはできますか。

中原:会社の中で言うと、今までは「職位・役職=リーダー」だと思っていますよね。

恐らくですが、成果が出るチーム・職場は、気が付いた人が「はい、私がやります」と手をあげることで、フォローしたりカバーしあったりして動いていきます。一歩先に出ることをある意味でリーダーというのだから、当然こういうことをしてくれたほうがいいですよね。

倉重:確かに「それをやっておきましょうか」と気付いて言える人はどこでも出世します。

中原:進んで仕事をしてくれて、頼まれたこと以上のお土産を付けてくれる人は絶対出世しますし、ありがたがられますよね。チームとはそういう感じだと捉えたほうがいいです。

倉重:あとはやはり動的というところですね。常に世界は変化し続けているわけですから、自分も変えていかなければなりません。

中原:チームはダイナミックなイメージなのだと伝えてあげないと、分かったつもりではチームを動かすことはできません。チームの動かし方は学校で学ばないでしょう。当たり前のことなのだけれども一つひとつ教えていくと、「そういうものなのだ」と分かっていきます。

(つづく)

対談協力:中原 淳(なかはら じゅん)

立教大学 経営学部 教授。立教大学大学院 経営学研究科 リーダーシップ開発コース主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所 副所長などを兼任。博士(人間科学)。専門は人材開発論・組織開発論。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等をへて、2017年-2019年まで立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム主査、2018年より立教大学教授(現職就任)。

「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。

単著(専門書)に「職場学習論」(東京大学出版会)、「経営学習論」(東京大学出版会)。一般書に「研修開発入門」「駆け出しマネジャーの成長戦略」「アルバイトパート採用育成入門」など、他共編著多数。著作のいくつかが、中国語・韓国語に翻訳・出版。研究の詳細は、Blog:NAKAHARA-LAB.NET(http://www.nakahara-lab.net/)。Twitter ID : nakaharajun

民間企業の人材育成を研究活動の中心におきつつも、近年は、横浜市教育委員会との共同研究など、公共領域の人材育成についても、活動を広げている。2021年より、文部科学省・中央教育審議会・臨時委員。一般社団法人 経営学習研究所 代表理事、特定非営利活動法人 Educe Technologies 副代表理事、認定特定非営利活動法人カタリバ理事、一般社団法人ピアトラスト 理事。専門性:人材開発・組織開発、趣味:人材開発・組織開発、特技:人材開発・組織開発、大好物:人材開発・組織開発。「画狂老人」と号した葛飾北斎をリスペクトし、自らは「学狂老人」として一生涯、「学び」にまつわる研究を行おうとしている。現在は「学狂中年」。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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