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幹部の妻たちが「センター争い」に明け暮れる北朝鮮の権力闘争

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩夫妻とモランボン楽団(朝鮮中央テレビ)

 金正恩氏が北朝鮮の最高指導者の座についてまもなく12年となる。朝鮮労働党は、それを記念する忠誠の歌の集いを行うよう、各地方の組織に指示した。これが「熾烈な争い」を巻き起こしている。

「命がけ」の理由

 平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋は、道内のすべての行政機関と企業所、団体、組織に対し「党と首領(金正恩氏)に対する変わらぬ忠誠を心の奥深くまで刻み込む意味を込めて、忠誠の歌の集いを開催せよ」との指示が下されたと伝えた。道・市・郡の朝鮮労働党委員会に対しては、他の機関に先立って「真心」を込めて開催するよう強調されたという。

 これを受け、朝鮮労働党平安南道委員会(道党)や各市の党委員会(市党)など、道内各地の党委員会の幹部やその家族が忠誠の歌の集いの準備に当たっている。

 ところが、これが大騒動を巻き起こしている。情報筋はこう証言する。

「徳川(トクチョン)市では、合唱団の中心に責任書記(市のトップ)が立ち、その両脇と最前列には市党幹部の妻たち、その後ろには幹部本人たちが立つことになったのだが、責任書記の隣、最前列に誰が立つかを巡り、妻たちが嫉妬を燃やし不和が起きている」

 アイドルグループよろしく、センター(最前列の中心)、フロント(最前列)、裏センター(2列目の中央)に立つ責任書記の両サイドなど、ステージでのポジションを巡り、熾烈な争いを繰り広げているのだ。

 それによって、独奏(ソロ)、重奏(ユニット)、器楽合奏(バンド演奏)などの担当が決まることもあり、幹部の妻たちは、参加者の立ち位置を決める市党の宣伝部長や組織部長の自宅にまで押しかけ、タバコや現金などのワイロを掴ませるなど、「出待ち」や「追っかけ」のような状況となっている。

 幹部の妻たちがそこまで熱心になるのには、それなりの理由がある。

 徳川市党では、幹部の人事異動が非常に頻繁に行われ、同じポストに3年以上留まるのは非常に困難だ。そこそこの地位まで登りつめたのに、突如として工場の党委員会や里党(村の党委員会)など閑職に飛ばされることもしばしば起こる。

 インフラの整った市内中心部でぬくぬくとした生活を続けたい幹部の妻たちは、責任書記や宣伝書記など、市党の上層部の注目を集めて、夫を助け自分を守りたい一心で、センター争いを繰り広げているというわけだ。

 これでは、その日の糧にも事欠くギリギリの暮らしをしている庶民のことなど眼中にあるわけがない。だが、閑職に飛ばされるならまだしも、権力闘争の結果しだいでは「刑場の露」と消えかねないのが北朝鮮の現実だ。センターのみならず、命をかけた闘いなのだ。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

 忠誠の歌の集いの参加者に選ばれなかった幹部の妻とて、のんびりしている暇はない。参加する幹部や妻たちに料理やプレゼントを贈る準備をしている。

「参加者に選ばれなかった不満は大きいが、後方供給事業(飲食などの提供)をきちんとやりこなせなければ、(さらに上の)幹部に睨まれるかもしれないので、心を込めて参加している」(情報筋)

 次世代のセンターに向けた闘いは既に始まっているのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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