安倍政権が対北朝鮮で「新しいことは何もしない」と言える理由

金正恩氏(朝鮮中央通信)

安倍晋三首相は今回の衆院選挙で、対北朝鮮政策を主要な争点として挙げた。北朝鮮による核兵器開発が日本への直接の脅威であるのは確かだが、それが「国難」(安倍首相)であるというのなら、なぜ解散に踏み切って、わざわざ政治的空白を生んだのか――これは、選挙の前から言われていたことだ。

いずれにしても選挙は終わり、このような結果に終わったのだから、「では安倍政権は、これから北朝鮮問題で具体的に何をするのか」が問われる番だ。

たとえば朝日新聞によると、麻生太郎副総理は14日、岐阜県内で行った街頭演説で「(北朝鮮から)大量の難民が来ることを覚悟しなきゃならない。その人たちは不法難民。武器を携帯してるかもしれない」「その時に我々はきちんと対応できる政府を持っておかねばならん」と述べたという。麻生氏の「武装難民」発言はこれ以前もあり、「難民について何もわかっていない」との批判を浴びている。

ただ、ここではとりあえず麻生氏の無理解は脇に置く。仮に北朝鮮から難民が大量に来ると想定した場合、どのような備えが必要なのだろうか。

まず誰でも思いつきそうなのが、通訳の確保だ。しかし、これは極めて難しい課題だ。

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自衛隊であれ公安であれ他のどの部署であれ、日本政府にはごく少数の通訳専門家を除き、朝鮮語のできる人材はいない。外務省とて例外ではなく、そもそも朝鮮語のできる人材は、朝鮮半島有事において本来の持ち場を離れること自体が難しいはずだ。

「在日コリアンを活用する手もあるではないか」との声もあろうが、今や母国語を操ることのできる在日韓国人は少数派だ。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)では粘り強く母国語教育を続けているが、まさか北朝鮮の避難民と工作員を選別するのに、北朝鮮の出先機関に頼るわけにはいかない。

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そもそも、北朝鮮から大量の難民が海を渡ってくるなど、あり得るのだろうか。脱北者の大多数は、中国を経由して第三国に逃れる。中国政府は北朝鮮に協力し、脱北者を捕まえては強制送還している。そうなれば、本国で凄惨な虐待が待っている。

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それにも関わらず脱北する人々が中国ルートを選ぶのは、オンボロ船で日本海を渡ろうとすることがそれだけ危険だからだろう。

とはいえ、難民が来る可能性がゼロではない以上、備えは必要だ。結論は、相当数の警察官や自衛隊員らに徹底した朝鮮語教育を行うための予算措置を取る必要があるということだ。

では、安倍氏や麻生氏が、そんな政策を主導する可能性はどれくらいあるだろうか。筆者には、「ゼロに限りなく近い」としか思えない。言語教育は通訳育成のためだけでなく、有能なアナリストを育てる上でも重要だ。だがそもそも、日本は情報マンの育成にも熱心だったとは言えない。

かつては日本にも、対北朝鮮の情報力で世界に名を知られた凄腕スパイ(公安調査官)がいたが、その人物も組織の論理の中で飼い殺しにされた。

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もちろん、有能な通訳や情報マンを育てるには数年、あるいは十年以上もかかる。しかし今までそれをして来なかったから、現在のお粗末な状況があるのだ。

安倍政権はそんな時間のかかる施策より、米国から最新兵器を買うことを選ぶだろう。人材育成はそれよりはるかに小さな予算でできるはずだが、絶対に国会の議題になることはない。

というわけで、安倍政権には北朝鮮問題に関して特別なアイデアなど何もないのだ。安倍政権にとって北朝鮮問題は基本的に、いずれ米国がどうにかしてくれるものなのである。そのための「お手伝い」を出来る体制をしっかり整えて置こうというのが、対北朝鮮政策のすべてなのだろう。

そしてそれは、安倍政権がこれまでもやってきたことだ。つまり、対北朝鮮政策を主要な争点とした選挙で勝ったからといって、以前と変わる部分は何もないのである。