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北朝鮮「若者の不満」が引き寄せる南北「一触即発」の危機

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

韓国軍合同参謀本部によると、13日に韓国に亡命を求めてきた北朝鮮の兵士は、韓国軍が拡声器で流す対北放送を聞き、亡命を決断したという。

この兵士は13日午後7時50分頃、南北の軍事境界線を越え、韓国側の京畿道(キョンギド)漣川(ヨンチョン)郡にある同軍監視警戒所(GP)に投降してきた。北朝鮮の兵士が亡命を求めて韓国に来るのは昨年9月以来、約9カ月ぶりだ。

吹き飛ぶ韓国軍兵士

韓国軍はこの兵士の身柄を確保して亡命の経緯や動機を調べているが、これまでに本人が語ったところでは、北朝鮮向けの拡声器放送を聞いて韓国の発展ぶりに憧れを抱き、亡命を考えるようになったという。

拡声器放送では韓国で流行の音楽や、北の体制の矛盾などについても流しているとされる。また、身長175センチに体重52キロのこの兵士は、「まともに(食糧などが)補給されず、兵士たちの不満が大きい」とも話しているという。

こうした末端の兵士の多くは、北朝鮮でも庶民の出である。また、最近の若者は露骨に体制への不満を表すというから、実際に亡命には動かないとしても、拡声器放送の影響を受けている兵士はけっこう多いのかもしれない。

(参考記事:金正恩センスの制服「ダサ過ぎ、人間の価値下げる」と北朝鮮の高校生

ところで、この件で亡命の動機にも増して気になるのが、脱北の方法である。

この兵士は、4月に軍事境界線の北側の地域で大きな火災が発生した際、非武装地帯に埋められた地雷の多くが除去されたと判断。他の兵士に「木を切ってくる」と言って部隊を出た後、そのまま南北軍事境界線を越えてほふく前進で韓国軍のGP地点に近づいた。300メートルほど離れた地点から両手を振って亡命の意思を伝え、警戒に当たっていた韓国軍兵士に発見されて安全地帯に誘導されたという。

これを聞いて思い出すのが、2015年8月に起きた地雷爆発事件だ。非武装地帯内で、韓国軍兵士2人が北朝鮮側の仕掛けた地雷に接触、身体の一部を吹き飛ばされたのをきっかけに、南北が軍事危機に突入したのだ。

(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

デイリーNKジャパン編集部の分析では、このとき爆発した地雷は対韓国軍用ではなく、脱北を防止するためのものだった。それに偶然、韓国軍兵士が引っかかり、予期せぬ事態の連続で危機がエスカレートしたのである。

今回も仮に、脱北に気づいた北朝鮮側が逃亡する兵士に向けて射撃などを行っていれば、危機が一気に拡大する可能性もなかったとは言えない。

今後、北朝鮮の若者たちの不満が大きくなるにつれて、拡声器放送の効果も大きくなり、亡命を決断する兵士も増えるかも知れない。そうなったときに、北朝鮮と韓国が対峙する最前線で、誰も予想していなかった異変が起きることもあり得るのだ。

(参考記事:金正恩氏の「ブタ工場視察」に北朝鮮庶民が浴びせる酷い悪口

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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