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雇用のカリスマに聞く「ジョブ型雇用」の真実【海老原嗣生×倉重公太朗】第2回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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新型コロナウイルスの蔓延によってテレワークが増加し、時間や場所に縛られない新しい働き方や人事制度の変革が求められています。その選択肢の一つとしてあげられるのが「ジョブ型雇用」です。「ジョブ型なら、専門性を磨き、実力が認められれば若いうちから昇進できる」と思う方も多いようです。また、会社側は「解雇がしやすくなる」といったイメージを持っています。このような「ジョブ型神話」は果たして真実なのでしょうか?

<ポイント>

・ジョブ・ディスクリプションを書いても意味がない?

・日本の会社が社員のクビを切れない構造的理由

・人事権と解雇権を天秤に乗せて考える

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■英米と日本の働き方を比較する

海老原:佐藤博樹(中央大学戦略経営研究科教授)さんがJDにいて分析した報告書があります。これは欧米4カ国の比較ですが、見てください。フランスのジョブ・ディスクリプションは、採用後の柔軟な変更を予定して、職務名称や肩書程度の一般的内容にとどめるとあります。先ほどと変わりません。

倉重:日本と何も変わりませんね。

海老原:アメリカではホワイトカラー労働者の職務記述書はある程度概括的・抽象的に書かれていると、示されています。オランダでも職務記述書の内容は概括的なものにとどまっており、職務内容が厳密に特定されるわけではありません。ドイツは職務内容を明確にしつつも、その範囲が狭くならないようにバランスに留意しています。ドイツだけがやや教科書的ですが、それでもこの緩さなのです。

倉重:結局抽象化せざるを得ないということですね。

海老原:こちらは識者コメントです。

海老原:仲良しのデービッド・クリールマンという人は、私と同じ雇用ジャーナリストです。彼は「80年代にホワイトカラーが主流になってから、ジョブ・ディスクリプションはその役割を終えている」ときっぱり言い切っています。

 真ん中の牛島さんは、今はPWCにいらっしゃいます。ずっとGEやAIG、DHLなどそうそうたるグローバルが長い人です。彼は「個別タスクは日々変わるからそれを書くのは危険」と言ってあります。

 右の中島豊さんは外資の有名人です。彼は「現代のそれは職務範囲と責任など上位概念を書きます」と言っています。こうして見ていると、ジョブ・ディスクリプションなど書いても「職務が明確化されてリモートワークもやりやすい」なんてことがないとがわかります。

倉重:日々タスクも変わりますし、するべき方向性も変わっていきますので、書いても何の意味もないことはわかります。

海老原:でも、外資の人事コンサルなどと契約して、すごい高いお金を払っているところでは、いまだにジョブ・ディスクリプションを書かされています。頭が痛くなる話ですが、それに何千万というお金を出しているのです。意味がないと言ってもみんなそれしかないのです。ジョブ型とは何なのかと言ったときに彼らはジョブ・ディスクリプションを書くこからまず始めちゃうんですよね。

倉重:やはり中島さんがおっしゃっているように、何をすべきなのかという責任を書かなければいけないということですよね。

海老原:とすると、職責給とか役割等級などは今までもしてきたことなので、大して変わらないではないですか。そんなことを書いても変わらないのです。

 かつて1960年代、90年代と過去何回もあったJD論争は、こういう結論になりました。

海老原:1つ目は「難易度の高い仕事は抽象的であり、具体的なタスクを書いても意味をなさない」ということ。例えば社長の仕事は「役員会に出る、役員会をリードする、株主総会に出る、株主方針を納得させる」とあります。こんなことを決めても意味ないでしょ?

 2つ目は、同じポストにいる場合でも春夏秋冬など標準的な仕事は変わるということ。例えば採用では、春は大学回りで、夏はインターンシップ、秋は説明会とそれぞれ違うことをします。それを全部書かくと、「毎日全季節の仕事をしなきゃならん」てな話になる。

3つ目は、新たな仕事が発生した場合、それをやる人がいなくなります。例えば今のコロナ禍ですと、衛生用品を配布したり、間仕切りを設置したりするような役割が出てきています。「そんなことは書いていないから誰もやらない」ということになってしまうのです。

 つまり、過去60年間で、ジョブ・ディスクリプションは意味がないということになっています。こういう話をいまだにしているというのがジョブ型のアホみたいなところです。財界・行政・マスコミがそろってこのレベルの話をしていることに私はイライラするのです。現場をしっかり見ていればこんな話は出てきません。さらにこれも見てほしいのです。

海老原:総合職ではなく職種ごとに採用する専門職のキャリアを用意するということですが、これもレベルの低い話です。理系の場合、採用された人は、基本エンジニアコースで通します。とすると、彼らはジョブ型なのでしょうか? 経理や人事やシステムなど、生涯一部署の人がたくさんいますが、彼らはジョブ型なのでしょうか? 中途採用をする場合は、基本は任用ポストを決めて雇用をします。彼らはジョブ型でしょうか?

全て答えはNoです。

 結局日本の問題は、スペシャリストコースといっても、職種別の総合職を作っているだけだと気づいていないんです。欧米型雇用とそれは全く似て非なるもの。つまり、そこにはっきり答えを出さないと、「いつまでたっても日本的な雇用慣行」からは脱せません。

倉重:地域総合職とか部門総合職のような形ですね。

海老原:そうです。エンジニアという職種で無限定雇用なのです。こういう話に全然気づいていないので、同じことをしています。こんなものは意味がないのです。

 欧米では人材グレードの管理もしていません。ポストのグレードで管理しているんです。人自体には等級はありませんよ。昨今、欧米のマネして「ミッショングレード」や「職務等級」を入れる企業があります。そのほかにも職責等級や役割等級などもあります。ただ、それは人すべて、人につけているのです。

倉重:ポジションにつけるのではなくて人につけているのですね。

海老原:こんなことをしているのは日本だけだということに気づいてほしいのです。

倉重:ですから職務給ではなく役割給になるわけですね。

海老原:はい、役割は人についているのです。人ごとに職能があります。同じポストにいても人ごとに職務が違うのが日本なのです。こういう問題があるのでどうにもなりません。このあたり、人事やったことのない人間には意味が分からないし、人事職の人でもなかなか理解できないのです。

 整理しましょう。

JDは、欧米でも廃れてしまった風習を日本だけ無理やり復活させようとしています。職責ミッショングレードはすでにある職責・役割等級の焼き直しであり、欧米ではあり得ない属人等級です。職種別コースは、昔から専門職的なポストはいくらでもありましたが、全部それがミクロな総合職になっているのが問題です。

倉重:なぜこの問題が変えられないのかということですね。

海老原:雇用システムというのは、まず土台に日本的な人事管理があって、それが日本的なキャリア観を醸し出し、それに応じて、日本的な働き方が乗ってくるのです。目に見えるのは、この一番表層の「働き方」だけなんですね。

欧米も同様で、欧米的な人事管理があり、それが欧米的なキャリア観をはぐくみ、結果、欧米的な働き方になる。それを日本型雇用システムや欧米型雇用システムと呼んでいるわけです。

海老原:この一番上の「働き方」のところのみをメンバーシップ型とジョブ型と昨今呼ぶようになっています。この名づけの親である濱口(桂一朗:JILPT所長)さんは、土台まで含めた雇用システム全体について、そう呼んでいたのだと思います。そこに齟齬が生まれているんでしょう。

倉重:今野日本は表層に現れている部分だけを見て議論してしまっているということですね。

海老原:そうです。基礎や土台が変わらなければ表層も変わるわけがありません。表面に見えているところは、下から積み上げた結果です。ジョブ型は原因をしっかりつかまなければ意味がないという話なのです。

倉重:その通りです。

海老原:今の日本では、あたかもジョブ型という簡易パッケージソフトがあって、これを張り替えるとジョブ型になると思っています。張り替えても土台、パソコンで言えばOSが違うわけなのです。

倉重:マックとウィンドウズぐらい違うと。

海老原:そういうことです。つまりマックの上にウィンドウズの良いソフトを乗せてもウィンドウズにはならないという話です。

倉重:確かにそうです。

海老原:このあたりの話が、私がイライラすることなのです。

倉重:これはわかりやすいですね。

■ポスト契約とは人事権を放棄することなり

海老原:続いて欧米らしさを生み出す源泉に話を移そうと思います。1つ目は、ポスト型雇用という話をしていきます。まず、欧米では、企業には人事権がありません。

倉重:配置転換がないですからね。

海老原:先ほどの佐藤さんの分析レポートの中でも「本人同意がない限り、配置転換はできない」と幾重にも書かれています。勝手に配置転換できない雇用契約とは、人はある会社に入ったのではなくて、あるポジションで会社につながっているだけとなります。

倉重:その部署、ポストで契約しただけだということですね。

海老原:そういうことなのです。例えばそのポストが不況でなくなってしまった場合、論理的に考えれば雇用終了ができて当然でしょう。まあ、先進国でポンポン首を斬れるのはアメリカだけですが、ただ、原理で考えれば「ポストでつながっている」んだから、それがなくなれば整理解雇、というのは合理的です。雇用者保護がしっかりしている欧州は、それができないように、様々な法規で縛っている。たとえば、会社が勝手に組織改編をして「ポストなくなっちゃいましたー」なんて言えないように、人事計画については、従業員代表に諮問することが不可欠だったりします。

そのほかに、むやみに解雇できないように違約金のようなものが法律で決まっていたりもします。逆にいえば、こうした法規が必要なのは、「ポストでのみつながる」社会だからこそでしょう。

倉重:なるほど、欧州では解雇補償金のようなものがありますからね。

海老原:そうです。解雇は違法ではあるけれど、無効にはならないのはそういう理由ではないでしょうか。

倉重:無効ではないのですね。

海老原:対して、日本というのは「このポジションがなくなった」と言いましてもそのポジションで雇っているわけではありません。

倉重:そうですね、異動先は無限にありますから。

海老原:普段いつでも人事異動をさせています。企業は人事異動できる権利を持っているのだから、「ポストがなくなってもクビにせず、異動でしのいでください」ということなのです。

倉重:日本だと、どこに行ってもダメだという場合でないと解雇できないですから。

海老原:その延長ですが、非正規はなぜクビにできるかと言うと、欧米同様「ポストでの雇用」ということも理由になるでしょう。派遣など、同じ勤務地・同じ職務なのに、隣の課に移る時でも本人同意の上、契約変更が必要ですから。本当に「ポスト」でしかつながっていません。

倉重:実は非正規雇用はジョブ型だということですね。

海老原:つまり、日本の非正規雇用は、欧米と同じ「ポスト型雇用」なわけです。別に日本は「総合職にしなさい」などという法規はありません。

倉重:レジ打ちの人にはレジ打ちだけをしてもらって、仕事がなくなれば解雇ということですね。

海老原:さらに言いますと、そのポストもとても厳しく狭められていることに気づいていますか?

倉重:どういうことですか?

海老原:例えば、イオンのある店で、販売員を雇ったとします。そのときの契約書の中には「魚売り場で雇われる」と書いてあるわけです。ですから魚売り場から野菜売り場には勝手に異動させられません。つまり同じ販売員という職種、同じ勤務地でも勝手には異動させられないのです。概念的には欧米のポスト型雇用に近いでしょう。

倉重:ジョブ型とは本来そういうことですね。

海老原:ジョブ型という言葉、少し手あかがついてしまったので、私は本意に戻して、欧米型と言いますね。そう、その通り。日本人は「職務限定採用だ」と言っても、同じ職務で同じ勤務地なら動かしてもいいだろうと思ってしまうでしょう?ところが同じ店の同じ販売員なのに、動かせませんでしたね。魚屋と八百屋、というようにポストが違ったら動かしてはいけないのです。たとえば欧米なら、カーディーラーで、高級車担当のセールスを大衆車担当に移す場合でも、これは本人同意が必要になります。これだって、店舗は同じ職務も「自動車販売」で同じだけど、勝手に移せません。ポスト限定の意味がお分かりいただけました?

日本の先ほど出た欧米もどきの「職種限定型」コースって、経理から営業にはいかないってだけの話じゃないですか。経理の中では、財務・会計・債権・IRなどもう自由に動かしていますよね。だから欧米型雇用ではなく、単に「限定型総合職」だと私は言ったわけです。これだと、「IR」の仕事がなくなったとしても、IRで雇われているわけではないから、整理解雇など論理的にできないでしょう。

倉重:本来のジョブ型はそういうことですね。

海老原:そういうことなのです。その代わりそのポストがなくなったら、会社との関係は終わり。例えば指名解雇の問題でも、そのポストでしか雇っていないのですから、該当職務を遂行できない人が契約を終了するのは合理的なわけですね。アメリカだとそれをPIPで行い、欧州の場合ですと、試用期間がかなり長くとられていて、その間であれば、契約終了できる。ドイツやフランスは、入職から2年程度は雇用終了が行い易い。試用期間が過ぎた後に解雇するのは難しくなりますね。試用期間の時しっかり数字を挙げていたのに、その後できなくなったというのは、マネジメントの問題だと言われてしまうからです。

日本の場合は「その仕事で雇っているわけではないから、他に見合うところに行かえてください」と言われてしまうのです。

倉重:日本だと、色々と注意指導や配置転換をしてどうしてもダメだったかを検討しろと言われます。

海老原:そうです。そう考えますと日本型がなぜクビを切れないのかというのは、無限定だからなのです。

倉重:職種無限定だからですね。

海老原:職種だけでなく職務もポストも勤務地も無限定なのでクビを切れないのであって、限定してあれば相当、雇用観は変わるでしょう。

 倉重さんは法律の人なので詳しいと思いますが、別に日本の法律には無限定雇用をしろとは書いていないですよね。

倉重:もちろん書いていません。

海老原:例えばGEやフォードのように日本に来ても欧米と同じジョブ型雇用をしているところはたくさんあります。

倉重:今なお現在においてもですね。

海老原:その結果、解雇がかなったフォード事件など有名です。異動させなければ雇用終了もしやすいという話で、日本は別に解雇に対して、法的な規制が厳しいわけではないのです。

 ジョブ型かメンバーシップ型かというのは、まず、ポストベースか否かというところが出発点になります。無限定ならば解雇できませんが、限定ならできます。企業は自由に人事発令できる人事権を持っている分、義務としては解雇権が使えないという話です。

倉重:自由自在に人を動かせるというメリットを手放すのか?ということですね。

海老原:個人が自律的なキャリア形成しているのかということを考えていきますと、企業に人事権がないからです。人事権がないということは、企業は個人のことを成長に応じて動かして育てるということが難しい。だから、自分でキャリアを考えていかなければいけないということです。

ジョブ・ディスクリプションとか、役割設計とかなんてどうでもいいから、そろそろ欧米型の本質に目を向けるべきでしょう。

倉重:それは、すなわち人事権を手放せますかという問いですね。

海老原:そういうことです。本当にこの現実を目にしたときに、人事権を手放してまでジョブ型を作るでしょうか。

倉重:そこまでの覚悟があるのかという話ですね。

海老原:その代わり本当にジョブ型になってきますと、企業が何とかしてくれるわけではないので、キャリアは自分で考えなければいけなくなってきます。

倉重:仕事がなくなってしまったら終わりですから企業に依存する訳にはいきませんよね。

海老原:はい、終わりです。しかも勝手に異動させられなくなるので、この人のキャリアを考えて配置転換するということもできなくなります。

倉重:「この事業はなくなりました。ごめんなさい」で終わるわけですね。

海老原:もし「この人のことを育てたいからこちらに移したほうがいいだろう」と思っても、同意を取らなければなりません。1つは本人の同意ですが、もう1つは今そのポストにいる人にどいてもらうための同意です。これは困難なので、もし無限定になったら人のことを育てるための異動というのはなかなかできなくなります。今、欧米では一部のエリートのみに、こうした特別待遇をしているわけですね。

倉重:空いたら移す。空かなかったら転職するしかないのですね。

海老原:そういうことです。企業という大きな1つの袋の中に入るか、さいの目切りされて小さなところにつながるかのどちらかなのです。

(つづく)

対談協力:海老原 嗣生(えびはら つぐお)

厚生労働省労働政策審議会人材開発分科会委員

経済産業研究所 コア研究員、大正大学特任教授、中央大学大学院客員教授

人材・経営誌HRmics編集長、株式会社ニッチモ代表取締役、リクルートキャリア フェロー(特別研究員)

1964年、東京生まれ。 大手メーカを経て、リクルートエイブリック(現リク

ルートエージェント)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計等に携わる。

その後、リクルートワークス研究所にて雑誌Works編集長。2008年にHRコン

サルティング会社ニッチモを立ち上げる。

「エンゼルバンク」(モーニング連載、テレビ朝日系でドラマ化)の主人公

海老沢康生のモデルでもある。

著作は多数だが、近著は

お祈りメール来た、日本死ね(文春文庫)、経済ってこうなってるんだ教室(プレジデント)、夢のあきらめ方(星海社新書)、AIで仕事がなくなる論のウソ(イーストプレス)、人事の成り立ち(白桃書房)

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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