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ワクチンは原油価格の急騰を促すのか、悲観から楽観への転換期を模索中

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

NY原油先物相場は約2カ月ぶりの高値圏まで値上がりしている。欧米のパンデミックが深刻化する中、11月2日には33.64ドルまで値下がりしていたが、11日高値は43.06ドルに達している。僅か1週間半で最大28.0%もの上昇率を記録している。このまま急ピッチな値上がりが続くと、国内のガソリン価格や灯油価格に対する影響も警戒される状況になっている。

こうした原油相場の急反発の背景にあるのは、パンデミックの早期終息に対する期待感である。米製薬大手ファイザーは11月9日、独バイオ医薬ベンチャーのビオンテックと共同開発する新型コロナウイルスのワクチンについて、治験で感染を防ぐ有効率が90%を超えたと発表した。早ければ今月中にも米当局に対して緊急使用の承認を求めるとの見通しを示したことで、いよいよパンデミックが終息に向かい、経済活動が正常化に向かうとの期待感が強くなっている。

自動車や飛行機などを使ったヒトやモノの移動が正常化すれば、当然に石油需要環境も正常化に向かうことになる。ガソリンやジェット燃料といった末端石油製品需要の低迷状態が解消されれば、製油所の原油処理量も回復し、パンデミック環境の下で膨れ上がった過剰在庫解消の見通しが立つことになる。

原油市場では、需給・価格環境の正常化にはパンデミックの終息が必要不可欠とみている向きが多く、今回のファイザー社の発表がその正常化プロセスの第一歩になるとの期待感が広がっている。

一方で、足元の原油需要環境は厳しさを増している。欧州では医療体制のひっ迫化から主要国が相次いでロックダウン(都市封鎖)導入を決めており、石油輸出国機構(OPEC)は11日に発表した最新の月報において、2020年と21年の世界石油需要見通しを大幅に下方修正したばかりである。

OPECにロシアなどを加えたOPECプラスは、年明け後に予定されている協調減産の規模縮小を先送りする案を12月1日の会合に向けて協議している最中であり、依然として需給の緩みが原油相場の急落を促すリスクを強く警戒している。

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■「将来の楽観」と「足元の不安」のバランス

原油市場の論点は、「ワクチンの普及で需要環境が正常化することを先取りして値上がりを進める」のか「足元の厳しい需要環境を反映して低迷状態を続ける」のか、どちらのストーリーを採用するのかに集約されている。

原油市場の基調としては、パンデミックのショックが緩和・解消される動きと連動して、安値修正(=値上がり)が進むとの見方も強い。米金融大手ゴールドマン・サックスは、来年の原油価格見通しを従来の55.9ドルからは引き下げたが、52.8ドルと現行価格から10ドル近い値上がりを想定している。同社は、足元でパンデミックが深刻化していることについて、ワクチン普及までの「一時的な障害」に過ぎないと喝破している。

一方で、ワクチン開発の動きが原油需要環境を一変させるのは困難との見方も強い。国際エネルギー機関(IEA)は12日発表の月報で、足元のワクチン開発の動きについて、「来年上期の(需要)見通しに大きなインパクトは想定していない」として、需要への影響が出てくるのは21年後半以降になるとの慎重な見方を示している。「いつ、どのようにワクチンが通常の生活再開を容認するのかが分かるには、あまりに時期尚早」として、当面は弱い需要見通しと一部産油国の増産圧力から、原油価格を下支えするにはファンダメンタルズがあまりに弱いとの慎重な見方を示している。

ワクチン開発が原油市場の上昇、下落を決める鍵を握っているのは確かだが、基調転換の時期を迎えたと言えるのかは、依然として慎重な見方が求められよう。安全で効果があるワクチンが開発され、それが多くの人に摂取され、原油需要環境を正常化させるレベルまで生活環境を正常化させる道のりは、これから何度も大きな波を経験する長く険しいものになり易い。パンデミック終息の動き、それが実際に過剰在庫の取り崩しを促す動きを確認しつつ、本格的な安値修正を進める転換期を慎重に探る展開が基本になる。

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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