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「金正恩は無意味なことを言っている」北朝鮮国民の不満、爆発寸前

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮の金正恩党委員長が最近、やたらと強調するワードがある。「自力更生」だ。

金正恩氏は9日の朝鮮労働党中央委員会政治局拡大会議に続き、10日の党中央委員会第7期第4回総会、最高人民会議第14期第1回会議でも「自力更生」を強調した。米朝関係が膠着状態に陥り、制裁は長期化する見込みだが、「なんとか自前で頑張り抜こう」という意味合いのものだ。

毛沢東が日中戦争が終わる直前の1945年8月13日に行った「抗日戦争勝利後の時局とわれわれの方針」という演説で登場したこの「自力更生」だが、1960年代からは北朝鮮でも使われるようになった。

そんなカビの生えた古臭いスローガンを何度も聞かされた北朝鮮国民からは、非難轟々だ。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、金正恩氏の自力更生強調に対して、現地住民から不満の声が上がっていることを伝えた。

「自力更生は常日頃から言ってきたことで、元帥様(金正恩氏)が経済封鎖(制裁)を耐え抜こうという意味で自力更生を強調しても、国民は常に自力で生きてきたので、大して意味はない」

「(政府に対する)信頼はなく不満があるのは事実だ。国が解決できないのに、人民にそのように(自力更生で)解決せよと言うことに対する不満が少なからず存在する」

北朝鮮では、金正恩氏の権威を傷つけるような言動が当局にバレたらたいへんな目に遭わされる。

(参考記事:金正恩命令をほったらかし「愛の行為」にふけった北朝鮮カップルの運命

実際、北朝鮮当局は最近、一般国民に対する統制が以前にも増して強化。2月末にベトナムのハノイで行われた米朝首脳会談以降、全国各地から「大勢が逮捕された」とのうわさが流れている。平壌、咸興(ハムン)、清津(チョンジン)では、宗教行為、売春、違法映像の流通に対する取り締まりが強化されているほか、米朝首脳会談についての批判をしたことで逮捕されるという事件が複数起きているというのだ。

(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

だが、それでも人々の鬱憤は収まらない。

米政府系ラジオ・フリー・アジア(RFA)の平壌の情報筋も、最高人民会議第14期第1回会議の内容を伝え聞いた市民の間から「今までの数十年間、自力更生と自律的民族経済と言い続けてきたが、わが国(北朝鮮)が一度でも真の自力更生を達成できたことがあるのか」「数十年間言い続けて嫌にならないのか」などと言った不満と失望の声が湧き上がっていると伝えた。

また、自国経済に自力更生を達成しうる分野があるのかと、現実味のなさを指摘する声もあがっている。

「ほとんどの工場が稼働を中断し、なんとか稼働している工場も大部分が中国の設備投資、資材、技術で運営されているのが現実なのに、何をもってどう自力更生しろというのか」

「市場は『ここは中国か』と錯覚するほど中国の商品で溢れかえっている」

「国内で流通する貨幣すら内貨(北朝鮮ウォン)ではなく中国人民元なのに、自力更生とは呆れた」(平壌市民の声)

北朝鮮国民は米朝首脳会談が成功し、少しでもマシな暮らしができることを望んでいたが、そんな期待は裏切られ、経済は悪くなる一方だ。そんな状況なのに、手垢のついた「自力更生」というスローガンを耳にタコができるほど聞かされ、一気に不満が噴出した形と言えよう。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋も「(自力更生は)50年間に渡って使い古されてきた実現性のない言葉遊びに過ぎない」と吐き捨てた。

「(1990年代後半の大飢饉の)『苦難の行軍』のころから自力更生で飢えてきたのに、これからどれくらいさらに苦難に耐えなければならないのか、市民は不安がっている」

(参考記事:「街は生気を失い、人々はゾンビのように徘徊した」…北朝鮮「大量餓死」の記憶

中には最高人民会議で新たな経済政策が示されるのではないかと期待する声も聞かれたが、実際の内容を伝え聞いた人々は、虚脱感に襲われているほどだという。

北朝鮮の国内状況は厳しさが増す一方だ。各地の国営企業は軒並み稼働を中断し、生活に追われた従業員の出勤率は著しく低下している。生活の足しにしようと市場でモノを売るためだが、中小都市の市場は深刻な不況に襲われている。食糧が完全に底をついた「絶糧世帯」が、例年より2ヶ月ほど早く現れているとも伝えられている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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