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ホルムズ海峡なぜ重要? 世界経済の生命線

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト
(提供:Frontline/NTB Scanpix/ロイター/アフロ)

ホルムズ海峡(Strait of Hormuz)付近で、石油タンカーに対する攻撃、拿捕といった動きが活発化している。

5月13日にはUAE沖でサウジアラビアの石油タンカー4隻が何者かから攻撃を受け、6月13日にはオマーン沖で石油タンカー2隻が攻撃を受けたが、そのうちの1隻は日本の海運企業が保有するものだった。7月10日にはイランの革命防衛隊がホルムズ海峡付近で英国の石油タンカー拿捕を試みたと報じられており、19日には実際に英国の石油タンカー2隻が拿捕されたことが発表されている。

6月21日には米海軍のドローンがイランによって攻撃され、トランプ米大統領はイランへの報復攻撃を検討したものの「攻撃10分前に止めた」と発言している。また、7月18日には英海軍がイランのドローンが異常接近したことを理由に撃墜するなど、戦闘とまでは言えないが有形力の行使が頻発している。

底流にあるのは米国とイランとの対立が激化していることだが、なぜホルムズ海峡が舞台になっているのかは、この海峡の持つ重要性、特殊性に起因している。

■世界の石油供給の2割がホルムズ海峡経由

ホルムズ海峡は東のペルシャ湾と西のオマーン湾の間にある海峡であり、北はイラン、南はオマーンによって挟まれている。その幅は39~96キロメートルだが、実際に石油タンカーなどの船舶が航行可能な範囲は3キロメートル程度しかない。

この小さな海峡を巡って米国、欧州、湾岸諸国などの間での緊張感が高まっているが、それはホルムズ海峡がエネルギー輸出の要衝(チョークポイント)であることに尽きる。原油はタンカーかパイプラインによって産油国から消費国に輸送されるが、世界には幾つかのチョークポイントと呼ばれる地域が存在するが、その中でも最も重要性が高いのが、このホルムズ海峡になる。

ホルムズ海峡の内側ともいえるペルシャ湾には、イランの他に、イラク、クウェート、UAE、カタール、サウジアラビアといった主要産油国が集中しており、世界の石油埋蔵量の約3分の1が集中している。しかも湾岸諸国は強力な輸出力を有しているため、原油が経済の血液とすれば、その血液を送り出す心臓の役割を果たしている。

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(画像出所) U.S. Energy Information Administration

米エネルギー情報局(EIA)によると、2017年のデータで世界の石油消費量は日量9,850万バレルとなっているが、そのうちの2,030万バレル、率にすると20.6%がホルムズ海峡を通過して世界に供給されている。海上輸送量(6,250万バレル)に限定すると、実に32.5%がホルムズ海峡経由で世界に供給されている。

このため、ひとたびこの地域で事件や事故が起きると、世界の原油供給環境は一変し、仮に大きな紛争が長期間にわたると原油供給不足が世界経済に深刻な打撃になりかねないリスクを抱えている。

実際に1980年代のイラン・イラク戦争時には、両国が原油輸出を妨害するために石油タンカー攻撃し合うなど、歴史的に何度か政情不安の影響を受けており、ホルムズ海峡を通過しない原油輸送体制の強化も行われている。サウジアラビアとUAEはパイプラインで日量680万バレルの代替輸送能力を確保しており、ペルシャ湾から直接オマーン湾まで輸送するルート、更には西側の紅海に輸送するルートなどが稼働している。2018年のデータだと、270万バレルがこうしたホルムズ海峡を迂回するパイプライン経由で出荷されている。しかし、湾岸諸国全ての原油輸出の迂回路を構築するようなことは現実的ではない。

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(画像出所)U.S. Energy Information Administration

日本に限定しても、中東産原油への依存度は2017年度実績で87%となっており、これは諸外国と比較して著しく高い水準になっている。例えば、中東により近い欧州先進国は24%であり、ホルムズ海峡を巡る緊張感は決して対岸の火事ではない。

■偶発的な紛争勃発のリスク高まる

こうした戦略的な重要性から、イランにとってはホルムズ海峡における石油タンカーの安全な運航が一種の「人質」として使用できるカードになる。そして、こうした人質化を避ける目的もあって、米国は7月19日にホルムズ海峡付近の船舶護衛のための有志連合構想の説明会を開催している。これには日本も出席している。

世界経済の減速、米国のシェールオイル増産の影響もあって、国際原油需給は供給過剰が警戒される状態にある。このため、過去と比較するとこうした供給障害発生のリスクに対しては鈍感さが目立つ。

ただ、米国の経済制裁(特にイラン産原油の全面禁輸)でイラン経済は疲弊し、核合意で定められたウラン濃縮の上限を突破するなど、イラン情勢は急速に不透明感を増している。米国はもちろん、サウジアラビアやイスラエルなどはこうした動きに対して警戒感を高めている。また、来年には米大統領選挙を控えており、政治的に冒険主義的なことが行われる可能性も排除できない。

また、仮に各国指導者が地域の安定化のために是正しても、有形力を伴う衝突が頻発した状態が続くと、現場レベルで偶発的な武力衝突が発生する可能性もある。特にイランが支援する民兵組織になると十分な統制がとれず、一気にホルムズ海峡に戦闘の炎が広がる可能性もある。

既に脆弱化しつつある世界経済にとって、ホルムズ海峡が安定を取り戻せるのか、軍事衝突勃発となるのかは、重大な関心事になりつつある。

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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