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人事課題を劇的に解決する「サーベイ」とは何か?【伊達洋駆×倉重公太朗】第2回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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株式会社ビジネスリサーチラボでは、「アカデミックリサーチ」というコンセプトで、従業員を対象にした意識調査や、人事データ分析サービスを提供しています。サーベイにはパッケージ型とオーダーメード型がありますが、これまでその品質や妥当性を判断するための情報はあまり出回ってきませんでした。せっかくサーベイを利用しても、適切でないものを選べば、まったく成果が出ないこともあります。どのようなものを選べばいいのか、またどこに注意を払うべきなのか、伊達洋駆さんに伺いました。

<ポイント>

・パッケージ型サーベイは選び方や注意点

・「○○教授監修」のサーベイは安心か?

・サーベイの品質や妥当性を判断する質問

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■サーベイの質問項目の設定方法とは

倉重:これまでの話を聞けば聞くほど、どのように質問をしたのだろうとすごく思います。やはり質問項目を考えるのは難しそうですか。

伊達:仮説が仮に挙げられたとしても、それを検証するために、どういう質問を用意するかというところに、2つ目の壁があります。

倉重:アンコンシャス・バイアスがあるかという仮説の設定はできたとしても、「あなたは無意識にバイアスを掛けていますか?」とは聞かないわけですよね。どうやって聞くのでしょうか。

伊達:実は、質問項目を完全にゼロから作るケースはそんなに多くはありません。研究の世界で探求されている概念であれば、それを測定するための質問項目が開発されています。例えば、性別に対するバイアスには「性役割分業意識」という学術的な概念があります。過去の研究者が作成した質問項目をそのまま許諾なしに商用利用するのは慎重になるべきですが(特に商品としてリリースするのは問題です)、せっかく蓄積された知見であるにもかかわらず、全く参照しないのはもったいないことです。

倉重:アレンジすればいいということですね。

伊達:著作権の問題もさることながら、学術的に開発された質問項目がそれぞれの企業の文脈に合っていることはあまり多くありません。その会社に合った内容へと大きく翻訳していく必要があります。ただし、何もないよりは、元になるものがあったほうが考えやすくはなります。

倉重:ひな型のようなものですね。

伊達:そうです。法律でも似ているかもしれません。「ゼロから考えてくれ」といわれたら、きついと思います。ある程度ひな型があると考えやすくなります。

倉重:いろいろな裁判の訴状などがありますから。もちろん全く同じコピペはありませんが、それをカスタマイズしていくという意味では、共通していると思いました。

伊達:そのひな型を探してきたり、適切な質問に当たりを付けたりするところが、専門性になってくる部分です。

倉重:そこは研究者だから慣れているわけですね。

伊達:はい、私自身もそうですし、私の会社で働いている従業員も、学術的なトレーニングを積んできていますね。

倉重:先ほどオーダーメード型か、パッケージ型かとありました。個々の会社が抱えている組織課題をきちんと解決しようと思うのであれば、どのような会社でも当てはまるようなパッケージではなく、その会社にぴったり合うものをオーダーメードで作らないと、本当の課題は分からない気がします。

伊達:もちろんパッケージ型にはパッケージ型の良さもありますが、オーダーメード型はかゆいところに手が届きやすいといえます。スーツでも体にフィットしたものがほしいときは、既製品では難しいですよね。

倉重:オーダーメードスーツということですね。

伊達:そうです。実際に寸法して、生地を作っていけば、ジャストフィットします。しかし、その分、工数がかかります。工数がかかると、もちろん費用も高くなってきますね。加えて、工数は企業側にも発生してきます。一緒に考えるという工数をなかなか出せない企業もあるわけです。そういった場合は一般的なパッケージ型を用いて、「この辺りにおそらく課題がありそうだ」という当たりを付けていくことになります。

倉重:ある程度のことはできますよということですね。

伊達:ビジネスリサーチラボという会社は、HR業界における立ち位置がすごく特殊です。今まではどちらかというと人事部門をクライアントにした組織サーベイの話をさせていただきましたが、HR事業者から依頼を受けるケースもあります。

倉重:HR事業者は伊達さんの会社と競合ではないのですか?

伊達:はい、純粋な意味での競合ではありません。不思議に思うかもしれませんが、HR事業者から、組織サーベイやデータ分析などのサービスを作ることを手伝ってくれませんかという依頼を受けています。

倉重:パッケージ型を一緒に作りませんかということですよね。

伊達:そういうことです。パッケージ型を作るノウハウは、オーダーメード型を普段作っているからこそ得られています。

倉重:確かに。結局ゼロから作るのであればそうですよね。

伊達:国内でオーダーメード型だけをひたすらしている会社はそんなに多くありません。

倉重:逆に伊達さん以外のところで他にありますか?

伊達:それだけを専門にしているところは、あまりないのではないでしょうか。人事向けのコンサルティングを提供している会社でも、パッケージ型の商品を持っていて、ドアノックツール的に使っているケースが多いですね。

倉重:それが本質的な商品ではありませんね。では、本当に唯一無二の会社ですね。

伊達:本当はもう少し同じような会社がたくさん出てくると、市場も大きくなるのですが。

■サーベイの品質や妥当性を判断するには?

倉重:確かに。まだ市場として始まったばかりという感じですね。実際にサーベイを設計されて分析をされる中で、「こういうところに気を付けている」というものはありますか。

伊達:設計からお話しすると、パッケージ型の設計は既に行われています。そのため、パッケージ型は、選び方に工夫が必要です。パッケージ型は、自社に合ったものをきちんと選ばないと役に立ちません。「有名な会社が使っている」「実績がある」というだけで使ってしまうと、「何もできませんでした」という結果になります。

倉重:確かに。

伊達:「こういうサーベイを使っているが、成果につながらなくて困っている」といった相談を受けるケースもあります。そういう事態に陥らないために必要なのは、初めに、自社で成果指標を定義することです。オーダーメード型ではなくても、成果指標は定義する必要があります。自社の定義した成果指標を含んでいるパッケージ型の組織サーベイでないと、選んではなりません。

倉重:全くですね。

伊達:これは当たり前のように聞こえますが、実はできていない会社が結構あります。例えばエンゲージメントを高めたいというときに、「では、そのエンゲージメントはどういう定義なのか」を突き詰めて考えていないといけません。同じエンゲージメントという言葉を使っているはずなのに、ベンダーが提供しているパッケージ型における成果指標の定義と、企業の認識が違うケースがあります。その場合、自分たちの目標地点を測定できないことになります。

影響指標についても、自分たちがまずは候補を挙げた上で、パッケージ型の組織サーベイの中に妥当な影響指標が含まれているかどうかを見ていく必要があります。そういった選び方をしていかないと役に立ちにくいといえます。

 選び方という点でもう一つ言うと、HR系のサービスは、組織サーベイに限らず、「○○教授監修」というところで説得しようとするケースがあると思います。これは少し注意が必要で、○○教授が監修しているからといって、絶対に品質が大丈夫というわけではありません。

倉重:それはそうでしょう。どのような場合にも当てはまるわけですよね。

伊達:どれだけ実力がある方であっても、開発に少ししか関わっていない場合には、品質が不十分であるケースもあります。最低限の品質、すなわち信頼性や妥当性が担保されているのかを見極めながら、パッケージ型のサービスを選んでいく必要があります。

倉重:これはうちの会社に必要なサーベイなのだろうかと、普通の人事の人は分かりますか?

伊達:各社の営業担当者の話を聞いているだけでは、なかなか分かりません。なぜかというと、組織サーベイのパッケージ型の選び方に関する知識が、世の中にほとんどないからです。パッケージ型のサーベイを出している会社は、やはり自社のサーベイの説明を中心的に行いますよね。

倉重:よく、宣伝文句で「これで組織課題は解決!」みたいなことをいいますよね。

伊達:それぞれが自社の組織サーベイを販売しようとします。そのため、それらを比較する基準については、あまり語られていません。ビジネスリサーチラボでは時々そういう情報を発信するのですが、かなり珍しいと思います。

倉重:品質や妥当性というのはどうやって判断するのでしょうか。

伊達:測定が信頼できるものか、妥当なものかということは、ある程度までは手続きや基準が定められています。「こういうプロセスを通じて、この指標がこれぐらいの数値になっていれば、ある程度はいいとしよう」というルールがあるわけです。そのルールをユーザー側が覚えるのは、さすがに大変です。ユーザー側の人事担当者にしていただきたいのが、質問するということです。

倉重:どういうことですか。

伊達:例えば「信頼性や妥当性について、どのように検証しましたか?」と質問していただいて、それに答えられなければ駄目になるわけです。

倉重:これに答えられないと少し怪しいということですか。

伊達:例えば、いつまで経っても「○○教授が監修したので」という答えだけであれば怪しいですね。

倉重:正しいときはどのように答えるのでしょうか。

伊達:例えば「このような対象に対して調査を行って、分析をしている」というように答えてくれるはずです。営業担当者が回答できなくても、社内に持ち帰れば、何かしらの回答は可能です。本当に紳士的な会社の場合は、あらかじめその種の情報をオープンにしています。

倉重:きちんと根拠を明示してくれるわけですね。言えないものは怪しいと。

伊達:パッケージ型の品質についてお答えしましたが、他方で、オーダーメード型の場合、いい仮説を立てることができるかどうかが肝です。「どのように仮説を立てればいいですか」とよく質問されますが、仮説を立てるために必要なことはセンスではありません。

倉重:そうなのですか。

伊達:知識を持っているかどうかです。もしかしたら法律と近いかもしれません。そもそも何も知らない状態から、いい仮説を立てるのは無理です。例えばリテンションであったら、離職に関する学術的な研究を知っていると、仮説が立てやすくなります。また、経験知も大事です。多くの従業員のことを観察したことがあれば、今まで辞めた人にはこういう傾向があったと考えられます。あるいは、過去に類似する調査を行ったことがあれば、その調査結果も知識に当たります。そういう研究や実践の知識、それから調査から得た知識を動員して仮説を作っていくと、より精度の高い仮説を導き出すことができます。

倉重:先ほどの話にもありましたが、過去の研究もたくさんあるわけですから、よほど特異な状況でない限りは、「大体原因はこの辺だろう」ということが、もうあらかじめ想定できるということですね。

伊達:大体は想定できますね。

倉重:それは知識としてまさに巨人の肩の上に乗っているわけですね。

伊達:まさに。一人の生涯の中で、過去の積み上げの全ての知識を上回るのは無理ですからね。

(つづく)

対談協力:伊達 洋駆(だて ようく)

株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役

神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『オンライン採用 新時代と自社にフィットした人材の求め方』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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