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金正恩を当惑させた「北朝鮮の女ボス」の大胆な行為

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩夫妻とモランボン楽団(朝鮮中央テレビ)

 今年2月初め、中国との国境に接する北朝鮮の新義州(シニジュ)市で、40代の女性が逮捕される出来事があった。女性は闇両替商など様々な違法ビジネスを営んでいたとされ、自宅からは巨額の現金が押収されたという。

 北朝鮮で、巨額の不正蓄財が発覚すれば、公開処刑か政治犯収容所での無期刑など、極刑に処される可能性が高い。

 しかし、この女性の場合はそうはならなかったようだ。何故か。

 財力を総動員して当局者を買収したとも考えられるが、それもやりすぎれば金正恩総書記の知るところとなり、どうやってもひっくり返せない形で死刑宣告を受けかねない。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

 では、いったい彼女を巡って何が起きたのか。デイリーNKジャパン編集部が韓国情報機関の元高位関係者から、次のような情報を入手した。

「北朝鮮で最近、金正恩の側近たちが数千万ドル単位の不正蓄財を行っていたことが明らかになり、大問題になった。従来なら厳罰が下されたところだが、金正恩はあまりに自分と近い側近たちが関係していたことから処罰を見送ったようだ」

 この情報が、女性両替商の件とつながっていると見る証拠はない。しかし、北朝鮮で数千万ドル単位の不正蓄財が問題になるなど、そうそうあることではないのだ。

 平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋によれば、彼女の自宅の家宅捜索では、なんと8000万ドル(約91億8000万円)もの現金が発見されたというのだ。

 正直なところ、これはにわかには信じがたい数字だ。仮にすべて100ドル紙幣で持っていたとしても、その数は80万枚にもなる。中国の100元紙幣ならその6倍超だ。

 また、北朝鮮の市場での対米ドル実勢レートは1ドル=約8000ウォンで、コメ1キロの価格が約6000ウォンだ。物価レベルを考えれば、個人や民間業者を相手にした両替ビジネスで、8000万ドルもの利益を貯め込めるほどの換金需要があるかは疑問だ。

 ただ、保衛部(秘密警察)とのコネを利用して、中国との取引に必要な外貨を両替し、高額の手数料を受け取っていたという。つまり彼女の客には、国家機関傘下の貿易会社も含まれていたということだ。

 また、昨年の北朝鮮と中国の貿易額の総額は3億1800万ドル(約365億円)だった。また、北朝鮮には中国との間で、国家機関が税関を通さずに行う「公式な密輸」という特殊な取引がある。その額は未知数だが、これら取引の相当部分に女性がからんでいたとしたら、数千万ドルの利益を貯められたというのも、あながちあり得なくもないと思えてくる。

 しかしもちろん、そのようなビッグビジネスには強力なバックが必要になる。それが、韓国の元高位関係者が語った「金正恩の側近」たちだったのだろうか。仮にそうなら、そうしたネットワークの中心に陣取っていた女性は、まさに「北朝鮮の女ボス」とでも言える存在なのかもしれない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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