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さすがの北朝鮮警察庁も動揺した「一家全滅の刑」の悲惨な実態

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の兵士(デイリーNK)

 北朝鮮の警察庁にあたる社会安全省は今年6月、上半期の事業総和(総括)を行った。その場では、教化局(刑務所担当部署)の統計資料をベースにして、教化所(刑務所)に入ったばかりの受刑者で脱走、自死などの事件を起こす者が最も多い地域として、咸鏡南道(ハムギョンナムド)が挙げられた。

 報告ではその原因が示され、咸鏡南道安全局(県警本部)が対策に乗り出したと、現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

 安全局は先月28日、夫と妻がともに刑が確定した場合には、収監開始日を遅らせよとの指示を各市、郡の安全部に下した。

(参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態

 これは、安全局が教化所(刑務所)収監者を対象に行なった調査に基づく措置だ。夫と妻がともに教化所に収監されることになれば、その子どもたちは取り残されてしまう。両親ともに亡くなった場合には育児院、愛育院、初等学院、中等学院などの孤児院に収容されるが、教化所に入れられた場合は、その対象にはならないようだ。

 子どもたちは、誰のケアも受けられず、コチェビ(ストリート・チルドレン)となってしまう。それが心配で、夫婦の受刑者が脱走や自殺を図る事例が非常に多く、同様の事件の半分を超えるという。また、親が獄死して子どもが栄養失調などで死亡するようなことになれば、結果的に「一家全滅の刑」が下されたのと同じになってしまう。

 そこで、このような事故を未然に防ぐために、安全局が子どもの問題を解決する年末まで、収監を延期したという次第だ。親戚に預けたり、初等学院、中等学院に入学させたりことで決まっている。それに基づき、各市、郡の安全部は、地域担当の家族、親戚を呼び出して面会を行っている。

 ただしこの措置は、既に判決を受けて教化所への移送を待っている夫婦だけが対象だ。子どもが保護者を失う点で共通するシングルマザーやシングルファーザーの場合は、適用されない。おそらく離婚を社会悪とする北朝鮮的な発想から来ているのだろう。

 今回の措置について市民の一部からはこんな声が上がっている。

「乱造された新法のせいで逮捕者が激増しているが、父母のうちどちらかを残さなければ子どもを育てられず、面会にも行けない。食べ物を確保するのが難しい状況で、両親ともに教化所に入れられれば、家族と子どもの運命は台無しだ」

 北朝鮮は、韓ドラや商行為などを広範囲に取り締まる「反動思想文化排撃法」、韓国風の言葉遣い、文章などをターゲットにした「平壌文化語保護法」、若者に対する思想教育を強化するための「青年教養保障法」など、国民の自由を制限する法律を矢継ぎ早に策定している。

 これらの法律により、多くの人が逮捕、収監されていると伝えられている。他の国では犯罪にならないようなことを犯罪とすることで、両親と子が引き離され、結果的に「一家全滅の刑」に至る事態が多発しているのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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