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「このままでは家族全員が死ぬ」家を出た北朝鮮男性の"怒りと悲しみ"の帰還

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

中国の東北地方で、ひとりの男性の遺体が発見された。後に北朝鮮出身の男性とわかり、中国は北朝鮮に引き取りを要求したが、その処理を巡って遺族が激しい怒りに駆られている。

詳細を伝えた咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、中国との国境に接する穏城(オンソン)郡の保衛部(秘密警察)が、中国の辺防部隊(国境警備隊)から遺体の引き取りを要求されたのは先月中旬のこと。

保衛部は遺体を引き取ったものの、至るところに刺し傷があり、身元がわからないほどひどく損傷していたが、最終的には穏城で長年密輸を営んでいた50代男性と判明した。この男性は、今年1月から行方不明になっていた。

日本で行方不明事案は、事件性がなければ注目されることはないが、北朝鮮では政治的事件として扱われる。単に行商などの目的で他地方に行っているだけのこともあるが、脱北した可能性も捨てきれないからだ。

そのため、当局は定期的に住民が登録された居住地に実際に住んでいるのか調査を行い、居場所が確認できなければ、脱北の疑いがある行方不明者として登録する。

大規模な自然災害などで社会が混乱に陥ったすきに、死んだことにして脱北してしまう人もいるが、この男性もコロナ鎖国による食糧難で餓死を逃れるために脱北したのではないかというのが、もっぱらの噂だ。

「餓死しそうになったから町を離れて、災難に遭ったのではないか」(地元住民の声)

保衛部は、異国で非業の死を遂げた男性の遺族を慰めるどころか、むしろ激しく罵った。

「国があれほど目を光らせて国境を守っているのに、渡江(脱北)した。中国で間違いを犯したからこんな犬死をしたのだろう。遺体を返してもらえると思うな」(保衛部)

遺族の悲しみを踏みにじるような暴言を放った保衛部は、コロナに関する国家防疫規定に基づき、遺体を火葬し、粉々になった遺骨を遺族に突きつけた。葬儀を終えた遺族は、保衛部のあまりのやり方に怒り狂っている。

(参考記事:「幹部が遊びながら殺した女性を焼いた」北朝鮮権力層の猟奇的な実態

「食べるものがなく家族全員が餓死の岐路に立たされ、(食べ物を探しに)町を出たのに、遺体か何かもわからない粉になって帰ってきた」(遺族)

遺族にとっては、遺体を勝手に火葬にされたことも耐え難い苦しみだっただろう。

朝鮮半島では儒教の影響が強まった朝鮮王朝時代以降、土葬が行われてきたた。北朝鮮では現在も火葬に対する抵抗感が強く、「二度殺すのに等しい」と言って忌み嫌われている。韓国ではこの20年で火葬を選ぶ人が急増したが、北朝鮮では今も土葬が一般的だ。

しかし、当局はコロナ流入を防ぐとして、肺炎などコロナ感染が疑われる症状や、外国人との接触があった後に死亡した人の遺体を、強制的に火葬にしている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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