2020年版「私たちはなぜ働くのか」~山口周×倉重公太朗 新春特別対談その2~

山口:前回は、自分の仕事は自分で見つけるという話をしました。それともう一つ、今度は会社側からの話でいうと、労働時間を圧縮するのは、労働の量の問題なのですが、労働の質に関する議論が抜け落ちていると思うのです。それは端的にいうと、仕事に意味をつくってあげる、会社に意味をつくってあげることなのですが、何度も出ますが、他の会社と同じようなものを作って、代わり映えもしないけれども多少安いといっていて、それはなぜ安くできるのですかというと、うちの会社は社員の給料を安くしていますと、それはおかしいという話なのです。先ほどの話につながるのですが、要らない会社が多すぎるということで、一部にでも、僕が素晴らしいと思っている会社に、所沢の郊外にある石坂産業という産業廃棄物の処理業者があるのです。

倉重:女性社長のところですね。

山口:そうです。あの会社は世の中的にいうと、産業廃棄物の処理業者なのですが、非常に今就職したいという大卒の子が来たりしていて、普通に考えると、あり得ない状況なのです。

倉重:産廃業は、不人気職種ですからね。

山口:石坂産業の石坂さんが何を言っているかというと、ごみの問題は待ったなしだと。ですから、地球を救おうと思ったら、ごみのリサイクル100%というのはもちろん必要ですが、ごみを資源にするという逆転の発想が要るといって、その研究をやっているのです。だから彼らの会社が目指しているところは、ごみを資源にし、世の中からごみをなくすということをいっていて、それは産業廃棄物の処理業者という仕事の位置付け、意味付けと、世の中からごみをなくす仕事という地球環境をサステナブルな状態にするというミッションを背負って研究をしていますだと、セクシーさが全然違うわけです。

倉重:そこにストーリーがありますね。

山口:そういう意味付けができれば、そこに人も集まってくるし、100年後の自分たちの子どもたち、孫たちの世代のために、より経済がサステナブルに回っていくためのコアになるインフラをつくっていくというのは、研究が好きな人に取ってみれば、仕事をさせろという気になるわけです。土日は仕事をするなと言われても、土日に仕事をしないと、ミッションの達成が遅れるでしょうと考えてしまうと思うのです。だから、夢中になっている人は土日も使って仕事をしたいわけで、それは労働の量の問題ではなく、質的な問題が担保されれば、喜んで働いて、それでうつ病になるということもないと思うのです。

ですから、夢中になれるかどうかというテーマやビジョンを与えるというのは、企業の経営者やリーダーの仕事だと思うのですが、そういったところがないがしろにされたまま、人事にお任せで残業時間を減らせと言っているわけです。

本来、仕事の質の問題を解決するはずの働き方改革というのは、まず経営者である社長が自分の会社に意味をきちんとつくらなければいけなくて、その上で適切な量に管理できれば、職場としては理想的です。やりがいを感じられて、プライベートの時間もある程度確保できていてということだと思うのです。

ですから、全労働時間を見たときの、いわゆるくそ仕事、世の中にあってもなくてもどうでもいい製品を作っています、サービスをやっていますと。そのくそ仕事の比率と、本当の意味があるジョブの比率を見たときに、8割対2割で8割はくそ仕事ですと。専務を説得するための書類を徹夜で作っていますというような、「専務がこの間ぼそっと言ったあれに対応する書類を作れ」のような、当の専務に出したら、「俺はそんなこと言ったかな」ということはあるあるではないですか。くそ仕事の比率と全体の量の比率と、質の部分でのくそ仕事をどんどん減らしていくということをやれば、むしろ労働の総量は変わらなくても、全然問題はなくなると思うのです。

今の量と今の質の掛け算に問題があるので、両方からアプローチをしないといけなくて、特に質の問題についていうと、仕事を選ぶ側のシビアさ、この仕事に何の意味があって、どのようなやりがいがあって、どういう成長ができて、それに対してどういう経済的なリターンを振れるのかというある種の見極めの選球眼が甘いと思うのです。

倉重:これは日本の教育にも原因があるのかなと思うのです。大学までずっとテストテストで、いい成績を取れば、いい中学や高校、大学に行けて、先生たちはいい会社に入れと言うけれども、実際に入ってみたら、それが合うかどうかも分からないですし。

山口:全くそうです。だから、今のはどちらかというと、特に有名大卒というか、ある程度優秀な成績で大学を卒業した人にとって一番のインデックスとは、会社のブランドや規模、安定のようなものになっていると思うのですが、三洋電機だってつぶれましたからね。あれは6万人いた会社です。今、パナソニックは、家電事業の営業利益率は2%を切っているのではないかと思います。そろそろ戦艦大和が45度くらいに傾いているような、ボーッという感じで、もうみんな飛び込んでいますよ。

倉重:誰も、将来、トヨタですら危機感を持って、今後どうなるか分からないと社長もおっしゃるような時代ですから、どこの会社に入ったからどうだという時代ではないし、それまで自分で見極めろということを教わらないで、急に社会に出たらやらなければいけなくなるという、これが怖いですね。美意識もそうですが、こういう感覚はどうやって鍛えたらいいのですか。

山口:個人がですか。

倉重:そうです。個人レベルでです。何となくみんなが持っているものだと思うのですが、より意識して鍛えるためには、どうしたらいいかと思って。これは山口さんの本を読んでいて思ったんですが。

山口:一応科学的には、不確実性に対する耐性というのは、遺伝子レベルである程度決まってしまっているのです。

倉重:そうなのですか。

山口:はい。僕は随分組織のコンサルをやっていたので、アセスメントというのがあるのです。アセスメントを受けると、その人のパーソナリティーの部分が分かって、あるいは上司がこの子のパーソナリティーはと分かるわけです。例えば、みんなリーダーになれと言われるわけですが、自分が決めて人にあれこれ指図をしてリーダーシップを取るのがすごく好きという人と、そういうのがものすごく嫌いという人がいるのです。分散で見てみると、統計的な分散があって、大変優秀だけれども、リーダーシップを取るのが大嫌いというタイプもいるのです。

倉重:それをやりたい人もいる。

山口:そういう優秀な人で、人事からぼんと大プロジェクトのリーダーなどに就けると倒れてしまうのです。壊れてしまうのです。だから、ある程度そういうパーソナリティーがあって、そういう項目が幾つかあるのですが、その一つの項目に、不確実な状況に対して大好きという人しか、耐性がないでしょう。不確実性が楽しいという人と、すごく嫌だというタイプがいるのです。これはもちろんグローバルにアメリカ人にもイタリア人にも、几帳面でなければ嫌だとか、なぜみんなは時間通りにこないのだという人がいるわけです。そういう分散があって、平均値がどこの位置にあるかというのは、民族差があるのですが、日本は不確実性を嫌うという人のほうが多いのです。

倉重:実直勤勉、1分の時間も遅れないという感じですね。

山口:だから、不確実性が好きな人は、ある意味で逆にアドバンテージを持つので、みんなが不確実になると、僕のような不確実性が好きな人は、逆に言うと差別化が難しくなるのです。それはそれで、そのままでいいのではないかと思っています。

倉重:例えば学生さんや、今日来ている参加者の方など、何らかの課題観や問題意識を持っているからこそ興味があるのだと思います。

山口:あとは自分の頭で考えろということだと思います。見る、考える、動くの3つだと思うのです。世の中で、例えば昔から一番安定しているといわれた就職先は銀行ですが、今、銀行もとんでもないことになっているでしょう。

倉重:大リストラの時代ですよね。

山口:大体大卒の、それこそ倉重さんや僕が出た慶応だと、取りあえず支店長になるというのがポストの「上がり」ですが、支店はもうほとんどなくなりますからね。ほとんどなくなるはずなので、そうすると、支店長候補が窓際にいすを並べて、みんなスポーツ新聞を読んで、日がな一日過ごしているというおぞましい状況が発生するわけです。

今、僕らの同期の連中でも、この先どうなるのか、みんな会うと眉間にしわを寄せているではないですか。次の昇進の機会がラストチャンスだと、会っていると、もう嫌なのです。

倉重:山口さんの同期の方はそうおっしゃっているのですね。

山口:みんななっています。僕の電通の同期などもそうです。これはさすがに4~5年前ですけれども、次で部長がなかったら、俺はおまえらとはさようならだと言っているのです。

倉重:そのようなことを言っているのですか。

山口:言っています。眉間にしわを寄せて、全然楽しそうではないのです。

倉重:全然自分の人生を生きていないですね。

山口:生きていないです。それで、では昇進はどう決まるのとなったら、いいクライアントに当たって、その時に大ヒット商品が出て、広告費がばんと伸びるかどうかで、それは自分の能力ではないではないかと。

倉重:何にも関係ないですよね。

山口:でも、ただ単に会社の采配によって置かれた場所で、たまたま広告費がぼんと伸びるようになれば、目立って昇進ということになるのですが、全然自分の人生をコントロールできるというレバーを持っていないのです。本当に翻弄(ほんろう)されている感じなのです。小舟に乗って、かじもない、帆もないというような、わーというようなことを言っていて、おまえは来年はどうするのと、今回の人事次第だとやっているわけです。

倉重:そこも人任せなのですね。

山口:人任せというか、考えてもしようがないということなのだと思うのです。考えないものだから、何をやるのというと、来年のスコアを80台に平均ストロークをしたいと急にゴルフの話になります。

倉重:急にゴルフの(笑)。

山口:何だ、こいつらと。何を言いたいかというと、世の中をきちんと見て、自分で考えると、恐怖に打ち勝てると思うのです。月給はゼロで、僕も怖いのですが。

倉重:1人で歩いていくのは怖いですよね。

山口:怖いです。だから、電通を辞めた後は、電通に戻るという夢もよく見たのです。だから、どんなに強がっていても、つぶれないという会社にいて、仲間がいて、何となくそれなりにまったりやっていけるし、大きな会社で、すごく温かいコミュニティーなのです。倉重さんは最初から弁護士だから、そういう感覚は無いかもしれませんが、大きな会社はいいのですよ。

倉重:同じ釜の飯を食うというやつですね。

山口:そこからどんどん船を小さくしていって、いまや裸で泳いでいるのです。サメが来ると、なかなか怖いのですが、恐怖に打ち勝つのは戦略だと僕は思っていて、どんなに怖かったり、不安定だと思っていても、確率的にこちらのほうが絶対に正しいと思っていると、粘れるし、自分の感情で大きな判断をしてしまうことはないと思うのです。

例えば、僕は15年くらい前、本を出す前に、今の状態にしたいと思ったのです。30代の半ばに、どう考えてもコンサルティング会社でパートナーになるだけで終わるのは嫌だと思って、もっといろいろな広がりのある仕事で、広がりのある人といろいろなことをやっていきたいと思っていて、そのゴールがありますと。それは自分の人生のビジョンなのですが、茂木健一郎さんのような人が僕の理想だったので、あのようになりたいと思っていました。

ですから、一応本業もあるけれども、いろいろなところでいろいろな人と多様な仕事をやっている。その状態に持っていこうと思うと、そこから一つ一つ、将棋の逆指しのような、詰む状態をつくるためにどうしているか。そうすると、まず本を書かないことにはどうしようもない、本を書くことだと思ったのです。本を書くことで、本がきっかけになっていろいろなところに人をつなげてくれるだろうと。それは何人かの僕の知っている先輩で、本を出すと人生が変わると言っていた人がいて、本を書くことだと。本を書きませんかと言われたときに本を書き始めても、多分書けないので、本を書こうと言われたときに、まさに打席に立てと言われて160キロの球を投げられた瞬間に、場外ホームランを打てないと駄目だと思ったのです。

ということは、今から書き始めて、自分の中でも選りすぐりの原稿を作っておこうと思ったのです。書いたものでいいものができたと思ったら、ブログに載せました。でも、5年くらい何も起きなかったのです。何も起きなかったのですが、戦略としては絶対正しいと信じていたので、ずっとやっていたのです。でもつらいのです。1週間に1回、必ず何かを書いてブログに出すのです。それなりに忙しかったけれども、自分の人生のゴールがそこに見えていたので、戦略的には、それをやるしかない。やめるのなら、他の方法論、もっと筋のいい他の方法論があると、そこにリプレイするというのなら分かるけれども、ただ単にやめて悩むというのは、悩むのは時間の無駄ではないですか。

倉重:それをずっと続けられたのは凄いことです。継続的に何か動くこと、本当に大事ですね。

山口:何かをやっていないといけないので。だから、それは相当つらかったですし、このようなことをやっていて、本当に俺の人生は意味があるのかと正直思っていたのです。

倉重:そのように思っていた時代があるのですね。

山口:随分ありました。長く続きましたけれども、ただ、それ以外に戦略としてはないというか、それ以外にないということではないですが、絶対に正しいと思っていたのです。

倉重:よくそこを信じ抜きましたね。

山口:これも一つの事例というか、ケーススタディなのですが、漫画のときわ荘というのがあるではないですか。手塚治虫が一番親分でいて、あとは石ノ森章太郎や赤塚不二夫、藤子不二雄のような人たちがいて、昔読んだ本で、手塚治虫は大スターですと。若手の漫画家の中で一番先に花が出たのが石ノ森章太郎なのです。あとはみんな結構売れっ子になっているときに、非常に出遅れていたのが赤塚不二夫だったのです。

僕がすごくいいエピソードだと思ったのは、本人の仕事がなくて空きが出たとき、頼まれて原稿を描いていて、最初は『りぼん』という少女漫画を描いていたのです。赤塚不二夫は少女漫画でデビューしているのです。少女漫画の連載に穴が開いたので、誰か描いてくれないかというので描いたり、頼まれて描いていたのだけれども、本人はギャグ漫画をやりたいと思っていたのです。

でも、ギャグ漫画を描きませんかというチャンスが来てから描くのではなく、頼まれてもいないのに、本当にギャグ漫画を描きまくっていたのです。それは石ノ森章太郎などが読んで、非常に面白いと思っていて、こいつは天才だと。少女漫画などをやらせているより、絶対にギャグ漫画のほうがいいと思ったときに、ある少年雑誌でまた原稿が落ちたときに、石ノ森章太郎に描いてくれと来たけれども、石ノ森章太郎が即座に赤塚不二夫に頼めと。

編集者は「あの人は少女漫画の人でしょう」といったのが、あいつは少女漫画を食うために描いているだけで、あいつの描くギャグ漫画は大変面白いというので出てきたのが、『おそ松くん』の原型なのです。行ったら、どれがいいですかとブワーッと並べて見せるわけです。

倉重:書きためて置いて、一気に見せて、「こんなにあるのですか」となるわけですね。

山口:そこから1年で大ヒット漫画家になるのですが、最初の連載の1年というのは、ためているものがあるから。

倉重:余裕がありますね。

山口:これは松任谷由実のデビューアルバムもそうなのですが、デビューアルバムは大体傑作なのです。なぜかというと、例えば松任谷由実は17歳のデビューですが、それまで17年間書きためていたものを全部そこに出すわけではないですか。

倉重:確かに、厳選されたものを。

山口:それで売れたといって、次のアルバムを3年後に出すと、今度は3年間しかないわけです。だから最初の打席は非常に大事なのです。その最初の打席を与えられた瞬間に、そういう打席が来たから書き始めますというのでは、下手をすると1年しかないわけです。でも、デビューできるかどうか分からないけれども、ずっと書き続けてきた、その蓄積が最初の打席で場外ホームランを打てるかどうかを決めるとずっと思っていたので、最初の本を書きませんかというタイミングのときに、10本くらいは書けるような蓄積を自分の中に作っておこうと思ったので、非常に勉強をしていましたし、書きまくっていました。

倉重:では、ブログでためまくって、その中から良かったものを。

山口:今本になっていない原稿もかなりあるのです。まだ3~4冊分あります。

倉重:それは5年間ほどブログを書かれていて、どこからかついに声が掛かったわけですか。

山口:そうです。最初にダイヤモンドからブログが面白いと、このブログをネタにして本を書きましょうというので、ああいうのは面白くて、声が掛かるタイミングでババババババッと来るのです。

倉重:一斉にですね。

山口:でも、その時に書きためていたのが1~2冊分だと、1冊はそこそこいいのが出るけれども、2冊目、3冊目はどんどんクオリティーが下がっていって、よくありますよね。似たような同じようなことを書き回しているだけになって、4~5年たつと世の中から消えていく人が多いのです。だから、それは怖いとか不安だと思っていましたが、僕は経営戦略をつくるのが専門だったので、誰よりも自分の戦略を考えました。

倉重:正に、自分のコンサルをして。

山口:自分をコンサルしました。戦略があると、怖くても耐えられるので、顧客企業もそうです。この方針でいっていて、山口さん、なかなか跳ねないのだけれどもと、これ以外にないから、絶対に正しいですから、あと半年耐えてくださいというわけです。そうしているうちに回り始めたりするので、そこは怖さに、世の中でいわれているからとか、親が安心なほうがいいと言っているなど、要するに自分の頭で考えないで、世の中でふわふわしているよくいわれていることにみんな毒されているので、そこから離れようと思ったら、世の中の状態をきちんと見て、世の中から集めた情報に基づいて、きちんと自分でストラテジーを立てて、こういうところに持っていくと自分の強みが生きるという。あとは強み、弱みは人によりますからね。

倉重:そうですね。でも、5年間信じ抜いたというのは、すごいと思います。

対談協力:山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作者・パブリックスピーカー

1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て、組織開発・人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループに参画。現在、同社のシニア・クライアント・パートナー。専門はイノベーション、組織開発、人材/リーダーシップ育成。株式会社モバイルファクトリー社外取締役。一橋大学経営管理研究科非常勤講師。『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術』(KADOKAWA)、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?─経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(ダイヤモンド社)、「ニュータイプの時代」(ダイヤモンド社)など、著書多数。