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ペーパレス化で誰もが自分の仕事に集中できる世の中へ【副島智子×倉重公太朗】第1回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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今回のゲストは、「SmartHR 人事労務 研究所」の所長の副島智子さん。副島さんは、IT系ベンチャーから数千人規模の製薬会社、外食企業など、多様な業種の会社で人事労務に携わってきたスペシャリストです。2016年にクラウド人事サービスを提供する「SmartHR(旧:株式会社KUFU)」にジョイン。カスタマーサポートやプロダクトマネージャーを務め、さまざまな機能開発にも携わってきました。19年7月に「SmartHR 人事労務 研究所」を設立し所長に就任し、アナログ作業主体だった人事の仕事をクラウド化するための活動に尽力されています。そんな副島さんに会社でペーパレス化を進めることの意義を伺いました。

<ポイント>

・舞台照明から人事労務の仕事へシフトした理由

・SmartHRとの運命的な出会い、そして転職

・手書きの書類やハンコがないことによるメリット

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■人事労務をテクノロジーで強化する

倉重:今回はクラウド人事労務管理サービスを展開されているSmartHRの副島さんに来ていただいています。簡単に自己紹介をお願いしてよろしいでしょうか。

副島:「SmartHR 人事労務 研究所」という組織を立ち上げております、副島智子と申します。よろしくお願いいたします。2016年にSmartHR にジョインしたときには、まだ従業員数が10人未満の会社で、私はバックオフィス全般の業務を担当していました。開発は全く未経験でしたが、途中からプロダクトマネージャーを拝命して、エンジニアと一緒に機能開発もしていたのです。最近はありがたいことに、多くの方からご注目をいただけるようになってきて、エンジニアやプロのプロダクトマネージャーも大勢入社してくれています。そのタイミングで私も少し軸足を移そうと思って、去年の7月から「人事労務研究所」という組織を立ち上げたのです。

倉重:この研究所は何をしているのですか。

副島:SmartHR という人事労務クラウドソフトを作っています。私は労務が分かる人間で、今までは開発の中にいました。人事労務はバックオフィス側とコーポレート側に一人ずつ担当者がいるのが一般的です。その2つを1つの組織で行うために「人事労務 研究所」を立ち上げました。開発のプロダクトにも、マーケティングなどの分野にも携わっています。株式会社SmartHR の労務もこの組織の中でしているのです。実務をしながらプロダクトにも影響を及ぼすという、他にはない組織でございます。

倉重:ご存じない読者の方のために軽くご説明すると、SmartHR はクラウド人事サービスといわれるような、入退社の管理や、雇用契約書の締結などの労働・社会保険関連の手続きをクラウドでできるサービスを提供しています。

コロナになって、書類を書くため、あるいはハンコを押すために出社するという不合理さが非常に問題視されました。今大変注目を浴びている分野ですので、詳しい話を伺いたいと思います。その前に、副島さんはこのサービスの開発から関わられているということですよね。どうしてそういうポジションに至ったのかというキャリアも伺いたいと思います。まず、大学を卒業して最初に入ったのはどういう会社でしたか?

副島:最初の会社は今の仕事とは全く別で、舞台照明の裏方のスタッフをしていました。

倉重:えっ! 全くもって違いますね。

副島:4トントラックやハイエースなどの運転もしていたのですよ。

倉重:舞台系の仕事に興味があったのですか?

副島:学生のときからそういうことに興味があったのです。職人的な雰囲気なのかなと思って入社したら、意外にも人間関係で成り立つような世界でした。2年間働いてみて「少し違うかも」と思いましたし、「この仕事を30歳、40歳になってもずっと続けていけるのか」と不安になりました。夏の野外はもちろん暑いですし、長野オリンピックのときには、遭難しかけるぐらいの雪山で仕事をしたので、「これはなかなか続けていくのは大変だ」と感じたのです。

倉重:それで転職されたのですか。

副島:「もう少し長く続けていける仕事をきちんと考えないといけない」と思って転職しました。その照明の会社には、総務の方がいらっしゃったのですが、その仕事ぶりがすごく良かったのです。十数年間働いていらっしゃる方で、現場の方を支えたりフォローしたりしていました。「こういう働き方があるのだな」ということを知って、会社のバックオフィスの業務をしてみたいと思ったのです。そこからずっとこういう感じの仕事をしています。

倉重:社会人2年目で総務の良さに気付くというのは、すごくいいですね。

副島:総務がすごくやりたくて、未経験だけれども入れてくれる会社に転職したという感じです。

倉重:そこから10年ぐらいは、まさに人事という仕事をしていたわけですね。

副島:そうです。いわゆるバックオフィス全般の仕事です。会社の規模によっては人事労務専任の経験ができるところもあったので、徐々にそういった仕事を増やしていきました。

倉重:SmartHR の前はベンチャーの役員をされていたのですね。

副島:はい。20人ぐらいのベンチャー企業で、最初は住宅関係のウェブ制作会社でしたが、途中から自社の事業を中心に行うようになりました。

倉重:ベンチャーの役員をしていたら、当然事業がうまくいくまでやるのかと思いきや、そこでまたさらに転職とは、思い切りましたね。

副島:そこの会社にいた2014年の秋ぐらいに政府がe-GovのAPIを公開したのです。それを見たときに、「自分が今までしてきたバックボーンが生きるようなサービスができるのではないか」とぼんやりと考えていました。当時の会社の社長にも「今の事業がうまくいったら、私はこんなことをしたい」という話はしていたのです。

倉重:だんだん自分自身でやりたいことが湧いてきたわけですね。

副島:そうなのです。その転身した事業会社が軌道に乗ったら……と思っていましたが、なかなかうまくいきませんでした。そのタイミングでSmartHR――当時は株式会社KUFU という名前でしたが、2015年11月のTechCrunch Tokyoで、社会保険の手続きを簡単にするサービスで優勝したという記事を見かけたのです。「私がしたいことを実現している人たちがいる」と思いました。

倉重:「これだ!」と。

副島:そのときは「先にやられてしまったな」と思いました。翌月に初めて SmartHR のユーザー向けセミナーが開催されたので、それに参加して「やはりいいな」と感じたのです。その株式会社KUFUという会社を調べたら、当時私がいた会社から場所的に徒歩圏内で行ける場所にありました。

倉重:それはご縁がありますね。

副島:そのときは転職できるとはそれほど思ってはいなかったのですが、「近いし、私の経験で何か役に立てることがあるのではないか」と思って、知り合いでもないのに今の代表の宮田さんにFacebook Messengerを飛ばしたのです。

倉重:いきなりアタックですね。

副島:「私はこのような者で、セミナーにも参加して、近くにいるのですが」というような感じでメッセージを送りました。そうしたら宮田さんも反応してくれて、話をすることになり、とんとん拍子に転職してしまったのです。

倉重:思い立ったら即行動という感じですね。ご自身の間接部門での経験と、進化したテクノロジーをミックスできるのではないかと思ったタイミングで出会ったのは、本当に運命的です。

副島:運命的ですね。むしろ少し乗り遅れたと思っていました。

倉重:先にやられたという感じですね。とんとん拍子で入られて、今まで人事労務の経験がおありになるわけですから、サービス開発にも携わったのでしょうか。

副島:そうです。入社して1カ月後に、「プロダクトマネージャーをしてみませんか」と声を掛けてもらいました。当時エンジニアが4人いて、そのメンバーと開発会議に出席して開発に携わっていったという感じです。

倉重:テクノロジー側の専門ではないけれども、人事総務の専門家として入られたということですね。

副島:はい。

■社会保険や雇用保険の手続きをテクノロジーで便利にする

倉重:一応ご存じのない読者の方のために、クラウド人事サービスとはどのようなものかをご説明いただいてもいいですか。

副島:はい。クラウド人事労務ソフトはここ数年でいくつか出てきています。今までは、社会保険や雇用保険といった分野をテクノロジーで便利にする、効率化していくサービスで、一般の企業が使えるものはありませんでした。給与計算や勤怠システムなどは、数十年前からソリューションがあったのですが。

倉重:確かに、給与計算などはあったイメージですね。

副島:そうなのです。でも、社会保険分野のソリューションが今まで全くなかったので、そこを効率化しましょうと提案しました。社会保険、雇用保険に必要な情報なので、役所に提出するための正しい情報が集まります。そこで集まってきた情報を使って、社員名簿を作ったり、分析を行ったりする分野にも最近着手しました。

倉重:私から見ていても、最近という感じですね。

副島:ここ2年ぐらいからです。

倉重:もともと、給与計算などは多分税理士系のソフトから派生して開発されていると思います。人事労務などはテクノロジーを使ったサービスがあまりなかった印象です。

副島:社労士さん向けのソフトウェアは以前からあったのですが、企業の担当者が使うようなものは本当になくて、手書きが当たり前の世界でした。複写式の用紙も結構あるのです。離職票がそうなのですが、カーボン式のドットインパクトプリンターがないと出せないので、なかなかデジタル化という方向に考えが回らなかったのかもしれません。

倉重:全部を手書きにするのは大変ですよね。

副島:大変です。数字が0なのか6なのかが分からないという世界です。

倉重:そういう苦労を実際にされて、「もっと便利にならないか」と思われたわけですね。

副島:思っていました。Excelの書面を何とかしてドットインパクトプリンターに当てはめて印刷したこともあります。いろいろな関数も駆使していたので、「今どきこれほど関数を組まないといけないのは変ではないか」という疑問をずっと抱えていました。

倉重:改めて、手書きの書類やハンコがないことによるメリットを、少しご説明いただきたいのですが。

副島:これはコロナ禍で本当に顕著になりました。これまでは新しく入社する方がいらっしゃったときに、入社連絡票に住所や電話番号や生年月日や給与口座などの情報を書いてもらって、人事でデータ化していた会社が多かったと思います。それをクラウドでできるようにしました。企業ごとにカスタマイズもできる情報収集フォームを使って、従業員さん自身に必要事項を入力してもらいます。必須や任意などの設定もできて、もれなく情報が収集できるところが、すごく大きな特徴です。

倉重:ビジネスネームを何と呼ぶかまで設定できますよね。

副島:そうです。ご本人が生年月日の数字を1文字でも間違えると、すごく違和感がありますが、人事担当者はそうではないので、入力間違いをしてしまうことも結構ありました。ご本人に入力してもらえることが情報収集という分野においては大事なのです。しかもそれがスマホでもパソコンでもできる、会社に出社しなくてもできるというところが、本当に大きな特徴になっています。

倉重:雇用契約の締結からスマホでできるのですね。

副島:そうです。雇用契約書を用意するに当たっても、遠方の方には、会社の印鑑を押した書類を2枚送って、「印鑑を押して1枚は返してください」ということをしていたと思います。それすらも不要になるのです。コロナで担当者がオフィスに出社することが難しい状況であっても、ご自宅で手続きや対応ができるというところが、本当に大きく変わってきたと感じます。

倉重:今回コロナの影響で在宅勤務が増加しましたから、こういうサービスを使いたいと思っている会社はすごく増えているのではないですか。

副島:そうですね。コロナを期にうちのサービスを導入することを決定して、4月1日の新卒入社のタイミングで、全部オンライン化することをジャッジされた会社さんがありました。雇用契約の締結も全部オンラインでして、200人ほどの入社手続きを全部 SmartHR でされたのです。

倉重:200人が全員クラウド上で手続きをするのですか。紙ベースでは凄い作業量になりそうですが、クラウドで処理すればとても早くなりそうですね。

副島:そのジャッジを1週間でされたところもすごいと思っています。新しいサービスを使うときに、「どういう内容で、どんなメリットがあって、どのくらいのコストか」ということをずっと考えていると、なかなか前に進みません。「今はこういう状況だから、こういうものがあるから使おう」というジャッジをして素早く導入できる会社さんは、すごく強いと感じました。

倉重:コロナ前だと抵抗感のある会社もあったのではないでしょうか。

副島:やはり今までこういうことにコストをかける、予算をかけることがなかった会社さんも多いので。人事情報も全部Excelにすると管理にコストがかかるという発想がないので、その話をどう決裁者 に上げるかで悩まれている会社さんもありしました。

倉重:そういう意味では、最近はだいぶ説明しやすくなりましたね。

副島:そうです。コロナという状況が後押しをしているところはあります。

倉重:工数削減という意味ではどうですか。何%ぐらい減るのでしょうか。

副島:とにかく紙作業がなくなるところが大きいです。例えばもうすぐ年末調整という日本国民の一大イベントが始まります。ここ数年で申告書が何種類も増えているのです。今は4種類ぐらいあって、すべて従業員の人数分が必要です。

倉重:えらい枚数ですね。

副島:ですので、その「従業員数×紙の種類」が完全に削減されます。例えば、うちのお客さまに1万9,000名ぐらいの従業員さんを抱えた会社があります。そこだけで2万人弱×種類の紙が削減されました。それを積み上げると「ビルの何階分ですか」というような数になります。

倉重:年単位でいうと、本当に10万、100万単位の紙の削減になりますね。

副島:全国に従業員さんがいる場合、申告書をご自宅に郵送して、それを本社に送り返していただくために、郵送費などもかかっていたと思います。それがなくなるので、コスト削減にも非常に関わってきます。

(つづく)

対談協力:副島 智子(そえじま ともこ)

株式会社SmartHR 執行役員・SmartHR 人事労務 研究所 所長

20人未満のIT系ベンチャーや数千人規模の製薬会社、外食企業など、さまざまな規模・業種の会社で15年以上の人事労務の経験を持つ。2016年にSmartHRにジョイン。従業員、労務担当者、経営者の3つの視点を持ち、SmartHRのペーパーレス年末調整機能の企画、電子証明書取得方法の解説など、メンドウで難しいものをわかりやすくカンタンにしてユーザーに届けることを得意とする。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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