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北朝鮮「陸の孤島」で繰り広げられる“女性確保”の不可能な作戦

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩夫妻とモランボン楽団(朝鮮中央テレビ)

本来、大学進学、軍入隊などの理由がない限り、生まれ育ったところから引っ越すことを許されていない北朝鮮国民だが、出口のない貧困から逃れようと農村や炭鉱から逃げ出して、現金収入が得られる都会へ向かう人が相次いでいると言われている。ただ、人口統計が明らかにされないことから、全体像はつかめていない。

機械化の進んでいない農村では、人手不足は生産量の減少へとつながる。そこで、それら地域に、都会の若者を「嘆願した」という形で送り込む、「嘆願事業」が大々的に行われている。

穀倉地帯である黄海南道(ファンヘナムド)でも嘆願事業が行われているが、様々な問題に直面している。その一つが結婚問題だ。現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

朝鮮労働党黄海南道委員会(道党)は、都会に住む未婚女性をリストアップし、農村や炭鉱に送り込めとの指示を下した。

これは、嘆願事業で全国各地の農村に送り込まれた除隊軍人、大学生、工場、企業所の従業員などの若者の定住が中々進まないことが背景にある。

上述のように、現金収入を得る機会の多い都会と異なり、農村、炭鉱ではそのような機会も少なく、インフラも整っていないため、都会と同じ生活水準を保つことが困難だ。そんなところに嫌気が差して、数年で逃げてしまう人が続出している。送り込んでも送り込んでも逃げられる「焼け石に水」状態に陥ってしまったのだ。

このような問題に悩まされていた道党は、一つの結論に達した。結婚させれば定住してくれるだろうと。そこで、結婚支援策をまとめて中央に提出。無事に承認を得て先月末から、道内の協同農場に住む、30歳以上の未婚男性をリストアップさせ、5日までに報告させた。

このリストに基づき、朝鮮労働党がわざわざ女性を紹介し、結婚式の費用、新居、生活必需品などをすべて負担して、結婚を促そうというものだ。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

ただ、この作戦には大きな問題がある。女性だ。女性は男性以上に農村行きや炭鉱行きを嫌がり、また親も許そうとしない。そこで、インセンティブを与えることとした。自ら進んで農村や炭鉱に行こうとする女性を社会的模範として表彰し、物質的な報奨を与え、思想的な評価に関係なく、朝鮮労働党への入党を認めるという。

この「国営婚活」への反応は様々だ。

農村や炭鉱に送り込まれ、根を下ろす決心をした男性の間では好評を得ているが、機会を狙って逃げ出そうとしている男性たちは、意気消沈している。

子どもにまでこんな生活をさせたくない、なんとかして都会に逃げ出そうと結婚を後回しにしていた彼らだが、道党が女性という「足かせ」を送り込もうとしていることで、もはや逃げられないのではないかと考えているようだ。

情報筋は、女性の募集状況については言及していないが、半強制的に農村や炭鉱の男性と結婚させられてもうまくいくとは限らない。

かつて、インセンティブを与えて栄誉軍人(傷痍軍人)と結婚させる事業が行われたが、約束されていた配給はもらえず、生活苦にあえいだ末に、夫を捨てて逃げてしまう女性が相次いだという事例がある。

今回の「もれなく結婚式はタダ、新居も家財道具もプレゼント、さらに朝鮮労働党にも入党」というのも、空約束に終わる可能性も考えられる。

当局が本腰を入れて生活改善に取り組んだとしても、社会が発展するにつれ、農村から都会への移住が進むのは、世界共通の話。「国営婚活」が多少うまくいったところで、その子どもが農村から逃げ出さない保証はないのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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