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「金正恩一家の聖地」が深刻な飢餓状態に陥っている

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏の父娘(朝鮮中央通信)

北朝鮮の北部山間部に位置する両江道(リャンガンド)は、気候の関係で稲作ができず、ジャガイモ栽培や鉱業、林業、そして川向うとの中国との貿易で経済が成り立っていた。

ところが、2020年1月に、新型コロナウイルスの国内流入を防ぐために国境が封鎖され、国内移動も制限されたことから、深刻な不況と食糧難に陥った。コロナが明けた今でも状況は非常に悪く、食糧難は解決していない。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

「去年は豊作だったとはいうが、今年も両江道は『ポリッコゲ』を越えられそうにない」(現地の情報筋)

「ポリッコゲ」(麦の峠)とは、前年の収穫の蓄えが底をつき、食べ物がなくなる「春窮」のことを指す。北朝鮮では春から、麦の収穫が始まる初夏までがこの時期とされていたが、近年に入って、その開始時期が前倒しされつつある。

その理由の一つが、市場での穀物の販売禁止だ。国営米屋「糧穀販売所」での販売に一本化するのが目的だが、物量が充分でなく、1月中旬からは突如として臨時休業に入るなど、運営が安定していない。消費者は、穀物を密売している商人から買うしかないが、需要の急激な高まりで価格が高騰している。

物資の集積地となっている道内最大都市の恵山(ヘサン)や、生産地である農村の状況は幾分マシだが、情報筋は各郡の中心地である邑(ウプ)の食糧事情がより深刻だと伝えている。

邑は人口がさほど多くないため、商業がさほど発達していなかった。邑の人口の9割が農民ではなく一般労働者で、食糧の調達は、国から職場を通じての配給か、市場で購入のどちらかだったが、たまに行われる特別配給は主に恵山市内の労働者に行われ、邑に住む労働者は対象から外されてきた。

これは、邑の家には庭があり、そこで野菜などを栽培して食べ物を得られるという理由があったが、今の食糧状況は、そこで得られる作物だけでは乗り切れないほど厳しい。

別の情報筋の話では、道内にある2市10郡のうち、三池淵(サムジヨン)市、普天(ポチョン)邑、金正淑(キムジョンスク)邑の食糧状況が特にひどいという。

両江道の市郡はいずれも山に囲まれているか、背後に山を擁しており、人々はそこを切り開いて畑を耕し、得られた作物で延命してきた。ところが、三池淵、普天、金正淑の人々はそれができない。

三池淵は、抗日パルチザン運動を行っていた金日成氏の密営(秘密キャンプ)があったところで、ほかにも「革命戦績地」が数多くあり、それを保護する名目で周囲の山林が特別保護林に指定されている。木を切り倒せば、反革命罪に問われかねないのだ。

勤め先の工場は予算も原料もなく稼働ができないため、労働者に給料を支払えない。一方、学校では給料の支給が行われており、勤続10年以上の教師には1ヶ月3万5000北朝鮮ウォン(約595円)の月給が支払われている。

糧穀販売所ではコメ1キロ5700北朝鮮ウォン(約97円)、トウモロコシは3000北朝鮮ウォン(約51円)で販売されているが、品物が入荷しなかったり、店が閉まっていたりするため、密売業者から買うしかない。それぞれ400北朝鮮ウォン(約7円)高い値段でだ。これでは生活が成り立たない。

空腹のあまり出勤できない労働者、登校できない児童、生徒の数が増えており、このままでは「絶糧世帯」(穀物もそれを買うカネもない家)が続出し、国が助けてくれない限りは、ポリッコゲを越えられないだろうと情報筋は絶望の声を上げている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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