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これからの雇用と人事の役割変化【jshrmセミナーレポート 松浦民恵×倉重公太朗】第1回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
画像は前回対談時のものです。

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※本記事は、2020年12月3日(木)に、JSHRM(日本人材マネジメント協会)主催のウェビナー「これからの雇用と人事の役割変化~働き方とキャリアの視点から~」として同団体理事である倉重公太朗と、法政大学教授 松浦民恵さんが対談したものを再編集したものです。

最近話題になっている「ジョブ型雇用」や、「キャリア自律」「副業」をテーマに、アフターコロナの変革期において、人事が進むべき方向性を探りました。

<ポイント>

・賃金体系からジョブ型をひも解く

・欧米と日本における雇用環境の違いを知る

・人事権を全て持つか全て手放すかの1:0ではない

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■人事の役割変化についての議論

倉重:弁護士の倉重です。JSHRM理事として対談を始めました。第1弾のテーマは、「これからの雇用社会」です。2020年、人事はずっとコロナの緊急対応をしてました。そのようなフェーズは終わり、これからどのように会社が変わっていくのか、あるいは変わらないことを考える段階に至っています。

 働く価値観や意味が変わっていく中で、どのようにこれからの「働く」を考えるのかというのが、まず土台としてあります。その上で、自社に合った制度や施策を考えていただくために、人事の役割変化についての議論をしてみようと思った次第です。

 きょうの議論が、これからの雇用社会を考える上で必要な話になってくると思いますので、2時間ほど皆さんにお付き合いいただければと思います。では、松浦さんも簡単な自己紹介からお願いできますか。

松浦:法政大学キャリアデザイン学部の松浦です。本日はどうぞよろしくお願いします。JSHRMには数年前からお世話になっています。倉重さんとは、2016年のJSHRMのコンファレンスでご一緒させていただいて以来のご縁です。今日もよろしくお願いします。

倉重:よろしくお願いします。今回は4つのパートに分かれています。1番目がジョブ型雇用。2番目がキャリア自律。3番目が副業です。最後はまとめとして「これからの雇用と人事」について議論していきたいと思います。

 まずは、第1番目のテーマとして、ジョブ型雇用の話を聞くことが多くなってきました。この問題は間違った話や怪しい話も飛び交っていますので、まず松浦先生から基本のところをお願いできればと思います。

松浦:ありがとうございます。今回の狙いとしては、ジョブ型、キャリア自律、副業など最近人事界隈でよく耳にする言葉を取り上げ、それぞれの良い面と悪い面など議論の整理ができれば、と考えています。

 まずジョブ型について、仕事と人のマッチングが、仕事起点なのか、あるいは人起点なのかが、ジョブ型かどうかの本質的な区分だと私は理解していましたが、最近企業の人事担当の方々と話していると、「これはジョブ型ではなく、成果主義の話ではないのか」などと疑問に思うことがしばしばあります。昨今改めて注目されている「ジョブ型」なるものの定義が、人それぞれに異なることが議論の混乱を招いていると思っています。

 ジョブ型への期待も人それぞれです。「専門職やグローバル人材に活躍してもらうためのジョブ型」「リモートワークになじむのはジョブ型」「生産性を向上させるためのジョブ型」「社員の自律を促せるのがジョブ型」などいろいろなことが主張されています。論拠がはっっきりしないままにいろいろな期待がふくらんで、同床異夢のような状況になっているのではないかと心配です。

 そこでまず、ジョブ型とはどのようなものか、賃金体系から紐解いてみようと用意をしたのがこのスライドです。

これによると、賃金体系には、人基準の賃金体系である「労働力対価」と、仕事基準の賃金体系である「労働対価」があります。人基準の賃金体系には、日本でもよく採用されている年齢給、年功給、職能給などが含まれます。この辺りまでは日本型雇用システムの伝統的な賃金体系です。職能給は「○○ができる」という能力を示すものですが、それをもう少し客観的にして「○○ができる人がとっている行動」で評価し、賃金を支払おうというのが「実力給」いわゆるコンピテンシーといわれるものです。これも多くの日本企業で既に導入されています。

 一方で、仕事基準の賃金は成果主義といわれていますが、そこにはさまざまなタイプが含まれます。まず、西欧型は「職種給」といって、職種や熟練度別に、産業別労働協約によって賃金相場が決まっています。つまり、同じ経理の3年目であれば、A社、B社、C社のどこに行っても賃金水準は同じです。このような職種給は日本ではほぼ見られません。ただし、欧州の産業別労働協約はあくまでも一般労働者に適用されるもので、幹部人材になるとA社、B社、C社で賃金は変わってきます。

 アメリカ型の「職務給」や「職責給」は定型労働に適用されていることが多く、細かく定義された職務内容や責任に応じて賃金水準が設定されます。ジョブ型の典型的な賃金体系としては、前述の「職種給」に加えて、「職務給」や「職責給」が想起されます。しかし、最近日本でジョブ型といわれている事例の賃金体系は、むしろ創造労働に適用される「役割給」のイメージに近い気がします。細かい職務内容や責任というよりは、役割の重さに応じて賃金が設定されます。創造労働に適用される「役割給」「業績給」「成果給」も特に1990年代以降、多くの日本企業で導入されました。

 次の「欧州における職種給」のスライドは、ドイツ、フランス、イギリスの賃金制度の例が並べられたものです。アメリカ型の実態は、この中ではイギリスに近いと思います。

次に、日本における過去の議論から、ジョブ型とは何なのか、ジョブ型の定義について紐解いていこうと思います。

2010年代の初頭に、最初にこの言葉を使われたのは労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎先生です。濱口先生は雇用システムの特徴を捉えて、日本が「メンバーシップ型」であるのに対し、欧米は「ジョブ型」であると称されました。「メンバーシップ」は「集団に所属するメンバーが各々の役割を果たして集団に貢献する」という意味なので、もちろん欧米企業もメンバーシップなはずですが、日本企業の場合は、たとえば社員が内示一つで1・2週間後に全国転勤してくれるほどのメンバーシップだということなのだと思います。

その後公表された規制改革会議の報告書で取り上げられた「ジョブ型正社員」は、「職務、勤務地又は労働時間が限定されている正社員」と定義されています。役割の限定性に焦点が当てられ、「ジョブ型正社員」と同じような意味で「限定正社員」という言葉も使われるようになりました。

 ただ、皆さんもご存じのとおり、もともと日本企業でも、みんなが無限定に働いているわけではありません。例えば生産工程の社員は、他の職種に異動・配置転換されることは滅多にないですし、研究開発を専門にしている社員もいます。コース別雇用管理の一般職ももともとジョブ型正社員です。この頃の「ジョブ型正社員」や「限定正社員」の議論は、職務、勤務地又は労働時間が無限定な正社員の存在に対する課題意識を背景として出てきたものだと思われます。

 さらに2020年になって、改めてジョブ型が注目され、その検討が一種のブームになっているように感じます。しかしながらその内容については、先程申し上げたとおりあまり一貫性がありません。どうしてだろうと調べてみて、おそらくこれがブームの源であろうというものを発見しました。経団連が『経営労働政策特別委員会報告』の2020年版で、ジョブ型についてかなりのページを割いて提言をしています。

この報告では、「欧米型の『ジュブ型』」とは別に、「ここでいう『ジョブ型』」について記述されています。「欧米型の『ジョブ型』」については「特定のポストに空きが生じた際に、その職務(ジョブ)・役割を遂行できる能力や資格のある人材を社外からの獲得あるいは社内の公募により対応する」(p.11)とあり、これについては私のジョブ型に関する理解と一致します。一方、「ここでいう『ジョブ型』」というのは、「専門業務型、プロフェッショナル型に近い雇用区分をイメージ」(p.13)とあります。つまり、経団連のいう「ジョブ型」は「欧米型の『ジョブ型』」とは違うものだということになります。

 また、報告の中では日本の労働市場、制度、慣習はジョブ型を前提としていないこと、メンバーシップ型にもメリットがあることが指摘されており、「ただちに自社の制度全般や全社員を対象としてジョブ型への移行を検討することは現実的ではない」(p.15)と書かれています。その上で、「メンバーシップ型のメリットを生かしながら、適切な形でジョブ型を組み合わせた『自社型』雇用システムを確立すること」(p.17)が提言されています。つまり、それぞれのメリットを生かしながら自社型に組み合わせるわけなので、当然中身もそれぞれになります。

この報告を読んで、最近注目されているジョブ型の事例は、この「『自社型』雇用システム」なのだと漸く理解できました。ですからどれも「欧米型の『ジュブ型』」ではなく、「◯◯社版ジョブ型」ということになります。

 この報告では、優秀な若年層、高度人材、海外人材などの獲得に向けて年功的運用の排除が謳われているので、そこから成果主義とジョブ型と混同するような話が派生してきているのかもしれません。

 あとは、「エンゲージメントを高める観点からは、自律的なキャリア形成に努める社員に対して、本人が希望する仕事を対象に、ジョブ型への転換を積極的に認めていくことも選択肢となる」(p.17)ともあります。ただ、ジョブ型といっても、例えばジョブディスクリプションで職務を細かく限定してしまうと、非正社員のキャリア形成の阻害要因としてよく問題になる「職域分離」と同様に狭い範囲の仕事しかできなくなって、キャリアという意味ではむしろマイナスな面も大きいことに注意が必要だと思います。

 「裁量労働制と高度プロフェッショナル制度は、ジョブ型に適していることから、これらの制度とあわせて、ジョブ型雇用の導入と活用を検討することは有益である」(p.17)というのは正直よくわかりませんでした。裁量労働にしても、昨今広がってきているリモートワークにしても、目標設定や評価基準が明確であればジョブ型でなくても問題にならないはずです。それをきちんとやりましょうという話と、ジョブ型との関係性がはっきりしませんが、目標設定や評価基準を明確にするための方策の一つとして、ジョブ型が検討されているということなのでしょうか。

倉重:ありがとうございます。私は法律的な面からのお話と、私なりに思うこともシェアした上で、議論にいきたいと思います。

 今、松浦先生にお話しいただいたように、欧米などと日本では背景となる労働法の制度も全然異なるのです。アメリカは差別出ない限り基本的に解雇が自由にできます。ドイツやフランス、ヨーロッパ諸国も、解雇の金銭解決は事実上のスタンダードになっていて、法律になっているところもあれば、運用上そうしているところもあります。日本ではそのようなものは一切ありませんから、雇用の硬直性も全然違います。

 同じようなものをそのまま導入してはおかしくなると、経団連も書いていましたが、それは本当にそのとおりだと思います。ジョブ型の議論は、日本で2000年の初めごろ、バブルが終わった頃に出始めました。これは結局賃金を削減するという目的で、変にねじ曲がった形で入って失敗したという歴史があると思います。

今回も、このジョブ型のようなものが「働かないおじさん」をターゲットにして給料を下げることを目的に、ゆがんだ形で導入すると、また同じ失敗を繰り返すかもしれません。

 法律的に見ると、一番の違いは、人事権の有無が大きいと思っています。人事権は配置転換や職種変更などを一方的にできるという強大な権限です。これをあえて手放すメリットは何だろうと考えます。

 というのは、既にジョブ型の仕事はあるわけです。一番身近なところでは、スーパーのレジ打ちの方などは、基本的にその仕事しかしません。飛行機のパイロット、法律事務所の秘書などもすでにジョブ型で働いています。

ジョブ型を現場職ではなくて、いわゆる正社員層で高度なことをしている人にどこまで広げていくのかという議論があります。メリットがないと、なかなかそのようになっていかないだろうと思うわけです。

 なぜこのようなことが議論されるかというと、やはり終身雇用や年功序列などの日本型のメンバーシップに限界が来ているからです。労働者個人としても、1つの分野で突き詰めていきたいと思うし、企業としてもスペシャリストを育てたいと考えています。特にグローバル対応をする企業などは、海外との関係で、「この人はなぜこの給料なのか」「このポジションなのか」ということを説明できないといけません。

自社に合った形を考えずに、ジョブ型の議論をしてしまうと、少し危ないと思っています。

 某コンサルの人が、「ジョブ型の賃金制度にすれば、同一労働同一賃金などは気にしなくていい」と言っていたそうです。しかし、欧州の同一労働同一賃金と、日本版のそれとは全く違います。

先ほどの人事権、配置変更範囲を考慮することもそうですし、そもそも期待、役割、責任は、条文上も考慮されるというところが日本版の特徴かと思います。

 さらに言うと、欧米型のジョブ型雇用でも、同じ仕事をしているように見えても、ポジションによって責任が違うので、給料も異なります。

 先ほどのジョブディスクリプションについても、少し思いついたままに話します。私も外資系の雇用契約書などを見ていますが、あれにも「会社が指示した業務」ろいう文言が入っています。それだとメンバーシップと何が違うのかと思います。

 根本は人で運用していくのか、仕事に対して人を付けるという発想なのかが一番の違いかと思います。ですから、ジョブ型にしたらみんながハッピーということはありえません。

 テレワークなどをしていると、メンバーシップ型でありながら、日々のタスクという意味で、これを具体化していくことは、十二分に可能なわけです。その日、その日で区切って、きょうは何をやるのが分かっていれば、ジョブ型のような運用は可能です。

 今うちの事務所でもテレワークを8割導入しています。そうなると、自然と「今日は何をやったか」というアウトプットでの評価になっていくわけです。これは人事考課の問題です。つまり「今日は何をやるか」というジョブディスクリプションがあって、成果を見て評価すればいい話なので、賃金制度が職務給なのかという話とは少し違うのではないかと思うわけです。

 今のメンバーシップ型の中で、どのように今の仕事、成果を見て判断していくというところは、各社ごとの特性に応じて詰めていけばいいと思います。

そのような意味では、マネジメントの役割も変わってくるはずです。やはり今までは生産統制的な意味が大きいと思います。工場労働、生産性を上げるといった話から、本来の意味での「manage」は「なんとかやりくりする」という意味合いです。つまり、いかにパフォーマンスを上げて「なんとかして」もらうかが重要ということです。その意味では、業務管理、就業管理、それからメンタル管理というように、うまく回るという意味でのマネジメントが、このテレワーク時代には問われているのです。それは別にジョブ型雇用に変更しないとできないわけでもないと思っています。この辺りは、本当にtips的な話なので、あとで触れたいと思っています。

 あとは、テレワークと出社するという話も、結局は今後、会社としてどのような方向性で、働くことを位置付けるのかは、各社で自ずと違いが出てくる話です。

再びテレワークを始めますという会社もあれば、やはり今までどおり、緊急事態宣言が出るまでは出社するぞという会社もあります。ジョブ型もテレワークもそうですが、どのように働いてもらうかという、そもそものイメージを各社が持っていただくことが非常に重要です。それが結局、会社としてどうしたいかというところにひも付きます。結局、ジョブ型に変えたら万事OKではないというところは、法律面からも補強させていただきたいと思います。欧米と日本の雇用環境はかなり違うので、ジョブ型をそのまま入れてもうまくいかないのは明らかだと思います。では、日本企業で導入して活用するにはどうしたら良いのでしょうか。

松浦:ジョブ型というか、職務給を導入しようとするブームは、これまでも何度かあったと記憶しています。しかし、職務を細かく定義するほど異動・配置転換がやりにくくなりますし、新しい仕事ができる度にジョブディスクリプション(職務記述書)を書き変えなくてはいけません。その負担コストが大きく、むしろ変化に対応しにくい面もありました。

 それともう1つ、原則的な考え方として、職務給は仕事が変わらないと賃金水準が上がりません。賃金水準が少しずつでも上がらないと、社員の意欲を引き出しにくいという心配もあります。

倉重:どれだけ仕事しても給料が同じだとモチベーションは上がりませんね。

松浦:ですから、職務給にした企業でも、やはり一部は年功的な要素を入れて少しずつ賃金が上がるようにしたり、職能給と組み合わせたりと、いろいろな工夫をしています。

 多くの大企業では、育成段階では職能給をメインとし、一人前以上になってくると役割給や業績・成果給のウエイトを上げていくという賃金体系が採用されています。なぜ一人前になるまで職能給にこだわるかというと、企業の中で人を育てるときに、例えば入社後1年目よりも3年目の社員の給料のほうが低ければ、先輩が後輩に仕事を教えないですよね。

倉重:これはもう、日本の育成システム、教育システムも影響していますよね。

松浦:影響していると思います。要は一人前になるまでは、入社の順番に賃金水準が上がるような職能給を一定期間維持する一方、一人前以降は、年次でコストが肥大化していく職能給から役割や業績・成果に見合った賃金に転換していくという戦略です。役割給も、例えば「AとBとCの部門の課長クラスはグレード1~3」というように少し幅広に役割と賃金水準を設定して、異動・配置転換の柔軟性を残しながら運用しているところが多いと思います。

倉重:批判はされていますが、メンバーシップ型だからこそ、若年者の失業率は非常に低く抑えられるわけです。コロナ危機になると、多分真っ先にあおりを食らうのは、ヨーロッパでは来年就職する人などの若い層だと思います。その若年失業率が上がらないのは、今の就活システムが、日本において非常に大きな効果を果たしているからではないかと思います。

松浦:よく言われますが、フランスなどは若年層の失業率が日本よりもずっと高いです。卒業してすぐの就職が難しいというのが、やはりジョブ型の弊害の一つです。

 ただし、それではメンバーシップ型の新卒一括採用はいいことずくめかというと、倉重さんはまさに就職氷河期世代でいらっしゃるのでよくご存じだと思いますが、その年の就活事情の影響を大きく受けます。また、スキルや経験がない中で就職できるのは大多数の若者にとってはメリットかもしれないけれども、横並びの採用は、意欲や能力が抜きん出て高い若者にはなじみません。最近、データサイエンティストになれる素養がある若者を高い賃金で雇用する動きがありますが、実際、段階的な育成システムになじまない若者を、既存の枠に無理やり当てはめてしまうと、力を持て余すことになるのでもったいないと思います。

倉重:外国に取られてしまいますね。

松浦:ですから、自社に適した形で、一部の層に対してジョブ型的なやり方を検討するというのも一つの選択肢です。先程ご紹介した経団連の報告書に、高度人材、海外人材と並べて若者があげられているのは、多分そのような課題意識をお持ちなのではないかと思います。

倉重:私も4年前ぐらいにイタリアに労働法の調査に行ったのですが、やはり若年失業率が40%ぐらいで、社会的にも変えないといけないと言われていました。イタリアは当時日本と同じぐらい解雇規制が厳しかったので、金銭解決制度を導入したという背景があったりします。そこはやはり大きな違いです。

 日本の場合は、解雇も縛られている中で、さらに人事権も手放すと、企業に何のメリットがあるのだろうと思うかもしれません。

松浦:アメリカでは解雇がかなり柔軟に行われます。ただ、アメリカのように解雇権を現場に持たせてしまうと、フォー・ザ・ボス、つまり上司のために働くといった事態に陥り、フォー・ザ・カンパニー(企業のために働くか)の行動が引き出せないという懸念もあります。

イタリアとドイツではまた違うのかもしれませんが、少なくともドイツの企業の話を聞いていると、解雇はアメリカほどは柔軟ではなく、やはり段階を踏まなくてはいけないですし、現場の判断だけでは解雇は難しい、人事もある程度グリップを握っているようです。

 もう1つ、例えばドイツの企業が完全に人事権を手放して、全てを公募に委ねているわけではありません。やはり「この人は今度、会社を背負っていける人だ」という人には然るべきポストへの応募を人事や上司が積極的に働き掛けています。幹部人材の異動・配置転換も、本人同意が前提にはなりますが、公募でなくオファーで決まるケースも多いと思います。ですから、欧米の企業も人事権を完全に手放しているわけではなく、人事が人事権を全て持つか全て手放すかの1:0ではないのです。日本企業が既存の人事権をどれぐらいまで譲歩するかという幅の問題だと思います。

倉重:全部が合意、合意で交渉でというわけでもないのですね。よく「日本のほうが解雇をしやすいのではないか」という議論もあります。解雇規制の世界比較のランキングをよく見るのですが、割と日本は解雇しやすいほうに入っていますよね。

松浦:多分、中小企業などでは柔軟に解雇されている実態もあると思います。

倉重:実際にダブルスタンダードという議論があります。あとは手続きがほぼ法定されていないこと。解雇については1カ月前の予告だけです。ドイツでは事前に行政も絡まないといけない、6カ月前に言わなくてはいけないなど、規制が結構多いです。

逆にいうと、手続きさえしてしまえばお金で終わるところがあって、アッパーが見えるわけです。私の見方ですが、どうしてもジョブ型をやると、その仕事にフィットしなかった人をどうするのかという議論が出てきます。外資系ではどのようにしているのですか。

松浦:その仕事がどうしてもフィットしなかったら、やはり別の仕事に移っていただくか、最終的には解雇までいくのだと思います。段階を踏んでではあっても、最終的に解雇という選択がとられるという面では、日本の大企業よりずっとシビアだと思います。また、そもそも雇用の流動性が高いので、フィットしなかったら自分から別に移るケースも多いと思います。

倉重:日本の大企業ですと、いろいろな仕事をしてもらって、どうしてもダメな場合は配置転換をしたりします。人事権があるからこそ、そうするのですが、限定正社員であれば解雇しやすいのかというと、多分、そこまででもないですよね。

松浦:限定正社員だから解雇しやすいということはないと思います。

(つづく)

対談協力:

松浦 民恵(まつうら・たみえ)氏

法政大学キャリアデザイン学部 教授

1989年に神戸大学法学部卒業。2010年に学習院大学大学院博士後期課程単位取得退学。2011年に博士(経営学)。日本生命保険、東京大学社会科学研究所、ニッセイ基礎研究所を経て、2017年4月から法政大学キャリアデザイン学部。専門は人的資源管理論、労働政策。厚生労働省の労働政策審議会の部会や研究会などで委員を務める。

主な著書は『営業職の人材マネジメント 4類型による最適アプローチ』(中央経済社、2012年)、佐藤博樹・高見具広との共著/佐藤博樹・武石恵美子責任編集で『シリーズ ダイバーシティ経営/働き方改革の基本』(中央経済社、2020年)など。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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