原油価格と物価との関係
7月27日の熊本での講演のなかで、中曽日銀副総裁は原油価格と物価との関係について以下のような説明をしていた。
「原油価格は、昨年半ばまでは1バレルあたり100ドルを超えていましたが、その後大幅に下落し、一時は40ドル程度まで低下しました。割合にして、6割以上の価格下落になります。こうした原油価格の下落は、ある程度の時間差を伴いつつ、ガソリン価格や電気代など各種のエネルギー価格の下押しに寄与します。」(中曽副総裁の講演要旨より)
ここで注意すべき点は、原油価格が100ドル台から40ドル台に下落したことで、コアCPIが2014年4月に前年比プラス1.5%からゼロ近傍に低下したことだけではない。2013年4月の異次元緩和導入時のマイナス0.4%から1年後にプラス1.5%に上昇したことも注目すべきで、物価の下押しは原油価格下落の影響を受けたが、マイナスからプラス1.5%に上昇したも原油価格の高止まりと円安の影響との説明を加えるべきものではなかろうか。
「その影響は、今年の夏場が最も大きく、消費者物価を前年比で1%程度押し下げると考えられます。逆にいえば、もし原油価格が下落していなかったとすれば、この夏の消費者物価の前年比は、実際よりも1%程度高くなるという計算になります。」(中曽副総裁の講演要旨より)
実際よりも1%程度高くなったとしても、現在のゼロ近傍からプラス1.0%つまり、前年比1%程度の物価上昇にしかならないことになる(物価目標は2%)。原油価格の下落で日銀の物価目標が達成できなかったとの説明もあったが、それでもまだ足りない1%の説明はどうなるのか。当然ながらその物価を上げる要因であったはずの、岩田副総裁などが指摘していた、マネタリーベースは順調に2倍以上に積み上がっている。
「また、原油価格が下落し続けるのでない限り、前年比でみたマイナスの影響はいずれなくなります。原油価格の先行きを予想するのは困難ですが、現状程度の水準からごく緩やかに上昇していくと仮定すれば──先物価格などをみると、そのように予想している関係者が多いようですが──、消費者物価の前年比に与えるマイナスの影響は、今年度後半から次第に縮小し、来年度前半には、ほぼゼロになります。すなわち、エネルギー価格のマイナス寄与が剥落するだけでも、この夏と比べて、来年度前半には、物価上昇率は1%程度高まることになるのです。」(中曽副総裁の講演要旨より)
原油先物はここにきてむしろ下落基調を強めている。中国経済が減速するなか、これまでの原油価格の上昇を期待するより、原油価格は上がりづらくなっている可能性がある。上記のグラフを見てもわかるように、コアCPIとWTIのグラフを重ね合わせるとほぼ連動していることがわかる。つまり前年比でプラス1.0%に原油価格だけの要因で上昇させるならば、原油価格は上昇基調にならないと難しい。日銀の予想した70ドルあたりまでの上昇は可能性がないわけではないが、むしろ今後は下落基調となってしまう可能性もある。そうなればコアCPIは低迷したままとなる。むろん生鮮を除いた食料品の値上げや賃金の上昇による影響も出てこようが、それで2.0%まで物価を押し上げることはかなり困難ではなかろうか。
だから追加緩和が必要なのかといえばそれも違う。異次元緩和でマネタリーベースを倍にしても原油価格の動向等で前年比ゼロになってしまうのであれば、そのマネタリーベースをさらに倍にしても物価が上がる保証はない。
それでも期待を引き寄せるためとしてマネタリーベースをさら倍増させるとしても、それを増加させる手段が残っているのかも疑問である。すでに国債発行額の9割も購入している以上、これ以上の国債買入はいずれ買入時に未達を招くことが予想される。未達が続けば年限によっては国債の買い入れそのものを減額する必要もでてくる。恒常的に大量の国債買入が困難になることも予想される。また、ETFやREITをさらに大量に購入するにしても量には限界があり、それで資産価格を上昇させたとしても物価は上がる保証はない。このあたりは過去のバブル時代に経験したことでもある。
つまり日銀はマネタリーベースを調整目標にしてそれで物価を上げるという理論を止めない限り、その理論の延長線上での追加緩和手段はほとんど有していない。緩和効果を引き出すためには、フレキシブルな政策に転換し、調整目標も金利に戻すなどする必要があるのではなかろうか。