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金正恩「中絶禁止」政策で生み出される犠牲者たち

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の兵士(写真:ロイター/アフロ)

 北朝鮮では、妊娠中絶手術が禁じられている。深刻と言われる人口減少に対する策として、金正恩総書記が禁止したのだ。

 しかし、現実には密かに行われている。医大生が学費稼ぎにアルバイトで請け負うことも多いのだが、設備の整った病院ではなく民家で行われることから、医療事故も多いと言われている。

 最近、北朝鮮第2の都市、咸興(ハムン)で妊娠中絶手術を受けていた女性が死亡する医療事故が起きた。咸鏡南道(ハムギョンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

 30代女性のキムさんはある日、妊娠したことに気づいた。その時点で、妊娠2カ月。すぐに中絶手術を受けようとしたが、先立つものがなくて実行できず、時期がどんどん遅れてしまった。

(参考記事:響き渡った女子中学生の悲鳴…北朝鮮「闇病院」での出来事

 そして7カ月となり、お腹が大きくなったことで慌てたキムさんは、なんとか200元(約3900円)をかき集め、自宅で密かにクリニックを開いている医師のもとを訪ねた。この医師は咸興市人民病院の産婦人科で勤めていたが、カネを稼ぐために病院をやめて、10年にわたって妊婦を診てきた。腕が良いと咸興でも評判の産婦人科医師だった。

 ところが、手術中に出血が止まらなくなり、結局は出血多量でAさんは亡くなってしまった。胎児がかなり大きくなった状態での中絶手術は非常にリスキーだというが、なぜそんなリスク背負って手術を受けたのか。

「わが国(北朝鮮)では、未婚で妊娠すると犯罪者扱いされたり、後ろ指を指される。人々は、そうして噂されることを恐れているのだ」(情報筋)

 北朝鮮の若者の間では、結婚を避けて同棲生活を送るパターンが増えている。少子化対策として離婚が非常に難しくなっている上に、離婚することそのものが悪く見られるからだ。そのため、交際では同棲するだけでにとどめ、できる限り子どもは作らないようにするが、それでも妊娠したら結婚に踏み切るようだ。

 情報筋は「妊娠した未婚女性に対する社会的認識が悪くなければ、こんな事故も起こらなかっただろう」と残念がった。

 それだけではない。避妊や中絶を違法化する国の政策のせいで、捨てられる子どもも増えている。「離婚がしづらいから結婚しない」状況を生み出してしまう間違った少子化対策は一刻も早くやめるべきだろう。

 なお、手術を執刀した医師は、安全部(警察署)に逮捕されたという。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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