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北朝鮮で「警察官への襲撃」相次ぐ。こんどは村で評判の青年が…

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮社会では近年、「人民の生命、財産、安全を守るのではなく、人民の血と汗を吸って生きる吸血鬼」と非難される保安員(警察官)が、報復で殺される事件が相次いでいる。

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先月中旬にも、20代の青年が保安員に激しい暴行を加えて重傷を負わせる事件が発生した。その動機は、深刻化する一方の格差社会とそれを生み出した体制に対する恨みだ。

米政府系ラジオ・フリー・アジア(RFA)の情報筋によると、事件が起きたのは首都・平壌から北に40キロ離れた平安南道(ピョンアンナムド)の肅川(スクチョン)だ。

保安署(警察署)の巡察隊員がパトロール中に、突然暴行を受け重傷を負い病院に運ばれた。逮捕された容疑者は、兵役を終えて故郷に戻って間もない20代の青年だった。「賢くて誠実」(情報筋)と村で評判だった彼が、なぜ犯行に及んだのだろうか。

彼の両親は、国営農場に一生を捧げた朝鮮労働党員だ。収穫の分配を受け取れず、商才もないために極貧生活を送っている。おそらく共産主義の理想を捨てられず、市場経済化する時代の流れに乗り遅れたのだろう。

兵役を終えて10年ぶりに帰郷した青年は、そんな両親の窮状を目の当たりにした。一方で、うまく稼いで贅沢な暮らしをしている農場や保安署などの司法機関の幹部の姿も目撃した。

(参考記事:北朝鮮で「サウナ不倫」が流行、格差社会が浮き彫りに

「兵役を終えて大学に入ろうとしていた青年は、党に忠誠を尽くし一生を農業に捧げた両親が、三度の食事にもこと欠く姿に衝撃を受けたようだ」(別の情報筋)

司法機関に強い不満を抱くようになった彼は、ある日、通りかかった商人が持っていたスマートフォンを発作的に奪い、出動した保安員に暴力を振るい、重傷を負わせてしまった。逮捕、起訴された彼には、教化刑(懲役)8年が言い渡された。

この判決に対して、地域住民から「暴力をふるっただけで8年の刑は重すぎる」と疑問と不満の声が上がっている。通常の暴行罪なら最高刑は労働鍛錬刑1年だ。しかし、単純な暴行事件ではなく、司法体系に歯向かった重大な事件として扱われ、別の法律が適用されたものと思われる。

第271条(故意的重傷害罪) 故意に人の生命を脅かすほどの傷害を負わせたり、目や耳、その他の身体的機能を失わせたり、顔にひどい傷跡を残したり、精神疾患に追い込んだり、労働能力を顕著に低下させた者は、5年以下の労働鍛錬刑に処す。前項の行為が残忍な方法で行われたり、被害者を死に至らしめたり、複数の者に重傷を負わせたりした場合には5年以上10年以下の労働強化刑に処す。

彼は、价川(ケチョン)教化所に収監された。政治犯収容所ではないものの、政治犯や無期懲役刑を宣告された受刑者が服役する施設で、環境は劣悪だ。生きて帰ってこられない可能性もある。

(参考記事:【証言記録】死体を焼く匂いが常に漂う北朝鮮の刑務所

北朝鮮で、量刑はワイロの額によって決まると言っても過言ではない。裁判官にそれなりの額のワイロを渡すことができたなら、懲役8年にはならなかっただろう。しかし、両親はワイロはおろか、息子が栄養失調にならないようにトウモロコシの粉を差し入れすることすらままならない状況だ。誠実に生きてきた両親だが、今は世の中を恨みながら余生を送っているという。

事件の顛末が明るみに出るにつれ、近隣住民の間では「賢くて誠実だった青年が、暴力をふるって人生を棒に振ったのは誰のせいなのか」と体制に対する反感が広がっている。それはまた、別の襲撃事件に発展する危険性をはらんでいる。

(参考記事:法は無視しろ、頼るべきは暴力だけ」北朝鮮でヤクザと半グレが増殖中

広がる格差社会、変わらぬ抑圧体制は、様々な形で人の命を奪っているのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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