円安で困るのは誰なのか
日銀の黒田総裁は6月10日の衆院財務金融委員会で民主党の前原氏への答弁において、「実質実効為替レートがここまで来ているということは、ここからさらに実質実効為替レートが円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」と語った。実質実効為替レートは昨年、すでに1973年以来、42年ぶりの水準となっている。何を今更との発言であったものの、市場は「ここからさらに(実質実効為替レートが)円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」と()の部分を無視して反応してしまったのか。黒田総裁は「米連邦準備制度理事会(FRB)が金利引き上げプロセスに入るから、今後、さらに円安・ドル高が進むと決めつけるのは難しい」とも発言していた。
この黒田総裁の発言をきっかけに10日のドル円相場は124円台半ばから122円台半ばに急落したとなれば、市場の早とちりとなろう。黒田総裁は16日の参院財政金融委員会において、10日の衆議院財務金融委員会での実質実効為替レートに関する発言について「名目為替レートへの評価や先行きについて申し上げたわけではない」との認識を示した。黒田総裁は、「あくまで(実質実効為替レートについての)質問があったので、それに沿って理論的な説明をした」と指摘した。
円安になって誰が困るのか。まずは一部の政治家が困る。米議会で環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の合意に欠かせない米大統領貿易促進権限(TPA)法案の審議が重要な局面を迎えていたことで政治的な配慮があった可能性もある。
それよりも6月17日のFOMC後の会見で、イエレン議長は「ドル相場の上昇にもかかわらず、年内にある程度の引き締めを行うことを正当化するほどに経済は良好に推移するとFOMCは見ている」と発言していたが、利上げを控えて思惑的なドル高については牽制したいところが本音であろう。特に昨年10月の日銀の異次元緩和パート2ではFRBのテーパリング終了にタイミングを合わせた格好となり、その後のドル円の110円割れから120円台の上昇を招いている。さらに今年1月のECBの量的緩和の狙いはユーロ安であった。
日本の消費者物価指数は5月はコア指数プラス0.1%となっていたが、いずれマイナスになる可能性がある。年末に向けての回復を期待しているとしても、2%という物価目標にはほど遠い。その物価上昇には円安が直接的な影響を与えうる。それにも関わらず、FRBが金利引き上げプロセスに入るから今後、さらに円安・ドル高が進むと決めつけるのは難しいと黒田総裁の発言には違和感を覚える。日銀の物価目標達成のためにはアナウンスメント効果を狙い、FRBの利上げに向けた動きと日銀の大胆な金融緩和は円安・ドル高要因にもなりうる、との発言があったとしてもおかしくはない。
この背景には、今年1月に「為替に過度に依存すれば長期的な成長はない」とし、日本の為替政策を「注視し続ける」と述べた米国のルー財務長官の存在に加え、イエレン議長あたりからも何かしらの円安への牽制の動きがあったみてもおかしくはないのではなかろうか。
円安は輸入品の価格上昇により中小企業や我々の消費にも悪影響を与えるが、それ以上に米国政府やFRBにとってもこれ以上の円安は望ましくないとの認識ではなかろうか。