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北朝鮮が国境警備隊に「サバイバル」を命令

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

「先日、上級部隊から1ヶ月分の食糧を自主的に解決せよと指示を受けた」

これは、1200キロに及ぶ中国との国境の警備を担当する北朝鮮の国境警備隊に対して、上層部が下した指示だ。本来は優遇されるはずの国境警備隊ですら、自主的に食糧を得て「サバイバル」することを求められるほどの事態になっている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

両江道(リャンガンド)の国境警備隊の関係者は、そんな指示の理由を次のように説明した。

「国境警備隊は、他の部隊とは異なり、密輸業者やブローカーからかなりの収入を上げて十分生きていけるという点を勘案し、このような指示を下したようだ」

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北朝鮮の食糧事情を巡っては「深刻だ」とする見方と、「援助を引き出すために誇張されている」とする見方に分かれるが、各地から苦しさを訴える声が上がっているのも事実だ。北朝鮮で最も優遇されてきた保安員(警察官)、保衛員(秘密警察)への食糧配給が昨年末から滞りがちになっているのは、その深刻さを示すものと言えよう。

一方、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の一般の部隊の食糧事情は、常に劣悪な状態にあった。食糧は協同農場から運ばれてくるが、途中で横流し、横領、あるいは粗悪品への差し替えなどが行われ、末端の兵士のもとに届く頃には目減りする有様だった。

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空腹を満たすために、民家や農場を襲撃したり、国境を越えて中国に侵入し、犯罪を犯したりする兵士が後を絶たない状況だ。

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それに比べ国境警備隊は、ワイロを収入源にできるため、一般の軍部隊に比べはるかにマシな状況にあると言われていた。

国境を行き来して日用雑貨から軍事物資に到るまで様々なものを密輸する業者や、中国に出稼ぎに行く者、さらには脱北して韓国や第三国を目指す者から、安全な渡河を保証する見返りにワイロを受け取ってきた。

実は、冒頭のような突拍子もない指示は今回が初めてではなく、これで数回目だという。国境警備隊の幹部と隊員は、指示に不満を述べることもなく、1ヶ月分の食糧をいかにして調達するか苦心している。

北朝鮮は、毎年5月から6月上旬にかけて、前年に収穫した食糧が底をつく「春窮期」に襲われる。昨年の凶作に加え、国際社会の制裁も相まって、食べるものがないと訴える「絶糧世帯」が通常より1ヶ月早く現れていると伝えられている。

さすがに国境警備隊はそこまではいかないが、「最もつらい時期」(情報筋)であることには違いないようだ。実際、一部の警戒所では、おかずにするものがなくなり、トウモロコシ飯に塩をかけて食べる状況となっているという。また、両江道の別の情報筋によると、警戒所の兵士が民家を訪ねて食べ物の物乞いをするような状況となっている。

しかし、当局は国境警備隊が密輸で儲けていることから自分たちでなんとか解決できるだろうと考えているようだ。当局は国境警備隊に対して密輸を厳しく取り締まることを指示しつつも、その一方では密輸で食糧を調達せよというあべこべの指示を下していることになる。

「当局は、国境警備の兵士たちに密輸と脱北幇助など不法行為をしないように指示しているが、1ヶ月も食糧を与えず自主的に解決せよというのは、密輸を積極的に幇助してワイロをかき集めろというのと同じだ」(情報筋)

今回の指示で、ほくそ笑んでいるのは国境警備隊の幹部たちだ。部下に密輸業者からワイロを受け取られ、自分たちに上納させてきたが、その額が増えるからだ。

「一部の幹部と兵士たちは、このような機会を利用して密輸をさらに積極的に幇助して、露骨に金儲けをしている」(情報筋)

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デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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