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【田代英治×倉重公太朗】「プロサラリーマン」第2回(社外人事部長のメリット・デメリット)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

倉重:さて、実際に会社を退職して、フリーランスの社外人事部という形で前職の会社と関わるようになり、人事コンサルタントとして実際にやってみて、フリーランスのメリット、デメリットはどういう点がありますか ?

田代:メリットは、一番大きいのは、自分の価値観で仕事ができるということです。

 サラリーマンですと、やっぱり自分の価値観に合致せず、やりたくない仕事までやらなければならないとか、合わない上司の下で働くとかいろいろあります。フリーランスだと、もう自分が全て責任を負って、自分の裁量で仕事ができるので、その点は非常に魅力的ですね。

倉重:あとは、異動がないとか、出世を気にしないというのも、仰っていましたよね。

田代:そうですね。もう異動がないということで、この人事の仕事にエネルギーを集中できます。そして、勉強もそこに集中してやればいいわけで、学習意欲もわきますね。

他に異動するという可能性があると、今はこの人事のセクションで人事の勉強をしているんだけれども、ひょっとしたらこれは先に活かされないかもしれないから、あまり勉強してもどうかなというふうにも思うかもしれません。独立すれば、もうそういう懸念もなくなったので、その人事の道でどんどんブラッシュアップしていこうと学習意欲がわきますので、それもメリットかなと思います。

倉重:一方で、そのメリットを享受するためには、それ相応の責任というか、リスクも当然付き物ですよね。

田代:そうですね。けれども、リスクは会社に残っていてもリスクはあるでしょう。そもそも会社がそのままずっと存続するかどうかわかりませんし、残ってもリスクはあると思います。確かに独立していない人から見ると、独立は、リスクの大きい働き方というふうに見えるかもしれないけれども、フリーランスとして1人でやっていくくらいの働き方は、やり方を間違わなければ、誰でもできるんじゃないかなというぐらいには思っています。

倉重:要するに、リスクの捉え方として、じゃあ会社にいるということ、会社に正社員として残るというのは、これはリスクがゼロなのかと、そういう話ですよね。

まさに今、世の中というのは、大きくテクノロジーなどにより変革されていく中で、この会社が10年後、20年後にあるんだろうかというのが根本ですね。

また、会社が仮にあったとしても、自分の居場所はあるんだろうかと。こういうリスクは、おそらく誰にとっても関係してくる話の中で、やはり「しがみつく」とか、「なんとか現状を維持する」ということが、逆にリスクという場合もあるということですね。

田代:そうですね。ですから、自分で自分の道を行くほうが、変化に対して柔軟に対応できるでしょうし、自分でいろいろな流れを把握しながらやっていくほうが、むしろリスクが少ないんじゃないかなと思います。会社に身を任しているほうが、ひょっとしたら、会社もとんでもない方向に進んでいるかもしれないし、余計にリスクがあるんじゃないかなというふうに思います。

倉重:あと、もう田代さんの場合は、退職した会社との付き合い方というのが、また独特ですよね。独立後も、ずっとクライアントとして関わり続けるという。

田代:はい。もう13年になりますけれども、最初は独立した直後は、それまで人事でやってきたことを、そのまま独立しても続けていたという感じでした。13年間、毎年、契約更新のタイミングがあるんですけれども、正直、最初はびくびくしていました。

倉重:そう、契約を打ち切られるんじゃないかと不安になるわけですね。

田代:そういう緊張感がありました

 その後、自分も独立した直後の自分ではなくて、13年間人事コンサルタントとして経験し、蓄積したものがあるので、それをどう還元するかと、どう自分の価値をどのようにその元の会社に伝えるか、与えるかというのを、ものすごく考えるようになりました。

 ですから、社内のセミナーなども、私が講師としてやったりとか、今はハラスメントの相談窓口も担当したりしているんですけれども、それも独立した立場の人間として、それなりのスキルを持った人間として請けたりもしています。独立して13年間の中で、自分の役割も、少しずつ変わってきていると感じています。

倉重:でも、前の会社さんも、すごく寛大ですよね。普通、会社の提示した異動に従わないで、「辞めます」なんて言ったら、「じゃあ、もうおまえは関係ない」と、「もうさよならだ」というふうな対応をされちゃう会社は、結構多いのかなと思うんですけれども。

田代:多いですね。私が聞いた範囲でも、もしその会社(大手運送業)で、自分の部下が私のように会社を辞めて業務委託契約で「残りたい」なんて言ったら、もう「辞める」という言葉が出た瞬間に、「この人はもう村から出て行く人なんだ」というふうに捉えられて、「はい、さよなら」みたいな感じになるそうです。

だから「田代さんの会社のような事例は、なかなかないんじゃないの」というふうに言われたことがあり、あの先進企業でも、そうなのかということで、元の会社のありがたさを感じるとともに、世の中はまだまだ壁が高いんだなというのを感じましたね。

倉重:ただ、それは前の会社が特殊だという話でしかないのか、今後とも他の企業は、変わらなくていいのかという話だと思うんですよね。

 まして今後は、ますますいろいろな制約というのが、いろいろ日本人にかかってくるわけです。労働力人口減少、介護問題、育児もそうですし。あるいは、田舎に帰るとか移住するというのもありますし、そもそも働くということをどこまでコミットしていくのかという価値観は人それぞれという中で、かつテクノロジーによって、いつでもどこでも働けると、こういうのが進歩した中で、会社としても、必ずしも総合職正社員として残るだけが、働いてもらう在り方ではないと思うんですよね。

業務委託、フリーランスという関わり方は、当然あっていいんじゃないかと思います。そういうふうに会社の意識も変わってくれないかなと、田代さんからして思いませんか?

田代:思います。業務委託という選択肢があるんだという、それを使うかどうかは別として、選択肢の1つとして、それをもうちょっと考えてもらったらどうかなと思います。

倉重:会社としてのメリット、つまり使う側として、業務委託を活用するメリットとしてはどういう点が挙げられますか?

田代:使う側としては、例えば私のケースで言うと、内部のことを知っている、外部の人間という、一番価値が提供できる存在を利用できるということです。

倉重:やっぱりずっと人事の仕事をしていますからね。他の人事部員は異動で居なくなってしまいますしね。

田代:はい。その会社のことは、もう大体分かっているし、それなりの知識やスキルを有してということで、この人材を外に出してしまっていいのかと。その人材を、ずっとじゃなくても必要なときに必要なだけ活用すると。だから、雇うんじゃなくて使用するという感じじゃないですかね。

倉重:必要な分だけ使うと?

田代:そうです。

倉重:そうすると、人事の人というのは、多くの会社ではローテーションになっていて、何年かで入れ替わってしまうわけですから、10年、20年前のことを、どうしてこの制度はこうできたんだっけとか、そういうことを知っているのは、むしろ田代さんだけみたいなところがあるわけですよね。

田代:そうですね。まさにその価値は高いと思います。多くの会社は、そんなにきちんと引き継ぎができているわけじゃないし、細かいところまで引き継ぐのは難しいと思います。それをある人間がずっと見ていて、後進に伝えるという役割、これは大事じゃないかなと、価値があるんじゃないかなというふうに思います。

倉重:一方で、これはちょっと意地悪な質問かもしれないですけれども、私がこういうことを言うと、「また労働者を切り捨てるために、業務委託を流行らせようとしているのか」と言われたりもするわけです。

要するに、労働力の使い捨てのために、解雇とかを逃れるために、そういうことを主張するのか、みたいなことをおっしゃる方もいらっしゃるんですね。もちろん、田代さんの場合は全く違うと思うんですが、そういうご意見に対しては、どう思われますか?

田代:ですから、そういう制度をつくる目的がどうかということですよね。私の場合みたいに、個人にも会社にも両方にメリットがあるという、そういう趣旨で制度を作ってみると大きな問題じゃないと思います。あくまで本人のほうの希望があってというふうな従業員サイドにも配慮したような制度であれば、問題ないと思うのですが、ある業務を会社の都合で、一方的に一律に業務委託に切り替えるみたいなそういう、そこには本人の意思もないみたいな形だと問題が出てくるんじゃないですかね。

倉重:つまり、単に人件費、コストを削減したくて業務委託にするとか、そういう話ではなくて、やはり会社は会社で、全体最適の観点から人事異動というのを設計する訳ですよね。

 一方で、個人は個人で、個人のキャリア自律の問題がありますから、自分は人事でやっていきたいという思いがあって、それと会社の思いが、相反するわけですよね。

 そういうときに、この両方を合致させるというか、会社も立てつつ自分の意思を貫くというやり方として、田代さんはそのフリーランスの道を選んだということですね。

 会社としても、田代さんの想いがある中で、田代さんが完全に居なくなってしまうよりも、フリーランスとして残り続ける方がメリットだということですね。

田代:そうですね。やっぱり会社の不安なところは、おそらくフリーランス的な働き方をさせてしまうと、外部の仕事、全く違う会社の仕事もしているわけだから、情報が漏れるんじゃないかとか、なんか不利益ことがいろいろなところで出てくるんじゃないかというのを恐れているかもしれません。でも、私のような形で独立した人間というのは、自分の意思を尊重してもらい、独立させてもらったというその思いもあるので、その懸念はまずないと思います。

倉重:恩がありますから裏切ることはできないですよね。

田代:恩があります。情報漏えいして、会社に迷惑を掛けるようなことは、プロフェッショナルとして絶対にあり得ません。むしろこの会社に対して、どう貢献したいかという思いのほうが高まっていくはずなので、やってみるといい結果が出るんじゃないかなと思うんですよね。

倉重:むしろ従業員当時より、エンゲージメントが高まってるんじゃないですか?

田代:エンゲージメントが高まっています。外部のコンサルタントして、客観的に見て、「今、ここはちょっとまずいよ」みたいなこともアドバイスできるし、いろいろな意味で、前よりも、変な話ですが愛社精神が高まったというか、そういうのはあるんですよね 。

(第3回へ続く)

対談協力:田代 英治

社会保険労務士、株式会社田代コンサルティング 代表取締役

1961年福岡県生まれ。1985年神戸大学経営学部卒。同年川崎汽船株式会社入社。

1993年人事部へ異動。同部において人事制度改革・教育体系の抜本的改革を推進。

2005年同社を退職し、社会保険労務士田代事務所を設立。

2006年株式会社田代コンサルティングを設立し、代表取締役に就任。

人事労務分野に強く、各社の人事制度の構築・運用をはじめとして人材教育にも積極的に取り組んでいる。

豊富な実務経験に基づき、講演、執筆活動の依頼も多く、日々東奔西走の毎日を送っている。

〔主な著書〕

『ホテルの労務管理&人材マネジメント実務資料集』(総合ユニコム、2018年7月)

『企業労働法実務入門【書式編】』(共著)(日本リーダーズ協会、2016年4月)

『人事・総務・経理マンの年収を3倍にする独立術』(幻冬舎新書、2015年)

『人事部ガイド』(労働開発研究会、2014年)

『企業労働法実務入門』(共著)(日本リーダーズ協会、2014年) 他

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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