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超過準備の付利引き下げは必要か

久保田博幸金融アナリスト

日銀の白井審議委員は、ローマにおける講演の中で、補完当座預金制度、つまり日銀の当座預金の超過準備に0.1%の利子を付ける制度に関してコメントしていた。

この講演を受けて、1月16日のニュースのヘッドラインでは、付利撤廃で期待される効果に関する部分だけが取り上げられていたようだが、その前に付利がつけられたことにより期待できる効果についても解説していたのである。

日銀の包括緩和政策では、政策金利の誘導目標として0~0.1%程度を維持する一方で、補完当座預金制度(2008年10 月導入)の下で適用金利(付利金利)0.1%が適用されている。つまり金融機関が日銀の当座預金に預けておかねばならない部分(法定準備預金)を上回って預けている預金について、日銀は金利を支払っている。これが超過準備への付利である。

日銀の当座預金の超過準備に対して0.1%を支払っている理由はいくつかある。もし付利がないと銀行間市場が縮小し、金融機関がいざ必要なときに市場から即座に資金調達することが難しくなる可能性である。これは市場機能の低下とも表現されているが、付利がなかった日銀の量的緩和時代のように短期市場が麻痺してしまう懸念である。

そして、付利金利があると銀行間市場の金利に下限が生まれるため、その分だけ市場金利の変動は小さくなるとの指摘がある。たとえばこの付利が2年国債の利回りが0.1%近くで張り付いていたことの要因となった。2年債利回りが0.1%以下となれば、超過準備の付利を利用できる金融機関は2年債を買わずに、日銀の当座預金に現金を残しておいたほうが、高い利子が得られるというわけである。しかし、ここにきて2年債利回りは0.08%に下がったではないかとの指摘があろうが、これはまさに付利引き下げ観測があったためである。

また、白井審議委員は「将来の話になりますが、学術的には、景気回復局面で中央銀行が過度なインフレを引き起こすことなく、金融政策の正常化に向けて円滑に移行できる利点が指摘されています。付利金利があらかじめ維持されていれば、たとえ当座預金に多額の超過準備が残されていたとしても、(市場金利の下限を形成する)付利金利を引き上げることで市場金利も引き上げることができると考えられるからです。」

金融政策の手段のひとつとして、付利金利の操作もありうるということであろう。日銀が当座預金の超過準備に対して利子をつけているのはこのような理由による。それに対して、付利撤廃で期待される効果も白井委員は指摘している。

「例えば、国庫短期証券やそのほかの短期金利が低下しますので、米国など他国との金利差をもたらすことで為替相場を円安方向に後押しする効果が期待されます。」

これについては甚だ疑問である。たかだか0.1%の引き下げでは金利差の誤差範疇ではなかろうか。ただし「付利撤廃」ということを強調してアナウンスメント効果は期待できるかもしれない。しかし、その効果も一時的なものであろう。

「この他、付利撤廃がもたらす影響が定かではないのが、金融機関の貸出行動への影響です。一般論として、付利金利を撤廃すれば金利の付かない当座預金に預けておくよりも民間貸出を増やすインセンティブが高まるという見方がある一方で、付利収入を失うこと等により金融機関の収益が低下すると信用リスクのある民間貸出を伸ばすインセンティブがむしろ阻害される可能性も指摘されています。」

たしかにこの影響は定かではない。付利金利を撤廃すれば金利の付かない当座預金に預けておくよりも民間貸出を増やすインセンティブが高まるというのは、考えづらい。これは前回の日銀の量的緩和の際に、それを期待しても効果はなかったことでも伺える。たとえ銀行側にお金を貸したいとのインセンティブが高まったとしても、借りる人がいなければお話しにならない。これは超過準備の利子をマイナスにしても同様である。この場合に金融機関はなるべく法定準備金ぎりぎりに収めるようにするであろうが、それまでの超過準備部分は貸出ではなく、多少でもプラスの利子の付く国債に振り向けられよう。

そして、付利収入を失うこと等により金融機関の収益が低下すると信用リスクのある民間貸出を伸ばすインセンティブがむしろ阻害される可能性との指摘はなかなか興味深い。見方を変えれば、この超過準備の付利というのは、結果として日銀が金融機関の収益を助ける格好になっている。このため、12月20日の決定会合で銀行出身の石田審議委員から、補完当座預金制度における適用利率をゼロ%とする議案が提出されたことに市場関係者が驚いたのである。

「いずれにしましても付利金利の長所と短所について、その撤廃の有無が経済・物価にどのように寄与するのかを含めて理解と議論を深めていく必要があるように思います。」

どうやら白井委員は、付利撤廃に傾いているわけではないようである。ただし、次回の決定会合での追加緩和策のひとつとして、市場では付利の引き下げ期待があるのは事実。短期市場では、すでにそれを意識して動いている。白川日銀総裁はこの付利引き下げにはあまり積極的ではないとみられ、個人的にも短期市場の市場機能を維持させるためにも、付利を引き下げる必要はないと考えている。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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