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社員をフリーランス化!?タニタ流働き方革命【谷田千里×倉重公太朗】その2(全3回)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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今回のゲストの一人は、株式会社タニタで「日本活性化プロジェクト」に参画し、フリーランスとして業務委託契約を結んで同社の仕事をしている久保彬子さんです。彼女がタニタの正社員をやめ、フリーランスになろうと思った理由は何でしょうか? その理由をうかがうと、手厚い支援体制で個人のキャリア形成と自立をうながす、タニタの長期的な狙いが見えてきました。

<ポイント>

・フリーランス化で収入アップは望めるのか?

・営業職や総務でもフリーランスになれる!

・正社員が安定しているというのは「まやかし」

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■「タニタが好きな人ほど応募する」理由とは?

倉重:この仕組みを利用して、実際に収入が増えた方もいらっしゃるわけですよね。

谷田:もちろん。本に書いてあるとおりです。

倉重:収入が100万、200万増えたという人がいると書かれていました。

久保さんは増えましたか?

実際にフリーランス化した久保氏(写真左)
実際にフリーランス化した久保氏(写真左)

久保:増えました。

倉重:独立して新しく追加されたものは、どういう業務ですか。

久保:私の場合はもともとずっと営業部にいたのですが、独立したタイミングで部署の異動があったので、少し業務内容が変わったという事情があります。

倉重:なぜこの仕組みに応募しようと思ったのですか。

久保:1つは、「定年に縛られて働きたくない」という思いです。

70、75歳ぐらいまで、私たちの年代の時には働くかもしれません。

「元気なうちはどんどん働きたい」ということが理由の1つです。

それに加えて、1つの企業だけではなく、複数の企業から収入源を得たいと思いましたし、プロジェクトやコミュニティーを動かすことにも興味があったのです。

私はタニタが好きで、「日本の中でこんなに健康のことを考えている企業は他にない」と思っています。

倉重:久保さんは、「タニタが好きな人ほど応募している仕組みだ」とおっしゃっていましたが、その心は?

久保:自分が好きな会社に雇われて働くより、対等なパートナーとして付き合っていきたいと思いました。

独立すれば、副業という枠を超えてタニタ以外の仕事を請け負えるので、私自身のスキルアップにもつながります。

その知識やスキルをタニタに還元できるのです。

(タニタと他社を)行ったり来たりするような形が取れることが非常に良いと思います。

だからこそタニタが好きな人ほど、独立しているような印象がありますね。

倉重:まだ「副業解禁」と言っている会社も多いですが、もう働き方がそういう次元ではないですよね。

田代:あえて「外」と表現しますが、外でした仕事の知識や経験を社内に還元したいという思いがすごく強くなります。

そうすると、社長がおっしゃった「転職する」という選択肢がなくなりますよね。

久保:そうですね。

田代:私の場合、前職の会社の人事異動が頻繁だったので、「このへんで自分のキャリアを決めたい」「いろいろなところと関わりたい」と思って独立しました。

倉重:終身雇用が約束され、会社から与えられた業務をずっとこなしていれば幸せな時代があったわけです。

今はトヨタの社長も経団連の会長も「終身雇用は難しい」と言っています。

先が読みづらい世の中で、一個人としてどうあるべきなのか。

言われたことに従っているだけで本当に幸せになるのだろうか。

それは自分で真剣に考えるべきです。

タニタの仕組みは、自立とキャリア形成を後押ししてくれるものだと感じています。

谷田:後押しの話でいうと、「タニタ共栄会」は、独立したばかりで個人の信用が低い間、ここでお金をためて信用問題を解決しようと思ってつくりました。

倉重:フリーランスは住宅ローンがネックだと書かれていましたね。

谷田:そうです。

「もし共栄会が1億円持っていて、個人保証を出せれば、住宅ローンも組むことができるのではないか」と考えました。

まだ道半ばではありますが、そういう気持ちで始めたものです。

先ほどのコピーの話に戻ると、いちいち「コピーを使ったので、精算します」と言って、経理処理に回すことが正直面倒だという理由もあります。

さらに、「セキュリティーがありますから社屋には入れません。入館書類を書いてください」ということをしていたら、経理や総務の手間が増えて、煩雑になります。

保護するだけでなく、手間を省くためにしたというのも理由の一つです。

■雇用契約を3年にすることで双方に生まれるメリット

倉重:雇用契約を3年ずつ更新する理由は何でしょうか。

谷田:「3年保護している」という見方もあるのかもしれませんが、それは個人事業主からの見方です。

3年ごとのスライドで契約しますので、仮に個人事業主が始めて1年で「もう嫌だ」と言ったときでも、最低で2年間は残ります。

それが手厚いという見方なのでしょうけれども、経営者から見ると逆なのです。

私たちとしては、ものすごく優秀な人には会社に残ってほしいと思っています。

もし、フリーランス化した元社員に、「年収10倍で」というオファーが来たとしても、今委託している業務をいきなり放り出されるのは困るのです。

倉重:なるほど。こちらの仕事にも穴が開いてしまいますね。

谷田:経営側から見て、「期間があと2年残っているので、もしこの契約を更新しないのなら、後任の人間をつけるので、2年間その人にあなたの能力を移管する仕事をしてください」とお願いすることができます。

優秀だからこそ、この仕組みを利用してもらっているので。

保護というよりも、経営者からの視点からするとリスクヘッジの面があります。

うがった見方をする人は「元従業員だから、手厚い3年契約にしているのでしょう」と言いますが、全然違います。

「辞めたいです」と言われたときに、何とか後任にスキル・トランスファーをしてもらえるのではないかという合理的な判断のもと、毎回3年で更新しているのです。

倉重:毎回3年契約なのですか。

谷田:はい、それが基本形です。

何らかの理由で契約を更新しないことになっても、2年間は残ります。

倉重:「3年に1回更新」ではなく、「毎年3年契約を更新」ということですね。

谷田:1年ごとに契約内容を更新するというのがみそなのです。

そこは誤解される方が多いです。

もし「契約更新しません」と言われても、必ず2年間は残ります。

会社としてはスキル・トランスファーが担保されていますし、個人事業主から見ても、いきなり「来年は更新しません」と12月31日に言われたら大変苦しみます。

そういうことがないのはお互いにメリットだと思います。

倉重:今のところ更新を拒否した人はいないということですね。

谷田:仮に契約を終えるとしても、発展的解消だととらえています。

この本にも載っていますが、「外資系にステップアップしたい」という方がいました。

先ほど久保が言ってくれたように、対等の関係になるためにしている仕組みです。

タニタが嫌いで辞めるのではなく「もっと上のところに挑戦してみたい」ということですから、気持ちよく送り出しました。

その代わり、その方に言ったのは「会社の経営状態が悪くなったり、自分が社長として失敗したりしたら、手を貸してほしい。そのときのために、どんどんステップアップしてくれ」ということです。

倉重:実際にステップアップしたり、タニタ以外からも仕事をたくさん受けたりする方が既にいらっしゃるわけですか。

谷田:そうですね。「ほかの仕事も受けているな」というのは、見えてきています。

■営業職や総務でもフリーランスになれる

倉重:久保さんはフリーランスになられてから、ほかからの仕事の引き合いはいかがですか。

久保:この2年間くらいは、タニタの仕事のボリュームがかなり大きかったので、それにかかりきりでしたが、最初の1年目にはタニタ以外の仕事もしていました。

倉重:社外ではどういう仕事がありましたか?

久保:社外の仕事は、いわゆるベンチャー企業の営業です。

違う会社の営業の仕事をしてみたかったので、一時業務委託でやらせていただきました。

倉重:人事や会計など、専門性があるようなものならまだイメージできますが、営業職でもフリーランスに馴染むのでしょうか?

久保:そうですね。人事やデザイナーのような専門職でないとフリーランスは難しいかなというイメージはあると思います。

これからは私のように、もともとは営業職や企画職だったという人でも、フリーランスとなって複数社と契約をして仕事をする人が増えていくのではないかという気がしています。

それを今自分で試してみているところです。

谷田:例えば、「総務部長という役目を業務委託します」というだけのことなのですが、今の一般的な見方では、8割方「総務の仕事は外部には出せません」と言われます。

田代:思考停止していますね。

総務も、例えば「株主総会のノウハウを他社に教える」などいろいろな仕事があるのです。総務にも営業にも、いろいろな職種に自分でしかない価値があります。

倉重:「健保組合の運営をします」とか、いろいろありそうですね。

田代:ええ、何でもありなので、どんな仕事でも業務委託できると思います。

倉重:会社の業務で「馴染まない」ことはあるのでしょうか。

常にそこにいて、指揮命令が必要なもの以外は大丈夫ですか。

田代:そう思います。

倉重:なるほど。実際に独立してからのコスト意識は変わりましたか。

久保:変わりますね。

今は会社で使う備品などは、タニタ共栄会にまとめて支払ってもらっていますが、自分が何にいくらお金を使っているのかという意識は会社員の時とは全然違います。

倉重:飲み代も経費になり得ますか?

久保:そうですね。人脈作りというか、ゆくゆくは一緒に仕事をしていきたい人と知り合って顔をつないでいくという意味では、先行投資でもあります。

■「正社員が安心」の時代は終わった

倉重:若い社員の方の反応などはいかがですか。

労働時間の上限規制などがあると、いろいろな会社で「もっと働きたいのに」という不満が上がっているようです。

とくに研究者などはそうです。

会社に入ってやる気になっている人が、この数年は残業規制も頭を悩ませています。

谷田:どうもフィードバックが首切りのほうに行っているかなと思っています。

倉重:社内の人からそういうふうに見られてしまうのですか?

谷田:この仕組みは、冷静に考えると、常に2年間の雇用契約が残っているようなものです。

仮に会社が傾いたときに、人員削減のために「再就職支援サービス」などを利用して従業員をどこかの転職サービス会社に頼んだとしたら、たぶん100万もかかりません。

倉重:60万ぐらいですね。

谷田:「2年間丸々給与をお支払いします」と言って、辞めてもらうことも可能です。

その条件なら、仮に労基署に相談しても「良い会社で良かったね」と言われて終わる話だと思っています。

倉重:たくさんの解雇紛争を扱っていますが、24カ月分を出す会社はなかなか見ないです。仮に首切り目的だったとしても、これは相当払っています。

谷田:そもそも首にするつもりはないのですが。

弊社の正社員で勉強されていない方に言いたいのは、

「この条件ならいつでも辞めさせられますので、正社員が安定しているとか、安全というのはまやかしです」

ということをよく理解してくださいということです。

倉重:終身雇用幻想というか、昭和の時代は1社にずっと勤め上げることがいいことだという価値観でした。

今はその保証がどこにあるのかという時代です。

1社しか知らないで50歳まで働いたときに、その会社がなくなったら就労はどうするのですか。そちらのほうがむしろ不安定です。

むしろリスクを分散して、いろいろな会社から仕事が受けられるような力を皆がつけるべきだと思います。

谷田:それが私の主張です。勉強されない方々は、「正社員は絶対に辞めさせられないから」と盲目的に信じているようです。どこの誰から聞いたのかと不思議に思います。

倉重:それも思考停止なのですね。そのほうが楽なのです。

仕事を与えられて言われたことだけやっていれば、自分で考えなくても構いません。それでは不安定になる時代に入って来たなと思います。

そういうことを言うと、「首切りだ」「ブラック」だとすぐ言われてしまいますが、「これはおかしいだろう」ということを、ずっと表に立って話しています。

タニタさんのような企業や久保さんのように働く人が1人でも増えていかないといけません。

そういう意味では、若い人にもっと伝えていきたいと思います。

これを適用している一番若い人は何歳ぐらいですか。

谷田:最近だと、29歳がいます。

倉重:20代の方がいらっしゃるのですか。

一番多い世代は何歳くらいでしょうか。

谷田:年齢層だけで言うと、30代、40代、50代ですかね。

倉重:本にも書いていましたが、ライフスタイルによって、あるいはライフステージによって、「働く」というものに対する向き合い方が年齢によって変わってきます。

それを自分で決めるのもまた大事だと思うのです。

結婚するかどうかの時期、子育ての時期、介護の時期などいろいろありますね。仕事をそれで完全に辞めてしまうのはもったいないことです。

何らかの方法で社会につながっているとまた戻るのも容易です。

こういう仕組みがもっと広がったらと思いますよね、田代先生。

田代:個人としても、普通の感覚なら、到底独立などはできません。

だから御社と同じような方法で、私は独立したわけなのです。

倉重:この仕組みを作るにあたっては、相当に法的なご検討もされたと思います。

若い人に適用する場合に、ローンをどうするかというのは悩ましいですね。

先ほどの「個人保証に協力します」という形で協力してくれる銀行さんをこちらで募集しておきましょう。

銀行でも、今貸すところを探しているわけですから、「タニタ共栄会がバックアップしています」という話であればいいと思います。

そういうふうに踏み出す銀行さんのご連絡をお待ちしています。

谷田:よろしくお願いします。

(つづく)

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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