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「ペットの犬を掘り返し食べた」飢える北朝鮮国民も驚愕の事件

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
朝鮮人民軍の兵士(デイリーNK)

 旧ソ連のレニングラード(現在のサンクト・ペテルブルグ)は1941年、ナチスドイツ軍に包囲された。外部から食糧が入らなくなり飢えに苦しんだ市民は、ペットの犬や猫、革靴、ベルトなどを食べて生き抜いた。

 犬や猫を非常に可愛がるロシア人にとって、それらを食べざるを得ない状況というのは、飢えがいかに厳しかったかを示している。

 それから80年あまり。北朝鮮でも同じような状況が起きて、人々を驚愕させ、また不安がらせている。咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

 事件が起きたのは北朝鮮北東部の羅先(ラソン)。中国とロシアの国境に接しており、経済特区として首都・平壌についで豊かなところだと言われていた。

 この地域には在北朝鮮華僑が多く住んでいるが、家でペットとして飼っていた犬が死んでしまった。飼い主は裏山に葬ったが、何者かが死体を掘り起こして持ち帰り、スープにして家族で食べたという。

 この話は市内にあっという間に広がり、「どれだけ飢えに苦しんでいたら死んだペットの犬を食べたのか」と衝撃を受ける人、ため息をつく人、不安に感じる人など、様々な反応が出ている。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

 北朝鮮では、犬肉を食べる習慣が存在する。一方で、ペットとして犬を飼う習慣もあり、食用とペット用の犬は別個のものとの認識があるようだ。1980年代末ごろから、朝鮮労働党の幹部が富や権力の象徴として犬をペットとして飼う習慣が始まり、1990年代中盤ごろからは、経済的に余裕のある一般人の間にも広がった。

 ただ、金正恩総書記は2020年7月、ペットを飼うことについて「ブルジョア思想に染まった行為、資本主義要素の一部分」として、平壌市内で犬を飼うことを禁じたと韓国の朝鮮日報が報じた。なお同紙によれば、飼われていた犬は没収され、一部は中央動物園に、一部は犬肉屋に送られたという。この強引なやり方には「動物にも感情があるのに、金正恩氏には感情もないのか」などと批判の声も上がったようだ。

 ペットに関しては、「猫が新型コロナウイルスを移す」という根拠の不確かな情報に基づいて、猫抹殺令が出されたことがある。そもそも世界最悪の人権侵害国家と呼ばれる北朝鮮で、アニマルライツが尊重されることなどないのだ。

 かつては、羅先の人々は北朝鮮の中では豊かな生活をしていた。死んだペットを掘り起こして食べた一件は、食糧事情がいかに逼迫しているかを示す出来事だ。

「食糧問題を解決できないくせして、『わが国(北朝鮮)の人民はこの世に羨むものなく、幸せに暮らしている』と嘘ばかりついている国のやり方に対し、世の中の動きに明るい人々の不満は大きくなっている」(情報筋)

 羅先の人々の多くは、貿易や観光業などに携わり、海外の事情に明るい。そのため国境の向こうの中国やロシアに、食べ物が普通にあることを知っているのだろう。そんな彼らが、極端なゼロコロナ政策がもたらした人災である今の食糧難にいつまで耐えていられるだろうか。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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