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石田審議委員は何故、付利撤廃を提案したのか

久保田博幸金融アナリスト

3月11日に宇都宮市での石田日銀審議委員の記者会見要旨が日銀のサイトにアップされている。今回はこの会見の中で、特に超過準備の付利撤廃に関する部分をピックアップしてみたい。

「付利撤廃については、最初にその提案の理由を申し上げます。私は、包括緩和における資産買入れ等の基金の目的は、実質ゼロ金利の下で、ターム・プレミアムやリスク・プレミアムの低下を促すということにあると理解しています。」(石田委員)

ターム・プレミアムとは、たとえば長期債を保有することに対するリスク・プレミアムのひとつだと思われるが、とにかく包括緩和には時間軸政策も加味されており、より長めの金利低下を促すことが、資産買入れ等の基金の目的のひとつとの指摘か

「わが国の資金調達構造をみると、期間3年以下の貸出の割合が高いということから、残存3年以下の国債を買い入れ、対応する金利の低下を促すことにより貸出レートを下げて、企業・個人の借入れ負担を軽減して、景気を刺激すると考えています。」(石田委員)

日銀は基金で買い入れる国債を当初は2年、その後は3年まで伸ばしはしたが、中期債に限定していたのは、これが大きな理由となっている。中期ゾーンは長期・超長期に比べて発行額が比較的大きいというのも理由のひとつであったとは思うが。

「しかしながら、当時は既に、3 年以下の国債の金利が 0.1%に貼り付いていました。基金では、買入れの継続や買入れ枠の増額によって金融緩和の強化を図ってきましたが、強化を図ってもそれ以上金利が下がらなければ、目的を果たしていないのではないかということから、金利の下限を構成している付利を撤廃してはどうかと考えました。」(石田委員)

付利があったおかげで3年以下の金利が0.1%より下がりづらくなるのは確かである。日銀の当座預金に置いておけば0.1%の利子がつくのに、それより低い利回りの国債を買う必要性はない(ただし、日銀の当座預金を持てないところとか、担保に必要とか別途事情で買わざるを得ない人もいる)。

「もう1つは、当時は国際金融市場にストレスがかかっていました。国際金融市場では、ストレスがかかると、安全とみられる国の通貨や国債が選好されるため、スイスやデンマーク、ドイツの国債の短期の金利が、すぐにマイナス圏に入っていたというのは、よくご存知かと思います。一方、日本の場合は付利0.1%があるので、短期国債の金利が0.1%であれば、そういう退避資産として、退避資金の入りやすさが、普通の自然体と比べて、もっと入ってくる可能性がある、買われやすい情勢を作っていたのではないか。そういう意味では、自然なマーケットの動きを反映するように、付利 0.1%が廃止されれば、短期国債の金利も自由に動いて低くなり、資金がより多く入ってくるということも妨げられるのではないかと考えました。」

石田委員の超過準備の付利撤廃の大きな理由は、当時の状況から考えてもこのあたりにあったように思われる。ただし、付利を撤廃すると短国などは、より自由に動くかもしれないが、せっかく積み上がってきた日銀の超過準備の資金も、より自由に動くことになりかねない点が問題となるのではなかろうか。

「こういう2点から、付利撤廃を提案しましたが、ご案内のように1対8で否決されました。本件はそこで一旦結論が出ていますので、結果が出たものを何度も出すのは如何なものかと思い、その後は出していないということです。もともと、付利 0.1%というものは、個別独立的なものではなく、先程申し上げたように、金融緩和の全体の枠組みの中で考えるものだと思います。そのため、金融政策の先行きについてのコメントはできませんが、今後、何らかの検討を行う時があれば、全体の枠組みの中で、目的や手段といった形でみていくべきではないかと思います。」

一度否決されたことで結論が出た、としてしまうのはどうかとは思うが、これはやはり付利撤廃によるマイナス面も考慮した結果、その後は議案を提示しなかったと言うことではなかろうか。

ただし、全体の枠組みの中での付利撤廃の目的が、もし欧州の金利との比較等となっていたのであれば、これは別の問題も孕む。そのあたり、記者もさすがに「先程の付利撤廃に関するお答えについて、提案された理由の背景は、為替相場に働き掛けることを狙いとしたものであるのか、教えて下さい」と質問してきたのである。

「誤解されると大変困るのですが、為替相場を誘導する、といった意味は、全くありません。私は、付利 0.1%があって、日本の短期金利が、非常に信用力の高い諸外国の短期金利に比べて高くなっているがゆえに、逆に本来あるべき水準と違う水準に相場がなる可能性がある、それを自然の形に戻すという意味で、あの措置が必要であったと考えたわけです。従って、相場を誘導するということではなく、付利が本来の相場をゆがめている要因となっているのではないか、それを除外すべきではないか、と考えたわけです。」

果たして0.1%以下の利回りの世界で、本来の金利形成を歪めるような事態が発生するのかという点はさておき、為替相場を考慮しての付利撤廃ではないと断言している。これは現在、政府や日銀の立場上、そう断言せざるを得ない状況にあるためとも言うことができるかもしれない。もし日銀の審議委員が為替誘導のような発言を行うと欧米、特に米国から矢が飛んでくる危険があるためである。

とにかく、石田委員が何故に昨年12月20日の金融政策決定会合で、補完当座預金制度における適用利率(つまり日銀当座預金の超過準備に付く利率)をゼロ%とする議案を提出したのか、その理由がこれでだいぶ明らかになった。これを見る限り、付利撤廃は今後もひとつの緩和手段として残るかもしれないが、そのプラス面とマイナス面を秤にかけると、少なくとも日銀当座預金残高をさらに積み上げる必要があるのであれば、残さざるを得ないもののはずである。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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