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金正恩も「処刑できない」北朝鮮の"女ボス"の驚くべき生命力

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

 今年2月初め、中国との国境に接する北朝鮮・新義州(シニジュ)市内の民家を、平壌から派遣された取締り班が急襲した。その家の住人である40代女性が、闇両替商など様々な違法ビジネスを営んでいることをつかんだためだ。

 平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋によれば、家宅捜索では驚くべきモノが見つかった。なんと、8000万ドル(約91億8000万円)もの現金が発見されたというのだ。昨年の北朝鮮と中国の貿易額の総額が3億1800万ドル(約365億円)であることを考えると、いかにとんでもない額であるかがわかる。

 しかしこれは、にわかには信じがたい数字だ。仮にすべて100ドル紙幣で持っていたとしても、その数は80万枚にもなる。中国の100元紙幣ならその6倍超だ。

 日本円の1万円札が80万枚なら額にして80億円だ。1万枚(1億円)のサイズは横38cm、縦32cm、高さ約10cmになり、重さは約10kgだ。人民元や少額の米ドル紙幣が混在していれば、これよりずっと大きくなるわけだが、ちょっと想像がつかないサイズ感だ。北朝鮮ではなく、中南米などの麻薬カルテルの話かと思ってしまう。

 8000万ドルという情報には何らかの誤りがあるのかもしれないが、相当な額の現金があったということだろう。北朝鮮で、それほどの額を不正蓄財していたことが発覚すれば、まず間違いなく公開処刑だ。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

 ところが、どうやらそうはなっていない模様だ。

 女性の主な稼業は闇両替商だ。北朝鮮で外貨の両替は、公式には国営の銀行で行うことになっている。

 だが、それはあくまでもタテマエだ。銀行に行く者など、誰もいないだろう。1ドル(約115円)は闇両替商で両替すると6000北朝鮮ウォン強になるが、銀行で両替するとそれに遥かに満たない公式レートで返ってくるからだ。それ以前に、北朝鮮国民が自由に外貨を両替することは許されていない。

 この女性は、保衛部(秘密警察)とのコネを利用して、中国との取引に必要な外貨を両替し、高額の手数料を受け取っていたという。つまり彼女の客には、国家機関傘下の貿易会社も含まれていたということだ。

 これだけの財力があり、国営企業まで相手にして幅広い商売をしていたとすれば、買収できる役人も多いはずだ。金正恩総書記に、彼女の件が報告されたかどうかは不明だが、彼女は自らの実力で、生き長らえている可能性が高そうだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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