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【最終回】「これからの働き方」(労働4.0時代の若者へ)経済産業省伊藤禎則×弁護士倉重公太5

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

倉重:ありますね。ドイツでも、ちょうど今のお話で、「労働4.0」(労働のデジタル化とテクノロジー時代における労働政策のあり方)ということで打ち出して、もう大々的に新しい働き方を検討してますよね。ちょうど今度、われわれの第一東京弁護士会でもその調査に行こうと言っているんですけれども、だから、日本も働き方改革から人づくり革命とこの間からおっしゃっていて、たぶんその延長線でもその「労働4.0」的な話になっていくんだろうなと思っているんですけど。

伊藤:そうです。まったくです。だから、働く、ある意味では個人。そこで最後にセーフティーネットとなるのは、やっぱり「スキル」であったり、「生きていく力」みたいなものになるのですけど、それは教育で身に付けられると。それは、まさにリトレーニング、リカレント教育なわけです。したがって、日本の場合には6歳から大学卒業までの学校教育と、それからのいわゆる社会人での労働というのが全く分断されていたわけですよね。

典型的には、霞が関の中で、学校教育は文部省、会社に入ってからは労働省、一部経済産業省、そして定年して年金をもらう段になったら厚生省と。こういうふうに霞が関はきれいに分かれていたわけですけど、「人生100年時代」、リンダ・グラットンさんの言う「LIFE SHIFT」の時代には、これが一体化してくるわけですね。だから、この働き方改革でも、AIでも、霞が関で言うと各省庁がチームアップして今、プロジェクトチームをつくっているというのはそういう意味なわけですけれども、それと同じで、「リトレーニング」や「リカレント教育」というのも、学校教育と仕事と分断されてではなくて、やっぱりトータルパッケージで設計していかなきゃいけないんだと思います。

倉重:その人の人生のキャリアと学びというのは確実につながっていますからね。

伊藤:ということだと思います。

倉重:そういう意味では、若い世代での教育というのもすごい大事だと思っているんですけど、ちょうどその若い人に向けて何かメッセージを言ってほしいなと思っていて、というのは、私も大学でキャリアのお話をしに行くことがあるんですけど、終身雇用が崩壊して流動的になりつつある日本においても今なお、新卒の就活をやられている方のお話を聞いたりすると保守的というか、大企業に入って、あるいは公務員――あっ、伊藤さんは公務員ですね(笑)――公務員になって安定的にと。もちろんそれがやりたいんだったらいいんですけど、安定思考でそうなりたいという人がまだまだ多いなと。こういうのは実感として感じるわけですけれども、そういう学生さんとかには伊藤さんだったら何とアドバイスしています?

伊藤:安定志向であるということ自体は、私は、間違いじゃないと思います。率直に言って、やっぱり人間の本質として安定を求めてしまうというのは、これはあっていいことだと思います。

倉重:悪いことではないと。

伊藤:ただ、昔のように、大企業に入る、あるいは官庁に入るということが、先ほどの話で言うと、人生100年時代に、いわばその終着駅につながっているレールかどうか、ということなんですね。だから、レールにのっとって行くという発想自体は別に悪いことではないんだけれども、その乗ったレールが本当に終着駅にたどり着いていますか、ということなんですね。それは、今のこの構造変化の中では、大企業に入ったり、官庁に入ることが必ずしもその終着駅まで連れて行ってくれるわけじゃないということ。それはやっぱり「安定」の概念が変わってきたということなんですよね。

倉重:たぶん人によって違うんでしょうね、もう。そこに気づくべきですね。

伊藤:違ってくると思います。まさにそれがパーソナイズされているということで、そういう中では、格好いい言い方をすると、「Will」と「Can」と「Must」で考えるとやっぱり「Will」が大事で、何をしたいのか。だけど、何をしたいかだけ言っていると、それは単に言っているだけなので、その「Can」、可動域ですよね。その「Will」を支える「Can」をできるだけ増やしていこうという動きが大事だと思います。

それは大学時代もそうだし、もちろん会社に入ってからだってそれこそ学び続けで常にいろんなものを身に付けていく。それはスキルであったり、人脈であったり、経験であったり、その努力は怠らない。そういう中で、自分はこれをやっぱり成し遂げなければいけないという「Must」が出てくる。だから、「Will」があって、そのための「Can」があって「Must」があると、そういうことだと思うんですよね。

倉重:それを言うと、「いや、そう言われてもねえ、何やりたいか、そんなの分かるわけないよ」と、必ずこう言われるわけでしょう。

伊藤:まったくそうです。それは、そんなにすぐには見つからないんだと思います。したがって、「Will」は1個である必要はない。極端に言うと、それこそ「Will」と「Can」と「Must」が必ず3つそろった、その交わりの部分が見つかるまで就職できない、なんて思う必要もないのです。

倉重:まずは何か興味あるところでも何でもいいから、やってみろと。

伊藤:まずは興味のあることを自分で掘り下げてみて、やっぱりそうはいっても何かしら自分が関心あることっていうのがあるはずなんですね。

倉重:そうですね。それは人によって違いますよね。

伊藤:そこからひもといて、そのための「Can」を見つける努力をしていけば、おのずからまたさらに違う地平線が見えてきて、そういうことを繰り返しているうちに、「Will」と「Can」と「Must」が像を結んでくるということだと思います。

倉重:なるほど。確かに私が弁護士を目指していた当時、労働法をやろうなんて全く思ってなかったですからね。たまたま巡り合って、その後、はまっていくっていう感じですね。

伊藤:私もそうですよ。私も経産省に入って最初は、海外畑。もともと海外畑だったんですけれども、日米通商交渉やアジアとのEPA交渉の担当を最前線でしていて、これこそがやっぱり通産官僚の醍醐味だ、みたいなことを思ってました。

倉重:正によく目指すやつですよね、典型的な。

伊藤:今、トランプ政権と日米交渉をやるという、まさにああいうことをやっていたわけです。でも、この直近、人材政策、働き方改革、そして今はAI政策ということを担当して、自分の関心も変わってきたし、関心が変わってきたら自分が付き合う方たちも変わってきて、でも、1つ共通して言えるのは人に会うのは好きですね。もし、そういう、例えば人に会って、さっきのプロデューサー的な機能ということに自分が向いているし、自分の関心があると思えば、やっぱりそういう仕事っていうのはたくさん転がっているので、そういう、何か特定の職業とかじゃなくても、「こんなような存在になりたい」とか、「こんなような役割を果たしたい」というのでもいいと思うんですね。

倉重:なるほど。そういう意味では伊藤さんは公務員の中でもかなり自由に働かれているイメージがあるんですけれども。

伊藤:そんなことないんです(笑)。

倉重:でも、少なくとも楽しそうですね。

伊藤:楽しいです。ちなみに、でも、これは言っておかなきゃいけないことは、例えば倉重先生とこうやって対談させていただいたり、講演をしているんですね。それは自分が個人で楽しいから、自由だからやっているかというと、実はそうではなくて、これはかなり意識してやっているんです。特に人材政策の責任者になってからです。1つには、たまたま世耕経産大臣がもともとNTTの広報ご出身ということもあって、どんどん施策を広報していこうということで大臣みずから先頭に立って言っておられると。それをみんなで実践しようと。これが1つもちろんあります。でも、それ以上に感じることとして、経産省も含めた官庁の仕事のやり方って、すごく今、チャレンジを受けていて、環境の変化で、経産省は例えば自動車課とか資源エネルギー庁と、いろんなセクションごとに担当が分かれているわけですよね。ちょっと前であれば、自分が担当しているセクションについてであれば、やや不遜な言い方をすると、情報は勝手に入ってきたんです。やっぱり所管の業界が来るから。

倉重:業界の方が詣でて来くるわけですよね。

伊藤:ある意味、詣でて来たし、電話一本でいろんな情報が入ったというのが実態だと思います。ところが、そもそもこの人材政策とか働き方改革になってくると、関係所管業界といっても誰が関係業界か、それがよく分からない。

倉重:魑魅魍魎(ちみもうりょう)も多いですしね(笑)。

伊藤:魑魅魍魎も多いですし、倉重先生みたいなキーパーソンには所管業界とか言っている限りは決して会えないわけですよね。フリーランスで個人で働いている方の声を聞かずに働き方改革の設計もできないわけで、そうなったときに、一番の近道は、やっぱり「旗を掲げること」なんですよね。

倉重:こっちに行くぞ!やるぞ!ということですね。

伊藤:やるぞと。で、自分はこういうことに関心があるぞということを言うしかない。

倉重:いいですね。そうすると自然と寄ってきますもんね。

伊藤:やっぱりある意味では加速度的に情報が集まってくるんですね。したがって、あえて経産省の名前で、常に経産省の人材政策室という看板で私はいろんなメディアに出させていただいたりしていて、でも、おかげさまで本当にそれによって実感をするのは、今までの経産省の仕事のやり方では入ってこなかったような情報であったり、いろんなニーズであったりというものが実際に入ってきていると思います。

倉重:新しい時代の中の官僚の在り方ですね、それは。

伊藤:別に私だけでそれをやっているということではなくて、たぶんあらゆる領域でこれからそういうことが必要になってくるんだと思います。

倉重:何かこう、気に入った人を呼びつけてヒアリングやるだけじゃなくて、自ら情報を取りに行く姿勢がすごいですね。

伊藤:クローズな世界で審議会というのがある種の典型ですけれども、役所が考えている方向性にお墨付きをもらって法律をつくってという行政手法は、もうたぶん通用しなくなっていますね。

倉重:なるほど、行政の在り方も随分変わってきているんですね。

伊藤:変わってきているんです。

倉重:それは今後に期待が持てます!今後、他の省庁でももっと加速していく可能性もありますしね。

伊藤:と思います。

倉重:なるほど。でも、伊藤さんはその中で、たぶんそういう働き方が好きなんでしょうね。

伊藤:人に会うのは好きだと思います。

倉重:戦略にマッチしているというのもあるけれども、やっぱり楽しそうにやられているというのは、これはもう伊藤さん個人のパーソナルな部分だと思うので。

伊藤:これまたそうなんですが、さっきの若い方に対してもう1つだけ言おうとすれば、それはやっぱり労働時間の問題って大事だし、働き方改革の1つの重要なコアとなる概念ですけれども、でも、労働時間の話ばっかりしてるとちょっと思うのは「そんなにみんな働くのが嫌なんだっけ?」ということですよね。

倉重:そうなんですよ。「労働=悪」、ではあり得ないですよね。

伊藤:実は、働くこと自体は自己実現の手段なので、先ほどの「強制された労働」じゃないですけれども、もっとやっぱり働くことにワクワクしたいですよね。自分が今までは、たまたまそういう意味ではキャリアの中では、働くことに対してすごくポジティブな感覚を持ってきました。

倉重:好きな仕事をやってるから楽しいですし、これも仕事と言っていいのか分かりませんけれども、こういう対談とかもすごくワクワク楽しくやってますから、何か、こういうのが「ああ、じゃ、残業代、これ、もらえるのかな」とか言ってやってたら、たぶん全然うまくいかないだろうなと思うんですよね。

伊藤:そうだと思いますよ。

倉重:この企画とかも、だって普段もずっと考えてるし、それこそプライベートと仕事の区別もあえてあまりしてないようにしているんですけれども、それがいいか悪いかではなくて、たぶん自然とそういうふうに行動する人と、それと、「言われたことをやりますよ」、それは生き方だからどっちでもいいんだけれども、ただ、パフォーマンス差という意味では絶対これはついてきちゃうと思うんですよね。

伊藤:つくと思いますね。

倉重:また、昔の働き方だと、企業が一律に研修や教育指導して「こうやれ」とやってきた。だけど、今はもう労働時間の上限規制もあるし、ある種、企業でやるのはここまで。じゃ、あとはプライベートなりアフターファイブ的なところでどういう人に会って、あるいはまたNPOとか行ったり、副業もそうですけれども、そういう、自分でどういう生き方をしていくか、ある意味自分で決めなきゃいけない。これはあたかも手取り足取り指導してくれる高校と自分で必要単位を考えなければいけない大学の違いみたいなものかなと思ってます。

伊藤:それに近いところはありますよね。自分で決めなきゃいけないからということですよね。

倉重:それって結構不安なんですよ。私も大学1年のときはそうでしたけど、「自由にしていいよ」って言われると不安なんですよね。

伊藤:不安ですね。

倉重:でも、それはちゃんと自分自身のキャリアにとって何が必要かなというのを考えてやっていかなきゃいけない時代になってきたということでしょうね。

伊藤:実は今、子どもの学校教育の中ですらそういうことが注目されていて、「ラーニング・オーバー・エデュケーション」という言葉があるんですけど、「エデュケーション」というのはやっぱり一義的なイメージとしては、先生がいて、先生が教育する、教えると、生徒がその受け手となると。一方、「ラーニング」というのは、まさに学習者主体ですね。学ぶ人主体です。学校教育の現場ですら今そういうことが意識されているわけですけれども、ましてや、大人はもうそうなんですよね。何か与えられたものをこなすとか、与えられた仕事をやるということだけではなくて、まさにラーニングですよね。自分が何の経験をするのか、どんな学びをするのか。もちろんそれは、その中には当然今目の前にあるアサインメントをしっかりこなすということはもちろん含まれているんですけれども、じゃ、そのアサインメントをこなすことによってどんな成長の機会が自分にはあるのか。そういったことを常に意識しながら働くと。それが結果としては自分の成長につながるんだから、それはやっぱり楽しいですよね。

倉重:そうでしょう。それはたぶん、1年目だろうが、3年目だろうが、ベテランだろうが、関係ないでしょうね。

伊藤:70歳になっても、80歳になっても、それは同じだと思うんです。

倉重:そうですね、100年時代ですからね。定年ももうすぐ70歳になるでしょうし(笑)。そういう意味では、これからの働き方がどう変わるという意味では、AIの話も含めて、伊藤さん的にはどう捉えられていらっしゃいますか。

伊藤:もう一回自分の本業にちょっと戻すと、やっぱりAI、ITで、人間のエンパワーをする、オーグメンテーションを実現する、というのが私のミッションだと思っています。だから、そういう意味では、この働き方で企業の側から見れば、実は「AIが人間のためになる」ということを最も先鋭的に実現できるのは人事なんですよ。この「HRテクノロジー」を中心としたテクノロジーによって、働いている人一人ひとりが、これはもう正社員で働いている人から非正規、フリーランスで働いている人まで、すべての日本で働いている人が、自分の能力と、そして働く喜びが解き放たれるような仕組みを社会につくっていきたいというふうに思います。

倉重:いいですね。それが伊藤さんの「Will」ということですね。

伊藤:「Will」です。

倉重:ああ、いい感じの締めです。あとは人事。人事というのも今後、非常に重要なポジションであるというメッセージをお願いします。

伊藤:はい。そういう意味で、私はそういうことを考えながら、国として、働き方改革、そして、これからAI政策を担当しているんですけれども、企業の中ではもちろん働く個人一人ひとりが主役なんですけど、その中で大きな役割を果たすのはやっぱり企業の人事だと思います。

倉重:この連載を読まれている方はたぶん人事の方が多いと思うので。でも、若くて、例えば1年目とかで人事配属だと、「ええっ、俺、人事かよ」って、ちょっとがっかりしている人もいると思うんで、そういう人にちょっと一言お願いします。

伊藤:かつて資金が企業の競争力を握る時代には、「CFO」が企業のすべての浮沈を握っていた時代がありましたけど、もういまや、企業にとっては「人材」こそがすべてと言ってもいいので、そういう意味では、人事、いわゆる人事機能を持っているマネジメントすべてですけれども、というのがこれからますます重要になってくると。そういう意味では、もし人事に配属されるチャンスがあったとしたら、それはもうこのうえないチャンスだと思って、ぜひ一生懸命に。

倉重:人事に配属されることはむしろラッキーだと。

伊藤:ラッキーだと思って頑張っていただきたい。

倉重:人事スキルは一生通じるスキルであり得ると。

伊藤:はい!

倉重:どうも今日はありがとうございました。

伊藤:どうもありがとうございました。面白かったです。

 (終わり)

【対談協力】 

伊藤 禎則 氏  経済産業省 商務情報政策局 総務課長

(略歴)

1994年 東京大学法学部卒業、入省。米国コロンビア大学ロースクール修士号、NY州弁護士資格取得。エネルギー政策、筑波大学客員教授、大臣秘書官等を経て、産業人材政策室参事官として、政府「働き方改革実行計画」策定に関わる。兼業・複業、フリーランス、テレワークなど「多様な働き方」の環境整備、リカレント教育、HRテクノロジー推進などを担当。2018年7月から現職。経産省のAI(人口知能)・IT政策を統括する。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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