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チャベス大統領死去で、世界最大の石油埋蔵国が動き出す?

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

南米ベネズエラのウゴ・チャベス大統領が5日、首都カラカスの病院で死去した。同大統領は2011年に骨盤付近でガンが見つかり、これまでもキューバで4度にわたって手術を受けるなど、かねてから健康不安説は流れていた。昨年10月の大統領選挙で4選を果たしたばかりであるが、その後にガン再発を公表し、12月11日以降は公式の場に姿を現さなくなっていた。

国際政治的には、南米に広がる反米左派政権の結束がどのような変化を遂げるのか、米国が中米地区の左傾化を巻き返すことができるのかなどが関心事となっている模様だが、コモディティ市場では同国の原油生産環境の先行きに対する注目度が再び高くなっている。

一般には原油市場におけるベネズエラの位置付けは余り知られていないようだが、実は同国は世界最大の石油確認埋蔵量を有した極めて重要な産油国である。BP統計によると、2011年時点での確認埋蔵量は2,965億バレルとなっており、世界全体の石油確認埋蔵量(1兆6,526億バレル)の17.9%を占めている。

2009年まではサウジアラビア(2,654億バレル)が長年にわたって首位の座を維持してきたが、ベネズエラの確認埋蔵量は07年の994億バレルに対して、08年1,723億バレル、09年2,112億バレル、10年2,965億バレル、11年2,965億バレルと、短期間に3倍超の規模に達しており、一般的な理解とは異なるかもしれないが確認埋蔵量ベースでは世界最大の産油国となる。

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とは言っても、別にベネズエラ国内で新たに大型油田が発見されたわけではない。この埋蔵量急増は、かねてから存在が確実視されていた同国東部のオノリコベルトに存在する重質油を確認埋蔵量に算入した結果である。米地質調査所(USGS)は10年に、ベネズエラの技術的に回収可能な埋蔵量は5,130億バレルあるとの調査結果を発表しているが、ベネズエラ国営石油会社PDVSAの確認評価作業で実際の存在が確定した分が統計に算入されたに過ぎない。

伝統的な石油生産地帯である中東地区での確認埋蔵の新たな発見が少なくなっている中、今後の石油需給を考える際に、産油国ベネズエラの存在感は極めて大きなものになっている。

■増産と減産を繰り返すベネズエラ

しかし、12年のベネズエラの産油量は日量236万バレルに留まっており、サウジアラビアの976万バレルを大きく下回っている。すなわち、石油埋蔵量の割には実際の産油規模が小さいことで、今後の大規模増産が可能な数少ない地域として注目されているのだ。

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ベネズエラも1960年代には日量350万バレル前後の産油水準を維持していたが、資源ナショナリズムの高まりを反映して政府が事業免許の公布・更新を停止したことで、石油産業の国営化懸念から外資石油メジャーの撤退が本格化し、実際に1976年の石油産業国有化が行われた後には、170万バレル台まで生産が落ち込んでいた。

この状況に危機感を覚えた当時のペレス政権は新自由主義的な経済改革を打ち出し、再び外資導入による原油増産に成功した。1990年代末にはピークだった60年代の産油水準を回復するに至ったが、このタイミングで誕生したのがチャベス政権だった。自由主義経済の下での経済格差拡大に対する国民の不満を背景に、石油産業を改めて国有化した上で、国家財政への貢献を強く求めたのである。PDVSAは、社会開発支出、国家開発基金(FONDEN)といった直接・間接の形で利益の大半を国家財政に還元しており、これがチャベス政権の安定を維持するための原動力になっていた。

だが、こうした動きは当然に産油量の減少を招くことになり、2000年代は原油価格が過去最高値を更新したものの、ベネズエラの産油量は逆に減少し始める危機に直面した。そこで従来の伝統的な産油地帯であるマラカイボ湖付近に替わって開発が加速したのが東部のオリノコデルタであり、まずは埋蔵が確認されたことが上述のようにベネズエラを世界最大の石油確認埋蔵国の地位に押し上げたのである。

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■国家主義と自由主義の狭間で揺れる産油政策

さて、問題はチャベス大統領死去後の同国石油産業の行方になるが、これに関してはロシア石油会社ルクオイルのクジャエフ副社長のコメントが、マーケットのコンセンサスに近い。すなわち、「ベネズエラの産油量は、今後5~7年の間に拡大することは可能とみている。ただし、そのためには静かな環境や契約の安定、投資に適した環境が必要である」と発言しているのだ。

なぜロシアの石油会社がベネズエラについて発言するのかは分かりづらいかもしれないが、同社はオリノコデルタでの増産を促すために、チャベス政権の下で重質油開発事業への参加が認められた外資企業の一社である。そこでオリノコ事業の有望性に強い自信を持つ中、ポスト・チャベス政権が国家志向的な石油政策の修正を一段と進め、自由主義的な石油政策にシフトすれば、大規模な増産が可能な状況とみていることが窺える。

ただ一点だけ注意したいのは、ベネズエラの産油量に関しては、原油価格の高騰が他の産油国とは違ってネガティブに働く可能性が高いことだ。

そもそも、チャベス政権が再び外資企業の参入を許可し始めた背景には、08年秋以降の原油価格急落が影響した可能性が高いとみている。08年前半までは、仮に産油量が減少しても原油価格の高騰で原油輸出収入そのものはかわらないとの自信が、国家主義的な石油政策を維持することを可能にしていた。しかし、その後の原油価格急落を受けて、それをカバーするための増産の必要性が、外資企業の導入、PDVSAの経営改革圧力などにつながっている。その意味では、近年のシェール革命による原油価格抑制の動きは、ベネズエラが増産方向に舵を切るきっかけになる可能性があると考えている。

ちなみに、ベネズエラ産原油の最大輸出先は米国であり、そのシェアは概ね40%前後となっている。反米左派の代表格であるベネズエラが米国に大量の原油輸出を行っていることは矛盾とも言え、実際に米国とベネズエラの双方が依存関係を低下させる方向にシフトしている。しかし、地理的に米国への輸出がもっとも経済効率が良いことに加え、ベネズエラ産の重質油の精製が可能な施設が米メキシコ湾岸に集中している関係で、政治的には激しい対立を演じながらも、石油という視点では強い結び付きが維持されている。

シェール革命で急落した天然ガス、高止まりする原油」では、米エネルギー情報局(EIA)が「軽質スィート原油の余剰分を輸出する可能性」を検討していることを紹介したが、これは実はメキシコから替わりに重質油を輸入することを前提にしている。正式には何ら表明されていないが、ベネズエラ産重質油への依存度を低下させるための米政府の戦略の一環ではないかと考えている。

なお、チャベス大統領の後任には、同大統領の死去を明らかにしたマドゥロ副大統領が有力視されている模様である。同副大統領が「ウゴ・チャベスの残したものを引き継ぐ」と発言していることからは、緩やかな石油産業改革の流れは維持されるとみている。今後、世界最大の石油埋蔵国であるベネズエラがどのような変遷を辿るのか、米石油産業との関係性などの行方にも注目していきたい。

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【2013/03/10 10:35追記】 5段落目の「5,130バレル」を「5,130億バレル」に修正しました。

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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