債券市場を揺るがすパラダイムシフトが起きる可能性
今年の1月10日に日本の10年国債の利回りは0.7%を割り込み、2月5日に0.6%を割り込んだ。その後、0.6%割れは何度かあったものの、3月3日につけた0.570%あたりまでとなり、現在に至るまで10年債利回りは0.6%近辺の膠着相場が続いている。このような債券の膠着相場が続くのは今回ばかりではない。2011年8月あたりから2012年4月あたりにかけて10年債利回りは1%近辺での推移が続いた例もあった。
今回の債券市場の膠着感については、日銀の異次元緩和により金利が抑えられるとともに、流動性が後退した結果との見方もできなくはない。しかし、2011年から2012年あたり動きを見る限り、異次元緩和がなくても長期金利は低位で安定し続けた例があり、その原因をすべて日銀の金融緩和にしてしまうことには無理がある。
日銀が再び実質的なゼロ金利政策を決定したのが、2010年10月の決定会合であり、包括緩和政策と呼ばれたものである。この際に「中長期的な物価安定の理解」に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していくとした。そして、2012年2月に日銀は物価安定の目途(コアCPIの1%)を示すことにより、実質的なインフレ目標策を導入した。2014年4月には量的・質的金融緩和を導入し、2%の物価目標を設定した。
その物価であるが、コアCPIは前年比プラス1.3%あたりまで上昇しており、黒田総裁以前の日銀であれば、物価の安定が展望できる情勢になりつつあるとの判断を下すタイミングを計ってもおかしくはないところまで来ている。ここに消費増税の影響を加味すれば、前年比プラス3%近くまでの上昇が予想される。もちろん日銀が目標として掲げる2%は消費増税による物価上昇分は加味しないが、消費者の実感としては3%近くの物価上昇ということになる。
それでも債券市場ではデフレ払拭感はほとんど見られない。日銀のゼロ金利政策は半永久的に続くかのような状況にある。短期金利がゼロに近いのであれば、長期金利が0.6%でもおかしくはないとの指摘もあるかもしれない。しかし、米国ではテーパリングを初めてはいるが、いまでも実質的なゼロ金利政策は継続中であるにもかかわらず、長期金利は2.7%近辺にいる。
日銀は物価目標の2%の意味についてグローバル・スタンダードであるためと説明するが、それでは長期金利も欧米の水準がグローバル・スタンダードということなのであろうか。そうであれば現在の米CPIは日本のCPIとそれほど乖離しておらず、日本の長期金利も2%台にあってもおかしくはない。それではこの長期金利の日米の乖離は何が原因であるのか。
相場はデジタルのような形成されるわけではなく、アナログのように連続して形成される。このため絶対水準そのものの意味よりも、少し前の段階から比べて現在の水準が形成されている面がある。その意味では長きにわたり低位安定し続けた結果が、現在の0.6%の長期金利を形成したものとも言える。つまり0.6%に何らかの意味を見いだすことはむずかしい。ファンダメンタルからの乖離は、日銀の金融政策によるマイナスプレミアムとは単純には説明できない。
今回の長期金利の0.6%近辺での膠着相場がどこまで続くのかはわからない。そして、よほどの事態が発生しない限り、この相場はまだ続くことが予想される。もうそろそろ動いてほしいとの期待は私を含めて市場参加者には多いと思うが、現状は「もうはまだなり」と言えそうである。ただし、日本の債券市場を揺るがすようなパラダイムシフトが起きる可能性がないわけではない。そのためのエネルギーはかなり長期にわたり蓄積されていることも事実ではなかろうか。