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中央銀行のデジタル通貨構想とジョージ・オーウェルの「1984」

久保田博幸金融アナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

 中央銀行デジタル通貨(CBDC)が、各国で検討されているという。

 日銀の内田理事は、これについて「日本銀行は、現時点でCBDCを発行する計画はありませんが、技術動向など環境変化は非常に速いので、将来必要になった場合に的確に対応できるよう準備しておく必要があると考えています。」とコメントしていた。

 また、雨宮副総裁も「実証実験等を通して、中銀デジタル通貨の機能特性や技術面からみた実現可能性について理解を深めていくとともに、海外中銀や内外の関係諸機関と連携をとりながら、中銀デジタル通貨に関して検討を進めていく方針です。」と発言している。

 そのための部署として、日銀内にこうした検討を専門に担当する「デジタル通貨グループ」という部署を新たに設置した。

 すでに日銀や欧州中央銀行(ECB)など6つの中央銀行は、中銀によるデジタル通貨(CBDC)の発行を視野に新しい組織をつくると発表している。ここには日銀やECB、イングランド銀行のほかに、スウェーデン中銀のリクスバンク、スイス国民銀行、カナダ銀行を含む6中銀と国際決済銀行(BIS)が参加する。中国や米国は含まれていない。

 具体的に中央銀行デジタル通貨(CBDC)とはどのようなものなのか。安全面含めて技術的な問題はクリアできるのかという疑問があるが、そもそもそれによる利点は何なのか。国際送金サービスなどが安くて容易になり、金融機関以外の業種が決済に絡むことが容易になるという利点などがあるのかもしれない。

 それでは我々利用者にはどのような利点があるのか。紙幣やコインを使わずに済むことで、新型コロナウイルス感染のリスクが軽減できる。もちろん送金が安く容易になる。買い物もスマホで容易にでき、飲み会の割り勘が簡単にスマホでできるなどあるかもしれない。

 それではどうして特に中国は中央銀行デジタル通貨の発行に積極的なのか。これはお金の流れを可視化することを意識したものではなかろうかと思われる。

 中国ではジョージ・オーウェルの「1984」などを学校の図書館から排除するよう求める指示を出したと報じられた。「1984」では、ほぼすべての行動が当局によって監視されている社会が描かれていた。

 お金の流れをコンピュータ上でつかむことが容易になれば、確定申告などもこのデータを元に集計が容易になるかもしれない。企業の資金の流れも容易につかめ、政府はしっかりと税金を取ることが容易となる。犯罪についても資金の流れをつかむことで、検挙が容易になるかもしれない。しかし、それは我々のお金の決済が第三者によって常に把握されてしまうということになる。

 もちろん中央銀行デジタル通貨だけが決済手段になるのではなく、既存の紙幣やコインも併存することも予想される。特に日本ではデジタル通貨の利便性の部分だけ享受したいため、匿名性を犠牲にして資金データを政府など第三者に与えることについては、かなり抵抗が出るはずである。そうでなければ、巨額の一万円札がどこにあるのかがわからないという状況の説明ができない。

 中央銀行デジタル通貨への全面的な移行ができれば、消えた一万円札の謎は解けるかもしれないが、しかし、それはつまり、ジョージ・オーウェルの「1984」の世界に近いものになる懸念もありうることを認識する必要がある。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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