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原油価格急落の意外な共犯者

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

国際決済銀行(BIS)は2月7日、昨年中盤以降の原油相場急落は需給要因のみでは正当化できないとの見方を示した。原油相場が従来の約半値水準まで落ち込んだ背景としては、一般的に米国におけるシェールオイル増産、中国や欧州などの需要鈍化といった需給環境の変化が指摘されることが多い。ただBISは、産油量はほぼ予測通りの水準である一方、需要は予想を僅かに下回っているに過ぎないとして、1996年や2006年の原油相場急落とは状況が異なるとの分析を行っている。

その上で、石油会社が抱えた高レベルの債務水準やリスクヘッジの動きが、原油相場急落で大きな役割を果たした可能性を指摘している。石油輸出国機構(OPEC)の減産見送り決定が相場下落の引き金にはなったが、需給以外の要因が原油安を深刻化させたとの見方である。

石油開発は大規模な設備投資を必要とするため、石油会社は巨額の負債を抱えた上で、原油売却収入でその負債を返済するファイナンス・スキームを構築しているのが一般的である。しかし、原油相場が急落した結果、埋蔵原油の評価額が落ち込んで担保能力が失われていることに加えて、原油売却収入の減少も迫られる中、債務返済における大きな困難に直面している。このため、原油相場急落でも操業を停止・縮小することができず、逆に在庫売却や増産によって原油売却収入を確保して債務返済を継続していることが、原油相場急落の一因になっている可能性が指摘されている。

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(画像出所:BIS)

※石油・ガス会社の負債が2006年(赤線)から2014年(青線)にかけて急増している。

■原油安で株価が下落した理由

そもそも、今回の原油相場が急落した局面でリスク投資が敬遠された(=株安や円高が進んだ)一因として、こうした石油会社の債務を引き受けたハイイールド債市場のデフォルト(債務不履行)が懸念された影響も指摘されている。

ハイイールド債とは格付けの低い企業を対象に高利回りで発行された債券であり、近年はその市場規模が急拡大している。しかし、原油相場急落で石油企業のデフォルトが発生すれば、サブプライムローン型の連鎖的な信用不安に発展する可能性もあり、「原油相場急落が経済活動そのものを刺激するポジティブ効果」よりも、「金融不安の再発懸念というネガティブ効果」が重視されたことが、株価の不安定化を招いていた。

石油企業のハイイールド債市場はサブプライムローンの1~2割程度に過ぎないと推計されているが、エネルギー企業でリスクオフの動きが加速すれば、それがどこまで拡大するのか分からないという不安心理が、世界の金融市場に同様をもたらした。

従来であれば、原油安は(石油消費国にとっては)素直に歓迎すべき動きだった。しかし、石油企業の財務状況の変化、デリバティブ取引を使用したリスクヘッジ手法の拡散などによって、従来とは違った論理が原油市場を支配している。

上述のBISは、原油相場のボラティリティ(価格変動率)上昇を受けて金融機関が石油会社との取引を縮小した結果、原油安のヘッジ目的で石油会社がデリバティブ市場で直接取引を拡大させたことも、原油価格を必要以上に不安定化させた要因との見方を示している。

原油相場急落の犯人は政治経済要因から様々な分析が行われているが、実は原油安で大きなダメージを受けている石油会社が、その共犯者なのかもしれないことは皮肉である。

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マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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