兵士らが金正恩「特別列車」を襲撃…重大事件の意外な顛末

金正恩氏(朝鮮中央通信)

1934年11月、昭和天皇は群馬県桐生市を訪れた。天皇を乗せた車は市内を走行中に、決められたコースから外れてしまった。先導役の警部は、その責任を取って自決を図ったが一命をとりとめた。そんな彼に対して称賛の声が上がったという。

これの出来事は、「天皇誤導事件」と呼ばれる。今の日本人の価値観では「なぜそれくらいのことで自決するのか」と首を傾げるかもしれないが、戦後の「人間宣言」まで天皇は神として崇められていただけに、死んでお詫びしなければならないほどの不手際と考えられたということだ。

北朝鮮において金日成主席、金正日総書記、金正恩党委員長の3代の最高指導者は神聖不可侵の存在で、本人らと関係する事物も神聖なものとして扱われ、すべて「1号」という枕詞が付けられる。金正恩氏が参加する行事なら「1号行事」といった具合だ。

最高指導者に対する礼を欠いた行為は、たとえ故意ではなくとも大変な結果をもたらす。

そんな金正恩氏が利用する特閣(別荘)を巡り、大騒動が発生したと平壌のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

資材を積んだ貨物列車が平安北道(ピョンアンブクト)の妙香山(ミョヒャンサン)に向かっていた。風光明媚な景勝地として知られ、外国人観光客も多く訪れる妙香山だが、ここにも金正恩氏の特閣がある。

騒動の発端は、その特閣の補修用資材を積んだ列車だった。一種の特別列車と言える。これが今月初め、道内の無人駅に停車するや事件が起きた。地元に駐屯する朝鮮人民軍の兵士らに襲われたのだ。

彼らは、5分間の停車時間を狙って、カネになりそうなものを一切合切盗もうとしたの。列車を護衛していた人民内務軍8総局の1旅団兵士が駆け寄り、乱闘騒ぎとなった。

「列車が動き始めたのに喧嘩がやまず、興奮した8総局兵士が地方軍の兵士を車外に強く押し出した。列車から投げ出された兵士はその場で死亡した」(情報筋)

人民内務軍8総局は、平壌市内での建設工事を専門に請け負う工兵部隊だ。平壌市の建設以外にも、国家的な建設プロジェクトや、金正恩氏一家の特閣の建設にも動員される。今回の資材は特閣の補修工事に使われるものだった。

そんな資材に手を出そうものなら、どんな過酷な処罰を食らうかわからないが、国際社会の制裁による食糧不足で背に腹は変えられなかったのだろう。恐らくは狙った相手が何であるかも知らず、見境なく飛びついたというわけだ。北朝鮮では兵士はもちろん、民間人が停車中の列車に群がり、窃盗を行う事件が頻発していると伝えられている。

(参考記事:美女2人は「ある物」を盗み銃殺された…北朝鮮が公開処刑を再開

事件後、8総局と平安北道地方部隊の間では責任のなすりつけ合いが起き、事件から20日以上経っても収束していない。

北朝鮮社会の基準で言えば、1号資材を盗むなどとんでもない行為で、部隊全体が連帯責任を取らされてもおかしくないはずだ。実際、軍内部では隊の兵士に責任を取らせようとする雰囲気だったという。

ところが、今回の事件を報告を受けた金正恩氏は「1号資材よりも兵士の命が大切だ」との指示を出してしまったため、責任の所在が不明確となってしまったのだ。つまり、死んだ兵士の所属部隊に責任を取らせることは、金正恩氏の指示に背くことになる。

結局、「8総局の兵士は任務をまっとうするために行った行動で、地方部隊の兵士は1号資材に手を出そうとしたため命を落とした」(情報筋)ということで、死んだ兵士に全責任を問い、誰も責任を取ることなく事件が集結する可能性が高いと情報筋は見ている。

このような事例は他にもある。軍需工場で大量の不良品が発生した責任を、生きている人ではなく、すでに病死した係官になすりつけ、「剖棺斬屍」(墓を暴いて処刑する)を行い、生きている人に累が及ばないようにしたというものだ。これが、重罰と処刑を連発する北朝鮮なりの「人を生かす」方法なのだ。