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日銀による追加緩和のリスク

久保田博幸金融アナリスト

ここにきての円安の背景のひとつに、日銀の追加緩和期待がある。具体的に何かを期待しているわけではないが、来年4月の消費増税による景気への悪影響や、物価目標達成が難しくなる可能性があり、そのための追加緩和を日銀が行ってくるとの期待がある。

日銀の異次元緩和はかなりの期間続けられるとの見方に対し、FRBは出口を意識してテーパリングの開始時期を睨んでおり、日銀とFRBの向きの違いが日米金利差拡大を意識させて円売りドル買いを招きやすくなっている。

対ユーロでも円は下落しているが、こちらはドイツの連立政権協議が合意に達したことも要因となったが、ECBの追加利下げ期待の後退も背景にある。英国の対ポンドも円は下落基調となっているが、こちらも先の話ではあるが、イングランド銀行による利上げの可能性を意識した動きといえよう。

いずれにせよ、日銀は超緩和政策から抜け出せず、さらなる深みにはまるであろうということが、この為替の動きの背景にあるといえる。

さてそれでは日銀はいったいこれからどう動くのか。どうやら執行部との意見を異にしつつある、白井審議委員の見方を元にそれを見てみたい。

10月31日開催の金融政策決定会合議事要旨によると、「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)の決定において、白井委員からいくつか記述に関する指摘があり、金融政策運営について、2%の「物価安定の目標」の実現に向けた「道筋を順調にたどっている」から「道筋を緩やかにたどっている」に変更することを内容とする議案が提出され、採決の結果、反対多数で否決された。

11月27日の記者会見で白井委員は、「家計の雇用・所得動向に関して慎重にみていく必要があるのではないかということから、やや下振れの方に傾いているのではないかと、様々な分析等から判断しています」と発言している。

物価に対しても「下振れリスクとして、中長期の予想インフレ率が想定した通りに上がっていかない可能性と、需給バランスに対する物価の感応度が想定したほど高まらないことに関して、現在はより下振れに傾いているのではないかと意識しています」としている。その上で、「追加金融緩和という点について、私は、否定はしません」と発言している。

「もし将来的に追加金融緩和を考える場合には2 つの可能性があると思っています。1つは、今申しましたように、経済あるいは物価の下振れリスクが顕在化して、それが中心シナリオを明確に大きく下振れさせるような可能性があると判断された場合には──これは日本銀行の金融政策の信認に関わることですので──、躊躇することなく、追加緩和すべきだと思っています。もう1つは、金融政策の信認だと思っています。私どもは 2%の「物価安定の目標」という大変チャレンジングな政策を今やっています。この私どものコミットメントを維持していくことが大事です。」とコメントしている。

白井委員は展望レポートの表現を変えることを提案していたが、それはあくまで景気や物価の下振れリスクを意識したものであり、そのシナリオが正しいとなれば、日銀の金融政策の信認維持のためにも、追加緩和は躊躇しない姿勢を示した。2%という物価安定目標達成というチャレンジングな政策のコミットメントを維持していくためにも追加緩和は辞さないとの方針のようである。

これから見ると白井委員は政策委員のなかでも、執行部(総裁・副総裁)以上にハト派的な存在に見える。展望レポートに反対した佐藤委員や木内委員とはまた意見を大きく異にしている。白井委員はこんな発言もしている。

「今多くの国民の皆様は、メディアの皆様のご協力もあり、日本銀行が 2%の「物価安定の目標」を実現したいということはおそらく分かっていると思います。しかし、知っているだけでは実現しないのです。知っていることから、共感、理解があって初めて日本銀行の金融政策に対するサポートが生まれるわけです。」

白井委員は、期待というか気合いで物価は上げられるとみているようであるが、もし物価が上がらないとしたら、それは国民の理解不足が原因なのであろうか。それならば理解が足りない私から質問したい。日銀が大胆に国債を買うことで、どのような経路を通じて物価上昇に影響を与えるのか。フィリップス曲線での説明などではわかりにくい。国民に理解を求めるなら、わかりやすい説明こそ必要であろう。

白井委員はこのようなコメントもしている。「私どもは、今、前例がない新しいことをやっているわけですから、実証分析をするにも非常に難しいわけで、当然、不確実性があります」

つまり異次元緩和による効果は、実ははっきりしておらず、実証分析もできないようなものを行ってしまっているといえる。だからこそ大胆な国債買入による物価へのアプローチを具体的に説明しにくいということではなかろうか。不確実性のあるまま、大胆な金融緩和をさらに上乗せしてしまうことに問題はないのか。効果のほどがはっきりしていないにもかかわらず、臨床実験を行い、効果が出ないからといって、さらに劇薬投与を行うようなことにもなりかねないのではなかろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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